第四章 Over the Horizon 1*挿し絵付き
愛美の京都行きには、前回奈良に行った時と同じように長門が同行することになった。
愛美は、一泊二日の予定を綾瀬に告げられ荷造りに余念がなく、遊びに行くのではないのだと山犬神達には笑われてしまった。
(分かっている)
那鬼から〈明星〉を、取り戻すのだ。殺しのテクには自信があると、恐い台詞を簡単に吐く長門がいれば、何とかなるような気もする。
しかし飛行場に現れたのは、長門ではなく東大寺だった。
突然仕事が入った為、長門は愛美との約束を反故にしたらしい。長門と気詰まりな旅をするよりも、東大寺との方がいいに決まっているので、愛美は別に気にしなかった。
現れた東大寺の笑顔が、空元気に見えたことは気掛かりだったが。
「婚前旅行みたいでワクワクするわーっ」
東大寺はそう軽口を叩いたが、愛美の目を見ようとはしなかった。ビジネスマン風の男達に混じって愛美と東大寺は搭乗手続きを済ませ、朝一番の大阪行きの飛行機に乗った。
二人掛けの席の窓側が東大寺で、愛美は通路側だった。機内アナウンスが離陸を告げ、高い山に登った時のように鼓膜を圧迫する音を残して、飛行機が大空に飛び立つ。
暫くしてベルト脱着のアナウンスがあり、日本語の利用案内の後に英語での放送が繰り返される。東大寺は窓の外を見ながら、浮かない顔をして言った。
「瑞穂ちゃんやったっけ。結局意識戻らんと亡くなったって、今綾瀬から電話で聞いてん。危ないとは聞いててんけどな」
言おうか言うまいか、ためらっているような口振りだった。愛美も何と言っていいのか分からずに、俯いた。
両親と友人を奪われたことに対する憎しみは、大和が死んだことを知った時点で不思議と薄れていた。
結局、何も話せないままだった。
両親を目の前で邪鬼に奪われた後施設に入れられ、新しく始まった養母との生活も血塗られた惨劇で幕を閉じる。辛い人生だっただろう。
(私が殺したのだ)
そう考えた途端、愛美の両手に人を刺した時の生々しい感触が甦った。愛美は知らず知らの内に、手を洗うような動作をした。
「まだ十七歳やってんて。俺より年下やもんな」
東大寺はようやく愛美の目を見て話した。元気がなさそうに見えたのは、瑞穂の死を知ったからだったのだろう。
「那鬼に利用されるだけ利用されて、私に殺されるなんて可愛そうすぎる。せめて、騙されていたことだけでも教えてあげたかった」