第三章 Fallen Angel 28
「私が目覚めたのは、それから一週間も経った後だった。介抱してくれたのは、桐生家に行儀見習いにきていた少女だった。桐生の家の私の居室は、爆発でもあったかのような悲惨な状態だったようだ。私は死んだことになっていて、晃が家長の座につくことが決まったことを聞いた時、私は殺したいほど弟を憎んだ。今すぐ出て行って晃の画策を全部暴露すると息巻いたのも束の間、私は自分の目が見えないことに気付いた。あまりにも強い光を見た為に、網膜がおかしくなったらしい。私は気力を失い、隠者のように引きこもった生活を始めた。夜久野全滅の話は、風の便りに聞いた」
綾瀬、いや桐生亨はそこまで言うと、胸ポケットから煙草を取り出して口に銜えた。日本の銘柄ではない。
煙草に火を点けながら、綾瀬は再び口を開いた。煙草は臭いとしか思っていなかった愛美だが、綾瀬の煙草は香のような良い香りがするので吸われても不快に感じない。
「惨劇は、四月の夜久野家の観桜会の折り、一族郎党が集まっていた日に決行された。奇襲を受け逃げ惑う夜久野の人々を、私の弟を先導にした上月に連なる者達が惨殺して回った。逃げおおせた者達も、何度か繰り返された残党狩りで皆殺しにされたと聞く。政府は、禁忌である陰陽師絡みの事件は秘密裏に処理するのが常となっていて、結局下手人すら上げられなかった。上月は、その不祥事が自分達に関係あることを知ってか知らずか、口を噤んだままだ」
愛美にはついていけない。桐生晃が上月を思って夜久野の一族を滅ぼしたことも、その事件を揉み消した政府も、何もかもが分からない。
愛美が夜久野の末裔で、夜久野を滅ぼした張本人の兄が、どうして愛美に手を貸そうとするのだろう。
愛美はこの綾瀬に、利用されているだけなのだろうか。神坂大和と瑞穂の兄妹のように・・・。
「あなたが何を考えているのか分からない。どうして私を助けるの。同情、それとも弟への復讐? それともあなたの手の平で踊る私を、嘲笑っているの。ふざけないで」
(もう嫌だ。こんな訳の分からない世界は嫌だ。私は普通の平凡な暮らしがしたいの。脅かされ、翻弄される毎日なんかいらない)
愛美は立ち上がると、駄々っ子のように首を振った。その途端、愛美は身体から力が抜けてソファではなく床へと倒れ込んだ。
(気持ちが悪い。目が回る)
「言わんこっちゃない」