第三章 Fallen Angel 27
大理石のようなマーブル模様の重たげな灰皿が、ゴトンと揺れる。秘書の西川が掃除を怠らないのか、灰も吸い殻も溜っていなかった。
「上月家の当主は、両家がともに滅びるのが潔ぎよいと考えたが、それに反抗した者がいた。私の弟だ。上月を信奉するあまり、上月家が絶えると言う結末を受け入れられなかった」
それは密かに進められていた。
上月家の主だった者や眷族連中は、当主の選んだ決定に誰一人として異を唱えなかった。闇が失われ陰陽師の持つ能力も劣ってしまった現代で、いつまでも陰陽師にしがみつくことはできないと、口には出さずとも皆思っていたことだからだ。
時代の流れと、滅ぶのもまた運命と悟りきっていた大多数の中で、少数に過ぎなかったが、過激な意見の者達がいた。どちらかが滅べばどちらかは残る。ならば夜久野に滅んでもらえばいい。
上月を厚く信奉する眷族の中でも若い者達や上月贔屓の陰陽師、上月に恩義を感じている術師達と言った手合いが、密かに夜久野の謀殺を謀ったのだ。
そして、彼らを先導していたのがつまり、桐生家の次男だった。
『夜久野の一族郎党全て抹殺しようなど、愚挙どころか許されぬ暴挙だ。それが上月に仕える者のすることか』
晃は黙って、亨を見ている。ふてぶてしい態度だ。
いつから自分にこんな態度を取るようになったのだろう。
生い立ちの事情と年が離れている所為もあり、昔から晃は何かにつけて亨について回り、自分のすることを真似したがった。疎ましく思ったこともあるが、それなりにうまくやっていた筈だ。
『黙っていないで、何とか言ったらどうだ?』
声が静かだったのとは対称的に、亨が晃の頬を打った音は鋭く響いた。
『・・・者』
晃が何か言ったが聞きとれなかった。亨は癖になっていることも知らずに、相手を見下すように顔を斜めにして晃を見た。
『裏切り者っ』
憎しみに満ちた声で、晃は吐き出すように言った。晃の右手が発光したように光に包まれる。亨は思わず後ろに下がり、結界を張る為の印を結ぼうとした。
晃が突き出した右手が、爆発したような強い光を放った目の前が真っ白になり、晃の姿は光の渦に吸い込まれるように見えなくなった。亨の耳にはもう何も聞こえなかった。
自分の身体がそこにあると言う感触さえ、失われている。
己は死んだのか。死ぬとはこう言うことなのか。
亨はなぜか晃に対する憎しみも怒りも湧いてこず、ただ安らかな気持ちに満たされていた。




