第三章 Fallen Angel 26
てっきり子供は嫌いだと思っていたクラディスは、巴の抱擁にまるで母親のような愛情を示した。
愛美は突然、右近と左近が懐かしくなった。一日会っていないだけでと思われそうだが、無性に触れて確かめることのできる存在が欲しくなった。
「綾瀬さん。あの・・・」
愛美が口ごもると、巴が気を使ったのかも知れないが、クラディスに散歩と声を掛けた。
「構いませんよね。社長」
綾瀬への了解は事後承諾となる。クラディスは、綾瀬のデスクの下に潜り込んで何やらごそごそしていたが、出てきた時には口に首輪と散歩用の紐を銜えていた。
(宝物? そんなところに?)
行こうとクラディスを促して、部屋を出て行きかけた巴に、綾瀬が注意した。
「あまり、遅くなるなよ」
巴とクラディスの姿が消え、部屋には愛美と綾瀬だけが残された。愛美が口を開く前に、綾瀬が先制をとった。
「自己紹介が遅れたな。私はSGAを創立し、綾瀬と言う名を名乗っている桐生亨と言う者だ。君が会った那鬼と言う男は、私の弟で晃と言う」
本当に那鬼と綾瀬は兄弟だったのだ。二人の間にある確執はなんなのだろう。倒すだの決着をつけるだの、穏やかではない。二人は一体何者なのか。その問いは次の綾瀬の言葉であきらかになった。
「桐生家は、陰陽師の一族であり、上月家の眷族衆の一つで西の桐生家と呼ばれている。私も晃も、君の敵である上月に連なる人間だ」
その台詞に愛美は愕然とした。頭が混乱してうまく思考できない。
――一体どう言うこと?
愛美の声は凉れていた。
「全部説明しよう。十年前私と弟の間に何があったのか。夜久野一族に何が起こったのか」
綾瀬は皮張りの豪洒な安楽椅子に、深く腰掛けて心持ち顎を上に向けた。どこか遠くを見ているような仕草だ。
ついに真実が、愛美の前に晒されるのだ。愛美は自然と居住まいを正していた。
「それは、十年前の新年の儀式から始まった。毎年元日には上月家では新年を祝う儀式が催される。当主自らが託宣を行うのだが、託宣が告げたのは上月家と夜久野家の滅亡だった」
その年の吉凶や、未来予知が託宣として下るらしい。
「両家の滅亡を防ぐ方法は、どちらか片方が絶えることによってのみ可能となる」
「だから夜久野を滅ぼしたの?」
愛美は理不尽な怒りに駆られて、叫びざまテーブルを叩いた。




