第三章 Fallen Angel 23
那鬼との関係。綾瀬が一体何者なのかと言うこと。そして上月、夜久野家のこと。紫苑や瑞穂と大和の兄妹についても知りたい。
それからなぜ、愛美が過去を思い出さない方が身の為なのか。
綾瀬は多分、全ての答えを知っている筈だ。
巴は、ベッドの足元に紙袋を置いた。愛美の着替えが入っているらしい。
愛美は腕に止めてあるテープを剥がした。半透明の緑色のペラペラの、翼のようなプラスチック部分を持って腕と水平に針を抜いた。那鬼にコンクリートに叩きつけられた時の衝撃と痛みに比べれば、何と言うことはない。
「後ろを向いてなさい」
愛美がそう命令すると、巴は大人びた顔で溜め息を吐くと、肩を竦めて愛美に背を向けた。愛美は術衣のような病院に備え付けてあるパジャマを脱ぐと、紙袋から着替えを取り出した。
「着替えってこれ?」
愛美の言葉に巴は、造作なく答える。
「社長から病院への通達。あなたを厳重に見張っておくように。見咎められずに病院から出たければ、従った方が得策です」
愛美は、まぁいいかと思って服に袖を通した。
*
「あら、もういいの?」
薄いピンクの制服を着た女性看護士が、巴の横を通り過ぎる時にそう聞いた。巴は対人用に子供らしく、はにかんで俯いて見せる。
巴の背負った黒光りするランドセルの中で、ペンケースがカタカタと鳴る。
「どうせ寝てるし。兄が迎えにきてくれたので一緒に帰ります」
巴の大人しやかな様子に、看護士は何の疑いも持たなかったようだ。
「あら、お兄さんなの?」
巴の横で、キャップをあみだに被った少年が、軽く頭を下げた。膝が抜けたクラッシュデニムとアースカラーのジャケット。スポーツシューズで身を固めている。
「気を付けて帰ってね」
巴がありがとうと言ってエレベーターホールに向かうのに、少年はもう一度頭を下げて歩き出した。エレベーターを待つ間、巴と少年は言葉を交わさなかったが、無人のエレベーターに乗り込む時、少年がチラリと巴を見た。
「使い分けとか、可愛くない」
愛美がそう言うと、巴は処世術だと低く言い直した。
「営業でもスマイルはできませんから」
帽子と上着を脱いでTシャツ一枚になった愛美と、巴は病院の正面ドアの客待ちのタクシーに乗り込んだ。
「高輪まで」
巴が短く言うと、車が走り出した。
愛美は幾つか確かめておきたいことを、巴に聞いてみることにした。巴は、年齢とは不相応に落ち着いているし、何と言っても頭の回転が早い。




