第一章 Welcome to my nightmare 9
「一体何なんやねん、これは」
東大寺は床を汚す夥しい血溜りと、その中に転がる生徒達の無残な姿から目を離すことが出来ないでいる。
その時、死んでいると思われた少年少女の間から、微かな呻き声が上がった。身動ぎする者もいる。
「まだ息があるようですね」
「東大寺君」
紫苑が名を呼ぶと、少年は任せておけと言うように頷いて見せた。
その次の瞬間、少年の姿がぱっと消えた! だが紫苑は、驚きもせず当り前の顔で次の行動を開始した。
さてと、青年は呟きを洩らすと、机や椅子そして、生徒達が散乱した教室の中に足を踏み入れる。
「!」
(人間技ではありませんね、これは。やはり相手は特殊能力者ですか。あんまり、私達向きではないと思いますけど)
最初教室の中を覗いていた時には気が付かなかったが、黒板の中に半ば埋もれるようにして女教師が死んでいる。紫苑はそれを詳細に眺めていたが、何か硬質な物が床に落ちる音がして、反射的に振り返った。
血溜りの中、少女がぼんやりと座っている。
顔は幾分青冷め、唇にも色がない。黒く意志の強そうな眉、鼻筋の通った成長すればかなりの美人になりそうな少女だが、表情は弛緩してその目には何も映ってはいないようだった。
この状況においては当然と言えば当然かも知れないが、少し様子が変だ。
その彼女の側には合口と言うのだろうか、が、抜き身のまま血を吸って転がっている。先程聞こえたのはこれが床に落ちる音だったのだろう。そして――
(犬・・・ではありませんね。これは・・・)
「犬ちゃうかったら、何やねん。日本の狼は、絶滅してもうたんやろ」
紫苑は今度はぎょっとして思わず、突然背後に現れた東大寺少年を睨んだ。
「もう。人の心を読まないで下さい! それにしても早かったですね」
東大寺が消えてから、まだ数分と経っていない。すると彼はふっと笑って、当然やと胸を張った。
「綾瀬のとこに連絡したから、マスコミと警察は押さえられる。漏れたガスに引火して死傷者多数や言うて、救急センターに電話入れた。万事OKや。それよりも、それ」
東大寺は真面目な顔をすると、顎でその犬の死体を指し示した。
「ああ。これは多分、術師の使う使役神の一種だと思います。あの人も同じような使い魔を、持っているでしょう」
「ああ。綾瀬んとこのアホ鴉」
「アホ鴉って・・・まあ。陰陽師などが使う式神なんかが、有名ですよね」
「そんなもん知らんわ。そんなん知っとるんわ、宗教マニアのお前くらいや」
少年はそう憎まれ口を叩きながら、愛美の前に腰を落とすと、少女の肩を強く揺さぶった。
「おい、しっかりしいや。見たところ無傷なんはあんたくらいや。何があったんか話してくれんか」
愛美の目にようやく光が戻り、それと同時に少女は体を硬くすると悲鳴を上げた。
「いやっ 助けて!」
愛美が、東大寺少年の手を振り払おうとしてもがく。
「おい、俺は何もせえへんって! もう大丈夫や、全部終わってんから」
慌てて東大寺がそう言うと、愛美は暴れるのを止めて、ひどくあどけない顔で東大寺を見つめた。
「終わったの・・・?」
頷く東大寺。愛美の頬に涙が一筋伝わり落ちる。
「うわっ! ちょ・・・ちょっと待て。お・・・おい」
東大寺少年は焦って、思わずその場に尻餅をついた。その胸に縋りつき、子供のように愛美が泣いている。東大寺は困ったように、髪を短く刈った頭を掻いているが、案外満更でもないようだ。その時紫苑が、
「どうやらまだ、終わってはいないようですよ。ほら、あれを見て下さい」
と、少し上擦った声で空中を指さした。




