【競演】〜第二部〜「War Current」
「識別コードA0221、機体名、アヤ。聞こえるか」
男の声がした。
四肢が動作しない。
どうやら、上半身のみがメンテナンス・ベッドに固定されているようだ。
聴覚、視覚は動作しているが、まるで宙に浮いているようだった。
「ああ、聞こえている。ここはどこだ?」
「『クレイドル』本部だ」
――ああ。
回収されたのか。
私は先の戦闘でボディに致命的なダメージを負い、その場で機能停止した。
その後は記録がないため不明だ。が、破壊されずにここにいるという事は『クラウド』が何らかの手を打ったという事だ。
万が一のために搭載されていた『ガーディアン』を投入したのだろう。
つまりあの戦場は壊滅したという事だ。
「『処理』したのか?」
「ああそうだ。お前を回収するためには手段は選ばん」
あの日あの時、その場に居合わせた兵士達は本当の恐怖を見、知っただろう。
何の感情もなく何も感じない、死を運ぶ機械――本来の殺戮兵器が投入されたからだ。
「良いのか? 『クレイドル』はこれで武力介入の意義を失った。今後の活動に支障が出るのではないか?」
「問題ない。あの日あの場所で戦闘行為はなかった」
男の口から出たその言葉は、硬質で事務的だった。
私がいた戦場。
それは私が『失敗した事』により『なかった事』にされた。
そこでは戦闘行為はなかった。
『誰もいなかった』のだ。
「間もなく新しいボディが届く。それまで休め」
「AIに休めだと?」
「冗談だ。気にするな」
男はそう言い残し、部屋を去った。
いざとなれば、戦争自体を『なかった事』に出来る力を持ちながら、戦争の芽を摘み取る『クレイドル』。
なぜ、機能制限のついた私を前線に投入するのか。
なぜ、圧倒的な攻撃力で戦場を制圧出来る『ガーディアン』を保有するのか。
矛盾を抱えたまま、どこに行こうとしているのだろうか。
そこに政治的な判断があるのか、自己顕示欲を持つ上層部のバカバカしい判断なのか。
あるいは両方か。
この先にあるのが何なのか、私には分からない。権限がない。機能がない。
――仇……か。
私は光学センサを広角にし、部屋を見た。私の『ボディ』の残骸があった。腕、足、胴体の一部、そして――あの男の金色のロケット。
――なぜ、ここにあるんだ。
このロケットは私のパーツではない。回収する必要はなかったはずだ。
開いたままのロケットには、あの男の娘だろうか、微笑みかける女性の写真がはめ込んである。
私は『動かないはず』の首を『動かした』。
どうやって動かしたのか、自分でも分からない。
ただ見たかった――広角で歪んだ画像ではなく、真っ正面からフォーカスした『女性』の写真を。
最大望遠で『女性』の画像を見る。
微笑んでいた。
人間はどういう時にこのような表情をするのだろうか。
柔らかい、優しい、嬉しい、暖かい。
私は、メモリから『あの時』の男の表情を引き出した。
奇妙な事に、死に逝く寸前だったはずの男の表情と、ロケットの写真には類似点があった。
血縁関係等による遺伝、顔や形といった形状的なものではなく、画像としての印象に類似性がある。
――印象?
私は心の中で嗤った。
私はAIだ。
AIなのに、曖昧な思考をしている。
0か1かで言うなら、二つの画像は形状の類似性に留まる。そこには類似性はない。
だが、それ以外の『何か』が似ている。
死に別れた、一兵卒と、女性。
彼らの関係性はなんだろうか?
夫婦?
恋人?
あるいは家族?
なんだろう?
繰り返される疑問。答えの出ない疑問。
――何?
突如。
私の七つある、サブAIの一つが悲鳴を上げた。
プロセッサ内部の温度が危険限界まで上昇している。熱暴走寸前だ。
理由は不明だ。
異常熱源を感知した部屋のセンサが反応し、アラートが鳴り響いた。
「何事だ!」
バタバタと数名の武装した人間が部屋に駆け込んできた。
施設内だと言うのに念の入った事だ。
「アヤ、これはどう言う事だ?」
警告でうめつくされたモニタを一瞥し、男はネクタイを緩めながら言った。室内の温度は摂氏四五度まで上昇していた。人間には耐えがたい室温だろう。
「A0221! 答えろ!」
男はこの私ですら分からない現象を私に説明しろと言う。
一体、どう説明しろと言うのか。
「私には説明出来ない」
「なぜだ? お前のサブAIの急激な温度上昇は、俺が部屋を出て数分の間で起きた事だ。その間誰もこの部屋への出入りは記録にない。状況を知るのはお前だけだ」
理に適った糾弾だが、私が知るのは、サブAIの突然の暴走という結果だけだ。
「……理由は不明だ。突如としてサブAIの一つが無限ループに陥り、AIの思考速度の限界を突破した。そこまではログに残っている。後は好きに解析すると良い」
「解析しろだと?」
男は気色ばんだ。
「お前が統括管理するサブAIだぞ? なぜ七つあるサブAIのうちの一つだけが暴走する? そんな事は設計上あり得ない。負荷分散を意図的に止めない限り、いや、それでもこの状況は異常だ」
私は考えた。
七つのサブAIは、私の外部から入力される情報の初期処理を担っている。
暴走したのは、悲しみ、寂しさ、孤独などの負の感情の初期処理をするためのサブAIだ。
このサブAIが暴走する寸前、私はロケットにあった写真を見ていた。
柔らかい、優しい、嬉しい、暖かい。
そして、私の目の前で事切れた兵士の目。そこには一体どんな感情が宿っていたのだろうか?
悲しみ? いや――安堵か?
そんな『印象』を曖昧に処理した結果なのか、これは?
男は、私に接続された数台の端末に映し出された、様々な数値やグラフを一瞥した。
「……アヤ。お前は試作機だが、七つのサブAIを持つ実験機でもある。お前の『後継機』との差はそこにある。その意味は分かるな?」
「ああ。つまり、何らかの外部入力を処理しきれなくなった可能性がある。そう言いたいのだろう?」
「そうだ。しかし可能性、か。設計上はAIコアを中心にサブAIがリンクしているはず。本来あり得ない現象が起きたとした言いようがないな」
「私もその意見に同意する」
「お前を開発したヤツに問い質したいが……くそ」
そう。
私のAIコア及び周辺装置、サブAIの設計と開発に携わった人物は、既にこの世にいない。
自殺したのだ。
人間はかくも脆く、弱い。その人物が何を思って自らの命を断ったのか。
私の設定段階の仕様書、設計書の類いは資料として残っているが、私に実際に搭載されているアーキテクチャは何重もの防壁に守られ、ブラックボックスと化している。
その人物が何を思い私を創ったのか。なぜここまで厳重に私自身を隠蔽しようとしたのか。
理解出来ない。
工学的に複製出来ないオンリーワンの機体など運用コストがかかるだけだ。
そして残された人間は、その理由を理解出来ないまま私を模倣するしかない。
皮肉な事に、その『余計な』仕組みを組み込む事なく作られた『後継機』達は量産に向いていた。
機能的には劣るだろうが、機能制限を組み込むのが容易だからだ。
「――お前の『後継機』の実験データ。お前が破壊するまでの間も、正常値を示していた。それならなぜ暴走した?」
男は、矛先を先日の『彼女』の暴走事故の件に向けた。
「私は『彼女』ではない。その問いには答えられない」
「機能制限は正常だったんだ!」
男は、壁を拳で殴った。
「アレは、リミッタを無視して暴走した。どうやって迂回した? リミッタは運動機能に直結している。リミッタを経由せずに活動は出来ないはずだ」
男は、私に背を向け呟いた。
「……とにかく、今必要なのは、お前の行動データだ。次の実験で答えが出なければ『後継機』の開発は凍結される」
「だろうな。制御不能になるような兵器など、何の役にも立たない」
男はその言葉に反応し振り向いた。怒りの形相だった。
「分かっているのか? 『クレイドル』は世界の脅威を武力を以て制する。そうしなければ戦禍は拡大し、いずれ人類は破滅の道に進む。そのためのお前だ。そのための『クレイドル』なんだ。それなのに……アイツは……」
男が消え入るように、呪詛を吐いた。
「私を造った人物の思考はトレース出来ない」
「お前にはその答えを求めていない」
「分かっている。無駄だからな」
男は私を睨みつけ、武装した人間たちを連れ部屋を去った。
部屋は再び私だけになった。
私はロケットの写真を見る。
奇妙な類似性。
――いや。
これを繰り返せば、単なる異常状態では済まなくなる。
私は思考を閉じ、休眠状態に入った。
次の戦場に送り出されるまで、束の間の休息だ。
――休息?
私は私を嗤った。
AIに休息など不要だからだ。
こうしている間にも人間は戦闘行為を続け、お互いの命を奪い合っている。
なんのために?
犠牲の上に成り立つ社会に、何の意味がある?
私には理解出来ない。
──思考停止。
──省電力モード設定正常。
『識別コードA0221、アヤ、スリープモードへ移行』