平成二十五年六月十四日。左膝の傷と療養期間中の雑感
「傷口ひらいちゃった♡」医者がえへっえへっと笑った。僕は天を仰いだ。
数日前、「縫合した糸、安全そうなところだけ幾つか抜糸してみましょう」と打診があったので従ったのだが、今日病院へ行ってみると、その「安全そうだから」抜糸した箇所の傷口が再び開いて出血していた。
「安全なところを切ったつもりだったんだけれどなぁ」と悪びれる様子も無く続ける医者に怒りや不信を覚えたが、しかしここで口答えしたら碌なことにならないと思い及び、黙ってされるがままに診療を受けた。結局、傷は開いたままで、消毒だけ済ませてガーゼ保護を施して終わった。……開いた傷口はどうするつもりなのか? 何の処置も無かったが、このまま投げ打っておくのだろうか。こんなに杜撰かつ見切り発車式な治療で大丈夫なのか? 不安ばかり残る診察内容だった。やはり、こんなチンケな町医者などに頼らず、多少わずらわしくとも大病院で診て貰うべきではなかったか。
「じゃあこれが痛み止めと化膿止めね」と、これは窓口の看護婦。(処方箋薬を貰えるタイプのクリニックらしい。いちいち処方箋薬局へ足を運ばなくて済むのは嬉しいが……やはり診察には問題があると思う)。
自宅へ戻り職場へ連絡した。事務のSさんが出た。
「ああ、ヤスタカ君? 脚の具合はどう?」
やたら甘ったるい口調で言われて、うっ、と思った。
彼女、以前は僕となど口も利きたくなさそうな素振りだった癖に、怪我をした途端に優しく対応してくるようになった。不気味だった。この彼女の豹変した態度の裏には絶対に何か裏があると確信を抱いている。端的に言えば、「ああ、ヤスタカ君。実は君のいない間に新しい職員を補充しちゃってね。君、もう明日から来なくていいから」といったような。治療費やら診断書費やら療養中の食費やらで、貯金がかなりトンでしまい、僕の家計は逼迫している。いま馘首されるのは非常によくない……。
「あまりよくないですね。それについてのご報告です」
「じゃあトダさんに代わるから待ってて」
トダさんは鬼の副施設長だ。以前、新しく雇用した看護婦を「教育する」という名目で罵詈雑言を浴びせ、挙句に精神病院送りにした、という鬼畜な挿話は何度かこのブログで書いた。話したくない。
「もしもし」一週間ぶりの、詰るようなどぎつい口吻の声が聞こえた。
「お疲れ様です」胃が痛い。
「どうなのヤスタカ君、たしか先日に提出してもらった診断書には、療養は十日の予定だって書いてあったと思うけど」
「それがですね、(あの糞忌々しい医者のせいで)十日よりもっと時間がかかってしまいそうです」
「あぁ?」
「いや、今日ですね、病院に行ってみたら、傷口がちょっと開いてしまっていて、療養が予定より伸びてしまうみたいなんです」
「そう。まあとにかく怪我が完全に治るまでは家で休んでていいから」あれ、案に相違して優しいな、と思ったが、「あと、日程が伸びるんだったら改めて診断書を書いてもらって再提出ね」との由。嗚呼。また診断書費で金が飛んでいく。もうこれは本当に街金融の利用を検討しなければならないのだろうか。僕の親は僕よりも稼ぎが少ないから無論アテに出来ない。自分ひとり食っていくだけで手一杯なのに、その上に親と彼女まで養わなければならないのか。
夜半、布団の中でそんなことを考えていたら暗澹とした心地になった。明るい未来に通じる途がすべて爆砕された気がして眠れなかった。
外出するのは病院に行く時だけ。傷が膝にあるから出来るだけ動かず安静にしているよう医者から指示があったため、一日中を家で過ごす。そうして身体をほとんど動かさず、家でごろごろしている腐った生活をしているためか容易には眠られず、仕方が無いので天井を眺めた。往来を自動車が去来する音に、胸裡がざわざわとした。ざわざわ。




