カットアップ 1 「じゃあさようなら。もう二度とあたしに関わらないで」
「じゃあさようなら。もう二度とあたしに関わらないで」
そう言うと彼女は三和土で土下座している俺のほうを振り返ろうともせずに出て行った。玄関の戸が閉まる寸前に二月の朝の冷たい風がひゅうと流れてきて俺の首筋を撫でた。
ばつの悪い気分でそろりそろり立ち上がり居間に戻った。すっかり冷え切った脚を炬燵に突っ込んで、今回は何が悪かったんだろうと反省した。たしかに人間には様々な弱点や悪癖がある。例えば俺は少し他の人より酒を多く呑んだり、昼間から泥酔して嘔吐したり、一日に百本近く煙草を吸うし、彼女が部屋で吸うのは止めてくれと言っても部屋で吸ってたし、彼女の言う「デリカシー」とか「モラル」というものが欠如しているのは認めざるを得ない、が、しかし俺は彼女に暴力を振るったことも暴言を吐いたこともない。人間としては酷いもんだが、朝っぱらから「最低の屑野郎」と蔑まれるほどではないはずだ。
たまの休日とはいえ頭が痛くてやけ酒を呷る気分にもなれなかった。それにまだ朝の九時だ。きっと数時間後には埼玉にある彼女の実家に到着して、ご両親に僕についての怨嗟の言葉を吐き散らしているに違いない。今回はどれくらいで帰ってくるだろうと思った。前回は二週間だった。その前は忘れた。
彼女は医師から統合失調病の診断を受けている。
五年前に幻覚・幻聴に襲われた彼女は救急車で病院へ搬送されそのまま精神病院へ入院した。最初の二週間は「暴力行為が見られるため」に保護室へ監禁された。その後は病棟で五ヶ月を過ごし、出てきた頃には薬漬けにされてすっかり人格が破壊されてしまったと言う。俺と付き合い始める前の話だ。




