第8話 肉親
ユリア(年下みたいだし、やはりさん付けはおかしいと思い)に案内され、俺は屋敷内へと足を踏み入れた。屋敷は赤茶色のレンガ式の二階建てで、扉は木でできた大きな造りになっていた。扉をくぐるとまず目に付いたのは大きなホール、そして頭上に飾られた大きなシャンデリアだった。
「?、どうかされましたか?」
「えっ、あっ!ごめん、なんでもないよ」
思わず頭上のシャンデリアに見とれてしまっていたらしい。振り返ってこちらを向くユリアに謝って後を付いて行く。あそこまで大きな、おそらくガラスで作られた品を当然見たことのない俺は思わず目を奪われてしまったのである。
いちいち驚いていてはキリがないなと自らに注意しながらユリアの後に続く。玄関ホールの正面にある螺旋状の階段を上っていく。外はレンガ式だったが中は石と木の造りの様だ。床には落ち着いた色合いの蒼い絨毯が敷かれている。
二階に上がり途中、使用人さん?と思われる人たちと何度かすれ違う。その度廊下の脇にそれ頭を下げられる。もっとも下げられているのはユリアで俺はと言うと「この人だれ?」と言った風に後ろから見られているのを感じた。
「そういえばなぜ警備の兵士たちに追われていたのですか?」
先を歩いていたユリアからそんな質問を受けユリアに会うまでの経緯を説明する。あらかた説明し終わるとユリアにため息をつかれてしまった。う~ん、やっぱり不味かったかな?
「・・・話をろくに聞かず切りかかった兵士も兵士ですが、そこから強行突破した貴方にも問題はありますね。もっとほかにやりようがあったのではないですか?運よく私と出会えたから良かったものの・・・」
「あ~、うん。君の言う通りだね。あの時はそれしか思い浮かばなかったけど、改めて考えるとほかにやりようはあったと思う」
ユリアの指摘に思わずばつが悪くなり苦笑する。思い立ってすぐさま行動するのも考え物なんだなと反省。これからは良く考えて行動しよう、うん。
そんな風にユリアと話しながら、反省しながら歩いていると、やがて一際大きな扉の部屋の前にたどり着いた。扉にはセルビアンの紋章が左右の扉に彫られている。ユリアから手でここで待っているように合図される。それからユリアは扉にノックをしてから中に呼びかける。
「御祖父様、ユリアです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ユリアか、ああ、入っておいで」
中から低い老人の声が聞こえてくる。その声にユリアが扉を開き中へと入る。俺は扉の横で待っているため中の様子は見えない。声だけが聞こえてくる。
「ふむ、何か用かい?ユリア。なにやらこの敷地内に侵入者が入ったと報告を受けたが」
「はい、実はそのことで御祖父様にお話が」
話を聞く限り、俺がこの敷地内に侵入したのは伝わっていたらしい。だがその侵入者をユリアが庇い連れ出したとまでは流石にまだ伝わっていないらしい。
「実はその侵入者は、侵入者ではなかったと言いますか・・・。確かにこの敷地内に無断で侵入はしたようなのですが、元々はお客人で、それを兵士が勘違いしてしまいあのような騒動になってしまったらしくて・・・」
「ふむ?ユリアにしては珍しく曖昧な説明じゃな?今日は外から客人が来る予定はなかったはずじゃが」
「・・・はい、詳しくは本人から直接伺ったほうがよろしいかと。今、この部屋の前に来て貰っています」
どうにかユリアが話をまとめてくれているらしい。確かに説明のしようもない気がするが何とかまとまりそうだ。
「ユリアがそういうのであれば、良かろう。その者を通しなさい」
「はい、・・・リオスさん、どうぞ中へ」
どうやらうまく行ったらしい。中からユリアが顔を出して部屋の中に入るように言う。それに従い、部屋の中に入る。
「失礼します」
部屋に入るときにそういう。何でも貴族や身分の高い人の部屋にはこうして声を掛けてから入るのが礼儀らしい。そう言って礼儀作法を母さんからかなり叩き込まれた。正直魔法の訓練よりも厳しかったな・・・。
そんな余計なことを思い出しながら部屋の中に入ると、中には左右に本棚が敷き詰められており、その奥に大きな木製の頑丈そうであり、なおかつ立派な造りの執務机。その奥に腰掛けているのは、完全に白くなった髪と髭を生やした、しかしその佇まいはしっかりとした壮年の老紳士。その人が俺を見てその瞳を見開いて俺のことを見ている。流石にここまで驚かれるとは考えていなかった俺は思わず困惑してその場に棒立ちになってしまった。後ろにいるであろうユリアもこの老紳士の様子は予想外だったのだろう。困惑した雰囲気が伝わってくる。
この部屋になんとも言いがたい雰囲気が流れたが、それを破ったのは老紳士その人だった。
「・・・・・・ガラバルト殿?」
「・・・っえ?」
老紳士の言葉に思わず聞き返してしまう。今この老紳士の口から聞こえた名は、紛れもない俺の父、父さんの名だ。なぜ今、この老紳士から父さんの名が?ますます訳がわからなくなる俺だったが、先に我に帰ったらしいい老紳士が改めて俺のことを凝視する。
「・・・いや、確かに瓜二つじゃが、違う。お主は一体?」
どうやらこの老紳士は俺と父さんのことを見間違えたらしい。そういえば母さんからも成長するたびに父さんに似ていくと言われていたっけ。とにかく自己紹介しようと向き直る。
「初めまして、俺の名前はリオス。先ほど貴方の口から出た、ガラバルトと、ロレーン・セルビアンの子です」
「・・・・・・なんと」
老紳士は二度目の驚愕の表情を浮かべる。しばらく俺のことを見つめていたが、二度目の驚愕から醒めた老紳士はすぐさまユリアに視線を向ける。
「ユリア、すまんが席を外してくれるか。それとこの件は少なくともしばらくの間は他言無用じゃ。それからワシがよいと言うまで、この部屋に誰も近づかんように指示をしておいてくれるか」
「は、はい。わかりました」
老紳士の指示に驚きながらもそそくさと退室していくユリア。そうして部屋には俺とこの老紳士の二人だけとなる。やがて老紳士から声が掛けられる。
「すまんが、近くへ来てくれるか?」
「は、はい」
言われた通り、机を挟んでだか老紳士の前まで来る。老紳士は目を細めて俺のことを見ている。だがそれは決して邪なものが入っている視線ではない。その瞳はどこまでも優しく、そして僅かに哀愁が見て取れた。
「そうか、・・・そうか。ガラバルト殿と、あの子の・・・」
そう言いながら老紳士は立ち上がり俺の前まで歩いてくると、なんとそのまま抱きすくめられた。流石にこれには今日一番驚いた。
「えっ、あっ、あの?」
「・・・よく来た、よく来たな」
戸惑う俺に、しかし構うことなくそう呟いてくる。どういうわけか戸惑いが消えて、代わりにくすぐったいような、照れるような、そんな感情が湧き上がってくるのだった。
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