第10話 思わぬ誤算
「おや、リオスくんお帰り。」
宿に戻るとカウンターにいたおばさんに声を掛けられる。それに軽く挨拶を返すと突然ニヤニヤとした顔でこっちを見てくるので思わず首をかしげる。
「?、どうかしたんですか?」
「いやぁ、リオスくんも男だねぇ~。宿に女の子連れ込むなんて。」
そう言って俺の後ろ、頭からスッポリとマントを被った子に視線を向ける。視線を向けられたからか、びくりと肩を震わせ、すぐさま背中に隠れてしまう。その様子を見て益々顔をにやつかせるおばさん。
「いやいや、違いますから。ちょっと話があって連れてきただけですって!」
「ふ~ん、話しねぇ~?まあいいさ。もしその子も泊まるんだったらもう一人分御代が必要だからね~。」
どうにも俺の言ったことはほとんど取り合ってもらえなかったらしく、手をひらつかせながら奥へ行ってしまった。その様に思わず苦笑が出てしまうが気を取り直して二階の部屋まで上っていく。
部屋に着いてからとりあえずお互いに椅子に腰掛ける。
「・・・さて、もうマントを取っても大丈夫だよ。」
俺の言葉に彼女、フィリアは頭までスッポリと被っていたマントを脱ぐ。
フィリアが被っていたのは俺の持っていたマントで、そもそもなぜこんな事をしていたのかは少し時間を遡る。
「どうかしたの?」
俺から行き先がセルビアンであることを聞いた途端、またも異常に怯えだしたフィリアに問いかける。最初は会話できる状態ではなかったが、徐々に落ち着きを取り戻してきたフィリアが最初に言ったのは、
________私・・・混じり・・もの・・・です
という言葉だった。
『混じり者』、または『紛い物』。こういった呼称を指す者たちについては一応の知識はある。種族の違う個体間から生まれた、言わば混血の者。特に気位の高い種族の混血者に使われる蔑称だ。
本来こういった混血者は珍しくもなく、それどころか混血者自体が既に一つの種族として存在しているものも多数存在しており、まったくの異端などと言う事はない。
にもかかわらず、こういった蔑称が囁かれるのは、先の通り混血者の親の片方が気位の高い種族だった場合、実際に種族としての位が高い場合、何らかの理由で種自体が神聖視されているなどの理由からだ。
そして彼女、フィリアから途切れ途切れながら聞いた話によると、彼女はこの内の二つに該当するようだ。
フィリアは人とダークエルフの間に生まれた、言わばハーフダークエルフらしい。
エルフ族、そのエルフと対になる存在として在るダークエルフと呼ばれる存在。この両者はそれぞれ種としては上位に当たり、また、とりわけプライドの高い種として認知されている。
よってフィリアのような混血者に対するエルフ族からの風当たりは強いはずだ。加えてフィリアの問題はそれだけにとどまらず、そもそもダークエルフという種自体が同族のエルフに加え、他種族からも忌み嫌われているらしい。
まさしくフィリアの周囲は敵だらけという事になる。
「(う~ん、これはちょっと聞いただけでもかなりキツイな)」
まだフィリア自身の事は聞いていないが、正直あまり良い話ではないだろう。
というか、これって俺も含まれるんじゃないのかな?一応黒龍って幻獣族の、それもトップ。上位も上位、最上位のはずだけど・・・。
・・・・・・まあ、それは置いといて。
そんな訳でフィリアは人が集まる町を忌避しているようでこのままだと、とても町には入られない。フィリアもそうだし、町の人々もどういった反応をするか問題だ。今更ながら先ほどの御者さんの反応に合点がいった。フィリアのことをダークエルフと見て取ったからだろう。
ダークエルフは共通して褐色の肌に銀髪の容姿をしているらしい。今のフィリアの髪は土などで汚れてしまっているが、肌の色で判別できてしまう。
ハーフかどうかは、エルフだと耳の長さで判別できると言うことが以前読んだ書物に書かれていたが、そもそも俺はまだエルフにもダークエルフにも会ったころがないので、どれくらい違いがあるのかは解らないが。
そんな訳でどうしようか色々と考えた末、だったら全身見えなくしちゃえば良いや!というなんとも単純なところに行き着いた。
頭までマントを被っている様は怪しいようにも感じるが、そもそも町でもフードに身を包んでいる人はそう珍しくもないので大丈夫だろうと結論付けた。
そんな訳でフィリアに持っていたマントを被せ、緊張からか俺の服の端をがっちり掴んで離さない彼女を何とか宿まで連れて来たというわけだ。
・・・・・・なんでおばさん一目でフィリアが女の子だってわかったんだろう?謎だ。
なんにしてもこれでようやく落ち着いて話が出来る。
「(俺としても早急に聞かなきゃならない事もあるわけだし)」
そのためにもギルドには連れて行かず、まずこの宿に連れてきたのだから。
そう改めて思い、目の前のフィリアに改まって向き直る。
「とりあえずは改めて自己紹介しようか。さっきも名乗ったけれど俺はリオス。色々あって今は冒険者ギルドで活動しているんだ。」
「は、はい。フィリアで、す。・・・・・・」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
か、会話が続かない・・・。
いや、ここは俺が話を進めなきゃならないんだけれどね。
「え~と、とりあえず色々と聞きたいことがあるんだけれど、まず第一に君に聞かなきゃならない事がある。」
俺が改まった事に少し青ざめながらもコクリと頷くのを確認してから切り出した。
「・・・どうして俺の事をコクリュウと呼んだのかな?」
「・・・え、と?黒龍さま、だから・・・です?」
・・・・・・ん?
「え~と、だから。どうして俺が黒龍だって解ったのかな?」
微妙にズレた答えに若干戸惑ってしまう。というか、俺今自分から正体暴露しちゃった!?
・・・まあ、ばれてるっぽいから良いのか。
「?、解るから、です。」
・・・・・・ダメだ。何でか話がかみ合わない。
その後、なぜか押し問答になってしまう会話を根気強く続けていきようやくフィリアがなぜ俺の正体を見抜けたのかが判明した。
どうにもフィリア、というかエルフ族は精霊との強い共鳴能力が備わっているらしく、俺の中にある黒龍としての力を正確に感じ取り、共鳴能力から精霊が俺を黒龍の血統であるという認識を読み取ったようだ。
そう言えばエルフの共鳴能力についてもなんかの古文書で読んだような・・・。
というか俺の正体、もしかしなくてもエルフ族には筒抜け?
・・・・・・どうしよう。




