第4話 登録
なぜか話しかけてきた巨漢の男性を怒らせてしまいどう対処した物かと考えていると、いよいよ殺気立った男は持っていた斧を振りかぶってきた。流石にそれには驚いたがとりあえずかわそうと身を動かそうとしたところで、ふとこのまま斧が振り下ろされるのを避ければ斧は木製の床を叩き割ってしまう。
いや、それをやってしまう予定なのは目の前の男な訳だけれど、俺も不本意ながらもこの騒動を起こしてしまった片割れ。もしかすると床の弁償代を請求されるかも知れない。流石にまだ働いてもいないうちからそんな出費は出したくないので予定を変更。
一歩男の前に踏み込んで振り上げられた斧を持つ両手を左手で受け止める。それが予想外だったらしく男は驚愕の表情を浮かべ、驚きの声を上げ、るよりも早く更に一歩、男の懐に潜り込み右手による拳打を鳩尾に叩き込む。
本来なら殴られた男は後方に吹っ飛んでいただろうが、俺が両手をつかんでいた為そうはならず、しかし当然勢いはなくなるはずもなく。掴んでいた手を基点に宙を舞う。風車の羽よろしく綺麗に一回転、地面に叩きつけられ、るすんでに軽く腕を引くことで静かに着地。床の被害もゼロである。もっとも殴った男は白目を向いて泡を吹いている。心なしか体も痙攣しているようだし、ちょっとやりすぎちゃったかな?まあ、命に別状はないだろうから大丈夫かな。
以前訓練でゴブリン相手に本気で殴ったら、殴ったとこからゴブリンが破裂。スプラッタな死体を製作してしまってから力加減には気をつけているのだけれど、まだまだ甘かったかな?今後は更に注意が必要かな?と思い顔を上げるとあたり一面水をうったかのようにシーンと静まり返っていた。あれ?もしかしてやりすぎたかな?
「え~と、すみません。お騒がせしちゃって。あと、この人どうすればいいんでしょうか?」
「・・・へっ!?あ、ああ。ちょっと待ってね。今医務室に運ばせるから。」
俺の呼びかけに我に帰返ったらしい受付嬢さんが慌てた様に返事をして、他の従業員さんと幾人かの冒険者の人たちが気絶している男性を運んで行った。
ああ、来て早々騒ぎを起こしてしまった。反省しないと。でも何が悪かったんだろう?
「すみませんでした。騒ぎを起こしてしまって。」
「ううん、いいのよ。あなたは悪くないんだし。それにしても驚いたわ。さっきの男それなりに力自慢だったのに、その一撃を片手で受け止めたのもびっくりだけど、一発で伸しちゃうなんて。見かけによらず強いのね♪」
そういって笑いかけられる。あれ、俺ってそんなに弱そうに見えるのかな?確かに周りにいるギルドを利用しているであろう人たちよりは若いだろうけれど。そう思って回りを見回してみると、未だに驚いたような顔でぽかんとこっちを見ている人や、我に返って「やるなぁボーズ」だとか「よくやった!」など、声を掛けてくれる人たちもいる。そういった人たちに軽く会釈してから改めて受付嬢さんに向き直る。
「ふふ、君なら特に心配は無さそうね。はい、これが登録用の書類よ。これに必要事項を記入して頂戴。」
そういって渡された契約書に目を通す。
曰く、ギルドに所属するに当たって当方、いかなる場合も登録者の生死に関しての一切の責任を負わないこと。
曰く、依頼を受ける際、契約金を支払わなければ依頼を受けることはできず、依頼成功時に報酬金と一緒に返金すること。
曰く、依頼失敗の際には、契約金は返金されないこと。
曰く、依頼者からの報酬金のうち2割を仲介料としてギルドが回収すること。
曰く、以上の規定する内容に違反した際はギルドから登録が抹消され、場合によっては粛清の対象になること。
などなどが書かれており、以上のことに同意するなら一番下に名前と血印を押すというわけだ。最後の内容に些か驚きはしたが、要するに違反をしなければ大丈夫だと言うことなので問題はないだろう。出された羽ペンでリオスと名前を書き、同じく渡された短刀で軽く親指を切り、血印を押して受付の人に渡す。
「・・・はい、確かに。」
そういって受付嬢さんは内容を確認してから契約書を別の従業員に渡し、一枚の朱塗りのカードを差し出してきた。そこには冒険者ギルドのエンブレムである剣を咥えた狼が描かれている。
「これがギルドでの身分証明になるから失くさないようにね、一応再発行もできるけれどお金がかかっちゃうから。それじゃあ改めて_____
ようこそ、冒険者ギルドへ。私たちは貴方を歓迎するわ、リオス君。」
そういって受付嬢さんはにっこりと微笑み、それと同時に室内にいた他の冒険者たちも口々に歓迎の言葉をいい、それに合わせてまた酒を注文する人が声を上げ従業員さんたちが忙しなく動いている。
「そういえばまだ自己紹介してなかったわね。私はここのギルドで受付兼依頼の統括補佐をしているキューリアよ。よろしくね、リオス君♪」
そういって笑顔で手を差し伸べてくる。それに答えて俺も手を差し出し握手する。
「本当だったらここで、このギルドのトップであるマスターも紹介するんだけれど、今留守にしているのよね。だからマスターにはまた今度紹介するね。それでこの後はどうする?登録は済んだからもう依頼は受けることができるけれど?」
「あ、だったら早速依頼を受けたいんですけど。」
特に今日しようと思っていることもないので依頼を受けられればちょうどいい。その言葉にキューリアさんは「わかったわ」と言ってカウンターの下から少し厚手の用紙の束を出す。
「あ、そうそう。依頼を探すときはこうして受付で依頼を私みたいな係りの者に聞くか、あそこの柱に貼られている依頼の書かれた用紙をここまで持ってきてくれれば受けられるからね。」
キューリアさんが指差した方を向くとこのギルドのちょうど中央に位置する場所にある柱。そこにいくつもの掲示板が掛けられており、更に小さめの用紙がたくさん張られている。おそらくそれに依頼内容が書かれているのだろう。
「う~ん、君の腕だったら特に問題はないだろうから。でも最初だから比較的簡単なものの方が~、・・・あ、これがいいかな。ここミカロスから6キール離れた農村地帯で最近ゴブリンが出没するようになったらしいの。人的被害は出てないらしいんだけど作物に被害が出ているらしくて地元の人たちから依頼が出ているわ。」
そういって一枚の依頼書を俺に渡してくる。
「契約金は100ゴールド、報酬は900ゴールドね。確認されているゴブリンの数は4体。もしかするとまだ数体いる可能性もあるけれど、どうする?この依頼を受けてみる?」
ゴブリンか。ゴブリンだったら一桁なら何の問題もなく倒せるはず。正直三桁単位でこられたとしても魔法を駆使すればなぎ払う自信があるし。少し物足りない気もするけれど、キューリアさんの言う通り初めてなんだからこれくらいがちょうどいいと思い100ゴールドをカウンターに置いて頷く。
「はい、この依頼受けます!」
こうして俺は人生初の依頼を受けることになった。




