第二話 挑戦
3月11日。
直人は所属する事務所の社長に呼ばれて、品川区までやってきた。
直人の住んでいる地域は江戸川区であるため、品川区に行くには電車を使うほかなかった。
直人は中学一年生の九月頃にバンドを組んで活動を始めた。その活動が、出来上がったばかりの会社[小木プロダクション]の社長の目に止まった。
だが、現実はそう甘くはない。実際にデビューしたのはグループの中心であった境直人だけであり、アーティストというよりアイドルと言ったほうが過言ではないような仕事ばかりをさせられてきたのだ。
男性アイドルというものが少なくなってきた時代にデビューした直人はすぐさま人気を勝ち取った。そして現在に至り、無事中学卒業を迎えた。
「で、今日は何の用で?」
事務所に到着した直人はある個室に連れられた。そして社長の小木連子と対面することになった。小木はいつも謎めいた言葉を発するが、それが実は後に名言として噂されることもある。目の前にいる三十代の男が一体何を考えているのか、直人には全く検討もつかない。
「君は、何かを育てたことはあるか?」
「は?いきなり何を……?」
「質問に答えてくれ」
「……ないです」
「そうか。正直それは非常に困るな」
「……一体何を言ってるんですか?意味不明の言葉を言うために僕を呼んだんですか?」
「そうかもしれない」
「なっ……」
直人は少し小木に怒りを覚えながらも、なんとかそれを抑えた。
「その髪、随分と伸びたようだな」
「え?ああ、これですか?」
直人は頭の後ろで結わえた長い髪を手探りで確認する。
直人は長髪であり、伸びた髪を後ろで一つに結わえている。その長さはなんと腰の辺りまで。
「どうして伸ばしたんだ?もう一度私に説明してくれないかな?」
「……物心つく頃に両親を亡くして、ずっと姉さんに支えられてきた。だけど姉さんは3年前の4月2日に何者かに殺された。僕は姉さんに甘えていた頃の自分と決別するために髪を伸ばしたんです!」
感情が高ぶり、直人は拳を思い切り机にたたきつけた。
自分の姉を殺したのが誰なのかさえわからないのだが、たまらなく悔しかった。
「そうか」
「……雑談だけなら僕は帰ります」
「まあ、待て。本題はこれからだよ」
「じゃあ早く言ってくださいよ」
不機嫌さを隠し切れない直人は顔を手で覆った。そんな彼を見て小木は愉快そうに微笑む。
「人間は、生まれてから死ぬまでずっと一つの道を進んでいる。それが時には道に迷い、時には寄り道することもある。時には、引き返すこともある」
(何が言いたいんだ、小木さんは?)
「世の中には、自分の才能に気づかない者がいる。その一人が君だ」
「何ですって?」
「君は気づいていないだろうね。君の真の才能を」
「僕の才能は歌うことじゃないっていうんですか?」
「ああ、違うね」
その言葉に直人は驚きを隠せなかった。
その才能があったからあんたは僕をスカウトしたんじゃないのか?と直人は内心疑問に想う。
「君の才能はもっと大きい。そう……君は人をひきつけてしまう不思議な魅力がある。それはカリスマ性なのかもしれない。ひきつけるだけならカリスマ性だ。だが、君はさらに、どんな無情の人間でも笑顔にしてしまう。それは君にとって、周りの人間にとって最高の才能だ」
褒められて正直嬉しかったが、いまだに小木の真意が分からない。
「そんな君にその才能を活かしてもらいたいんだ。ということで、君にはこれからアイドルグループを作ってもらう」
「え?」
一瞬、呆けた。それも当然の反応だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!無理ですって!」
「大丈夫だ。高校の進学は問題ない」
「そういう問題じゃないですって!」
直人は首を横に振る。
「一体何がいけないというんだ。アイドルグループを作るだけだ。反対意見は受け付けない」
「えぇ~~」
直人は肩が項垂れた。
「……どうせやらされるんでしょう?」
「ああ、その通りだ」
はぁ、と直人は溜息を一つ吐く。それに対して小木は微笑んだままだ。
「君は強いし、優しい。きっと大丈夫だ」
「……僕は強くなんかないし、優しくもありません。強い人は、たくさんの挫折を経験している。優しい人は、何度も哀しさを味わっている。僕のゲームには、挫折も、哀しさも……まだまだ足りませんよ」
「ゲーム、か……」
直人の言うゲームとはなんのか、誰も分からない。
ある者は彼の人生だといい、ある者は彼の経験だという。
ある者は人生も経験も同じだと笑う。
「……すべて僕が考えるのですか?」
「ああ、そうだ。君を中心にみんなが動く……まさか逃げる気なのかい?」
「逃げませんよ」
直人は今まで座っていた椅子から立ち上がった。
「逃げない僕に、非常口は必要ありませんから」




