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さりとて、それは愚者の戯言

作者: 藤本 天

超グダグダです。


「だるぅい」


その声はまるで甘ったるい蜜のように妖艶で、そのくせ新緑をくすぐる風のように爽やかだった。

薄暗い部屋の中、声に反応したのか、四角い行燈にぼんやりと仄暗い光が灯る。

光に照らされたのは、毛足の長い絨毯とその上に乗った長椅子、そして、そこに寝転がる背の高い人影。

年は二十二~三歳だろうか、短く整えられた髪とたおやかで中性的な顔立ちをした美貌。

一歩間違えば本当に女に見えるところだが、着崩れた青磁色の着流しから引き締まった胸元がのぞいていた。


「だるい」


いまにも眠ってしまいそうな様子でふぅっと溜息のように呟いた声が闇の中に溶ける。

行灯が彼の声に誘われるようにゆらりと頼りなく揺れる。


「だるくて当然だ」


気怠い空気は白木打つような涼しげな声に断ち切られ、薄暗い部屋に光が差し込む。

高らかにふすまを叩き開けたのは長身の男性。

欄間に当たりそうになった頭をくぐらせて、長椅子の上でだらしなく寝転がる男を精悍な顔立ちを引き締めて睨みつける。


「いま何時だと思っている? 夕暮れ時までぐーたら眠っていたら体も怠けるだろうな!」


長椅子に寝そべる男は、彼の猛禽のような叱責を意に介した様子もなくだらりとうつ伏せになった。

肌触りがよさそうなクッションに肘を預けた男は、もう一方の腕で煙草盆から煙管(キセル)を取り上げる。


「うるさいねえ。八雲(やくも)は」

ふぅっと紫煙を吐き出した男を八雲と呼ばれた男は形のいい太い眉を吊り上げた。


『八雲が怒った』

『主様。八雲を怒らせた』


「うるさい!!」

八雲が怒鳴ると、くすくすと笑う童のような声がきゃーっとはしゃいだ悲鳴を上げた。


「大人げないねぇ。 鬼灯(ほおずき)煌羅(きらら)に当たるなんて」


くすくす笑いながら寝そべっている男の足下に二人の小さな子供が纏わりついている。

年の頃は五~六才ほど。

赤い髪に利かん坊な風貌の男の子と白髪の伏せ目がちな大人しげな風貌の女の子がくすくすと笑いながら長椅子に寝そべる男に侍っている。


「元はと言えば、お前のせいだろう!! 六道(りくどう)!!」

「責任転嫁とは、酷いねえ」

六道と呼ばれた男は寝そべったまま自分に侍っている子供たちに語りかける。


『八雲、酷い』

『八雲、無責任』

「『『ねえ~』』」

同意の声が見事に声がハモる。


「いい加減にしろぉ!!」


八雲の怒り声が響き渡り、気怠げに漂う紫煙と行燈の光を消した。

それと同時に二人の子供が煙のように消える。


「八雲」


冷泉の様に冷ややかな声が気怠げに寝そべっていた六道から吐き出された。

夕陽が差し込む部屋が、どろりと仄暗く、冷たくなる。

六道がたった一言、発した。

それだけで。


「怒るなら、俺の話を初めからちゃんと聞け」


むすりと顔を顰めた八雲を六道は冷ややかに睨みつける。


「お前のそういう所が嫌いだね。 ……せっかく私が育てた子達だというのに」

「いい年して人形遊びとは、お上もお嘆きだろうな」

「嘆くなら、永遠に嘆いていればいいさ。 人を勝手にこき使う嗜虐趣味者なんか」


六道は高らかに煙管を鳴らして灰を捨てる。


「お前は……」

呆れたように呟いた八雲は、「いや、もういい」と頭を振り、気を取り直したように一枚の書状を六道に差し出す。


「仕事だ」

「いい年していまだに使いっぱしりの小僧扱いとは、お上も随分お前がお気に入りらしい」


書状を受け取った六道はにまりと八雲を嗤う。


「六道!!」

八雲が声を荒げるより先に、六道の体が消える。

比喩でも何でもなく、雨上がりの一時に煌いた虹のように、屋根まで上がって弾けたシャボン玉のように。

六道という存在が夢幻の類であったかのように六道が部屋から消えた。

「あいつ……」


八雲が唸る、その足下には書状が広げて投げ捨ててある。

『引き受けよう』

薄い墨で一言書き捨てられた書状を見下ろして、八雲は溜息をつく。


木々がさわさわと揺れ、近くに小川が流れているのか、水が流れる音がする。

しっとりと湿った土の匂いと緑の香りが混じり合い濃厚な闇の中に溶ける。

風の音と水の音しかしない、草木も眠る丑三つ時


「久しぶりの外、だねえ」


夜空に浮かんだ満月が六道の吐き出した紫煙で霞む。

夜の小川の岩の上、黒いコートの下に黒い着流しを纏った六道がぼんやりと夜空を見上げていた。


「さて、目当ての物はこの辺りにあるはずなんだけど……」


ふっと煙管から吐き出した紫煙がすぅっと森の中に飲み込まれる。

「そこかい?」


そこについた六道はハッと息を飲む。

真っ白い小さな羽衣が闇の中、月の明かりを纏いながら銀に輝いて舞う。


「これは、 絶景だねぇ」


ひらりひらりと舞う真っ白な衣を六道は手の中に迎え入れる。

雪の結晶の様に光る羽衣は花の花弁。

漆黒の森の中、真っ白い羽衣を纏う木が一本立っていた。

そのひとひらを捕まえた六道はゆったりと紫煙を吐き出しながら、その木に近づく。


「こんな所にどうして来たの?」

「それは、こちらのセリフでしょう?」


木の根元には薄紅色の着物を纏った少女がぽつりと座っていた。

少女はこてりと首を傾げて六道を見やる。


「あなた、誰?」

「そういう君は何なんだい?」


六道が問い返すと、少女は顔を顰めた


「質問に答えてよ」

「その理由はないだろう?」

にまりと嗤う六道を少女はムッと見やる。

 

 ざわりと木がざわめいた。


「わたしは×××よ!!」

「ほぅ」

六道は興味深そうに少女を見下ろす。


 ざわりわざりと白い花弁が吹雪の様に舞う。


そのさまを見た六道は溜息をつく。

「やれやれ、久しぶりの外に出てみれば、まあ、厄介な事」


「どうしたの? 何か、あったの?」


きょとんとした様子の少女を見て、六道は口角を持ち上げる。


「実に、面白い」


言いながら、六道は煙管の煙を吐き出す。


「何?」


吹雪の様に吹き荒れる花弁を、紫煙はふわりふぅわりと漂って六道を守る。


「いろいろ事情があってねえ。 君はココにいたいのだろうが、そういうわけにいかなくてね」


「ここに、いたい?」


少女はきょとんと眼を丸くする。


「そんなこと、考えた事、ない」

 

  ざわり、と花弁がさらに吹き荒れる。


「ここ、どこなの? わたし、いつからここにいるの? わたしは、わたし、わたしわたしわたしわたしわたしわたしはわたしはわたしはわたしわたしわたし」


狂ったように舞う白い花弁と一緒に狂ったように同じ言葉を続ける少女を六道は面白そうに見下ろす。


「おやおや、なかなかに芯の強い魂だったようだね」


だからこそ、自分が呼ばれるほど厄介なモノに育ったといえる。


「しばらく、お眠り」


六道は紫煙で出来た丸いわっかを少女に吹きかける。


目を見開いて頭を抱えて狂ったように喚いていた少女はそのわっかに包まれた。


それと同時に、花弁が消える。

夜の森の中、ひとつだけ咲き誇っていた白も消え去った。




「それは、何だ? 六道」


いつものように六道は気に入りの寝椅子に寝そべり、煙管をふかしている。

しかし、いつもと違うのは六道の手の中に白い水晶球が収まっている事。


「昨日の仕事の成果」

六道はころころと白い球体を弄ぶ。


「俺はあの場を浄化しろとは言ったが、あの場を荒らしていたものを持ってこいとは言っていない!!」

「いいじゃないか。強い念に囚われて、桜の木と同化した珍しい魂だ。 育てると面白いと思わないか?」

にまりと嗤った六道を八雲は苦々しげに見下ろす。


「そうした惑う魂を浄化して、次の道に還すのもお前の仕事だろう!?」


「さぁ。 そうだったっけ、ねえ?」

ころころと白い球体を弄びながら、六道は嗤う。


「どんな魂になるのか、楽しみじゃあないか」

くすくす笑う六道を「悪趣味だ」と八雲は思う。

しかし、この場で六道に逆らう事は出来ない。

踵を返して八雲が去った後、六道は白い球体をころりと床に置く。


「さて、起きてもらうには名前がいるな……」


少女が名乗った「×××」はココでは華やか過ぎる。


「ならば、君が共に在る花の名を授けようか」


六道はくっと嗤うと球体に向けて紫煙を吐き出す。

そして、呼ぶ。


「桜」




 とんっ


静かに障子が開かれ、日の光が薄暗い部屋の中に差し込む。


「六道さん。六道さん。 起きてください」

「うう、眠いんだよ。 サクラ」


六道は寝椅子からのっそりと起き上って、薄紅色の着物を纏う少女を見やる。


「八雲さんが来たんです。 諦めてください」

「追い返してくれないかい?」

煙管に火をともしながら六道が言うと、サクラはむっと眉を寄せた。


「嫌です。 八雲さん、怒ると人形達を壊すんですもの。 わたしの兄弟のために起きてください」

「サクラがいれば、簡単には壊れないけど……」

「それでも、嫌です。 ほら、(なずな)月白(つきしろ)。主様を手伝って」

『あい』

『はあい』

五~六歳ほどの男の子と女の子に纏わりつかれた六道は渋々白の浴衣から緋色の着流しに着替えた。



「人形に養われるとは六道の《辻守》も堕ちたな」

「お上は相変わらず、お前を使いっぱしりにするのが好きらしい」


面白そうに揶揄した八雲を六道は睨みつける。


「最初にサクラをうちに置く事をあんなに反対してたくせに、図々しい」


ぷかりと煙管から紫煙を吐き出し、六道はもう何百年も前の事を思い出す。


「ああ、だが、サクラが起きてから俺の仕事は楽になった。 良く考えてみれば、俺もサクラもお前も道から外れているもの。 ならば、サクラが思う様に在ればいいと思ってな」


ははっと笑う八雲に六道は暗く嗤う。


「ああ、そうだな。 サクラが思い出せればな」


ぽつりと小さくつぶやいた声は誰にも届かず、闇に消える。


己を繋いでいる鎖を思い出せずにただ縛られているサクラにおそらく救いはない。

永遠に己と共にココに在るしかない。


(だが)


ふと、六道は茶を持ってきたサクラを見やりながら思う。

近頃、自分はサクラが忘れてしまった“鎖”を思い出して欲しいとひそかに願っている。

“鎖”を思い出し、引きちぎり、この未来も過去もない『永遠』から逃れて欲しいと。


「馬鹿な事」


くっと六道は嘲う。

輪廻の道から外れた愚かな自分がいまさら何に祈るというのか。何に、願うというのか。


この『永遠』からは誰も逃れられない。


この『永遠』から誰も逃れるすべはない。


「×××××××」

だから、これは、戯言。

一瞬の後に消えてしまう紫煙の様なもの。


(これからの『永遠』に幸あれ)


そう思う事もやはり何かの戯れ言の様で、六道はくっと煙管をくわえて嗤った。

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