遠く離れた娘を思う父
その日は、砂漠に近い土地には珍しく朝から雨だった。
西国の気候を雨期と乾期に分けるなら、今は乾期に当たるため、一日続く雨など非常に珍しい。
コローラル・ド・メフィステニスは自分の執務室から、書類を繰る手を止めて窓の外の雨を眺めていた。
報告によれば、娘がラーゴスタを発った頃だろうか。
砂漠に雨が降りはしないだろうが、娘が滂沱の涙を流しているのは想像に難くない。
そういう娘だ。
ヨウコ・キミジマという迷い人を自領に連れ帰ったのは、気まぐれもなければ同情でもなかった。
すでに彼女のことを知っていたからだ。
その当時は、彼女が東国の王と何かしら関係があったという報告だけだったが、コローラル自らが保護する理由には充分だった。
機は熟していた。
だが、きっかけがなかなか巡って来ず、若い王の召喚命令を無視し続けた。
それが、あの娘が関わった事件で絶好の機会がコローラルに巡ってくる。
お陰で若い王の横面を叩くことは出来たし、長い間巣食っていた西国の病魔の原因も突き止めることが出来た。
だから、あの場で彼女がどう返事をしようと自領に連れ帰るつもりでいた。
彼女は扉を開ける鍵だ。
だが、娘に迎えようと思ったのは、まったくの思いつきだった。
普段ならば絶対に信じない、直感の類だ。
理由はあまりない。
思ったよりも彼女が賢いことや、コローラルの部下が思いのほか気に入って彼女を可愛がったことや、いくつかが上げられるが、やはり理由はないに等しい。
伯爵としての、将軍としての責任上、もっとも忌避すべき直感という以外の理由を上げられない。
それでも、養子に迎えるといったコローラルの前で、泣きだした彼女を自分の娘にすることに迷いはなかった。
次第に明らかになっていった彼女の足跡は、あまり良いものではなかった。
彼女は、東国に新しく就任した宰相と異世界から落とされた迷い人だ。
彼女は城に保護されていたが、連れ去られた。その先で、三年前姿を消したはずの東国王に拾われ、王は王都へ帰還した。
そして彼女は戦場に送られ、西国へ来た。
普通の人間ならば殺されているか死んでいるような足跡だが、それでも強運なのか悪運なのか、五体満足でコローラルの前に現われたことは奇跡に近い。
星の巡りもあるだろうが、彼女自身の力によるところが大きい。
彼女は自分で思っているより賢い娘だ。
そして、いつも誰かをその賢さで救っている。
だから、いつも誰かが彼女を助けるのだ。
コローラルは、恐らく彼女を助けるために選ばれたのだろう。
星の巡りも運命も特別に興味はないが、彼女と会わせてくれたのだから感謝するべきか。
しかし、伯爵の席を彼女が本当に継げるかといえば、それはまた別の話だ。
彼女にいくら強運の女神がついていようと、コローラルの居る世界はいくらでも背中から襲われる世界だ。
いつか部下のガリアにした問いかけを自分に返せば、否と答える。
彼女はきっと自分が奪った命の重みを受け止めるだろうが、血塗れの道は似合わない。
今はただ、養子となる彼女を心配できればそれでいい。
ガリアの余計なひと言が時折邪魔をするのだが。
二回り以上違う娘をどうして妻になどと考えるのかが分からない。
ただそれは、妻としてそばに置くか養子としてそばに置くかの違いだけのような気もしてくる。だがやはり、女としては考えられず、コローラルは一端の父親になったような心持ちで彼女の報告を聞いている。
彼女が無事に北国へ着ければ、どんな報告が聞けるのか今から楽しみだ。
そのために、今は西国の正常化を進めなければならなかった。
ラーゴスタとバクスランドの問題はその一環に過ぎない。
むしろ娘のお陰で早々に片付いた。
「動いたか」
珍しい雨を眺めながら、先ほど送られてきた書面を繰る。
この報告で、全ての糸が繋がった。
たった一人の男に。
世界は歪んで、軋んで、悲鳴を上げている。
その悲鳴の先に、一人の男が居る。
未来の娘はやがてこの男と出会うだろう。
彼女が居たから、あの男の存在を掴むことができたのだ。
そして、セイラの報告で今まで胸に留めていた疑問が証明された。
今は遠く、北国へ向かった娘。
その行く先には、必ずあの男が居る。
「―――ヨウコ。君ならどういう答えを出す」
その答えをぜひ、聞かせてほしい。
出来れば誰より先に。
誰も答えない問いを口にして、コローラルは雨音を聞きながら静かに目を閉じた。




