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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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酔っ払いとにがり

 翌日はカルチェに起こされて、朝食を食べたあと兵士さんたちに捕まった。

 どうやら酒のあてに良いと言った豆腐を作りたいらしい。

 セイラさん達が祝杯に酒を持ち込んでくれたらしく、あの名前と違って喉が焼ける乳酒が樽に三つほどある。


 そして、せがまれるまま私は必死に豆腐の作り方を思い出すはめになった。


 えっと、豆を蒸して、潰して、豆乳作って、それをにがりで固めるんだっけ?


 にがりって何で出来てるんだったかな…。

 何か固めるようなものはないかと聞いたら、寒天もどきやらが出てきたけれど、にがりは固形じゃなかったような。

 そしたら、海水でそういうものを作ると聞いたことがあると兵士のおっちゃんの一人が言った。

 それかもしれない。

 海水なんか砂漠の真ん中で手に入れられるはずもないが、海水から作った塩があるらしい。それで何とかならないか。

 朝も早くから、ひげ面のおじさんたちに囲まれて(ここの成人男子はほとんど髭面らしくて、剃ってるアグリやヴェルデは珍しいんだってさ)豆腐作りを始めた。

 煮たり潰したりこしたりを、何度も繰り返して、夕方になる頃。


「できた!」


 ザルに固まった塊を掲げて、いい大人たちが狂喜乱舞した。

 もうほんとボロボロだったけど、この貴重な塊をみんなで大事に分けて、味噌樽(味噌を酒樽に移した)の下で溜まった醤油を垂らして、削り節もどきをふって食べた。


 私は再び郷愁に駆られてまっさきに泣いた。

 うまい。

 故郷の日本でもこんな旨い豆腐食べたこと無い。

 だって特売の百円豆腐だからね。

 それに朝からの苦労が旨味を三割増しにしているはず。

 

 この豆腐を肴にして、試食会だったはずだが、夜も更けてくるとセイラさんも誘って大人ばかりの酒盛りになった。

 カルチェも十八なので成人はしているらしいが(十六が成人なんだってさー)酒は苦手とかで早々に引き揚げていってしまった。

 当然、私は残ってる。

 久しぶりのお酒だもの!

 ただ乳酒はドぎついのでちびちびとやっていたが、セイラさんなんかは見た目通り豪快に湯呑でガブ飲みだ。さすが姐さん。

 昨今の日本では飲み会は若者に敬遠されがちらしいけど、大人はやっぱり酒の席でうちとけるものがあるらしく、セイラさんとその部下さんたちはすっかりラーゴスタの人たちと意気投合している。

 試作の豆腐はもう無いから、私の方は少し宴会から外れて豆腐造りプロジェクトチームの主犯格グループと、参加はしていなかったが興味はあるらしいアグリとで今後の改良点なんかを話し合っていた。


「やはりニガリの量を一目盛り減らしても良かったんじゃないか」


 そう真面目くさって言ったのは、兵士たちの中でもリーダー格のスミトラだ。どうみたって熊みたいな顔だが、これでも三十路を少し超えたほどらしい。


「そうか? あまり減らすと固まらなかったじゃないか」


 スミトラに応えたのは、まだ若いくせにひげ面のポポ。十七歳らしい。むさい若者だ。


「豆とニガリの量を変えて記録していく必要がありそうですね」


と、参加していなかったはずのアグリがやたら分析した意見を出す。


 あーだこーだと大の大人が豆腐議論に花を咲かせている。くだらない。

 でもこのくだらなさが心地よくて、私は書記役に徹して皆の意見をアグリが提供してくれた何かの書類の裏に書きだしていた。

 めくってみたけど、何やらよく分からない測量記録が書いてあった。

 ……あれ、これ表題に何かラーゴスタ計測記録とか書いてあるけど。いいのか。

 アグリが意外と酔っていることはよく分かった。


 話し合いが雑談に変わる頃、アグリが私の隣にやってきたので、紙の裏のことについて尋ねたが、


「測量はまたやればいいんですよ」


 酔っ払いな返答が返ってきた。顔はほとんど普段と変わらないくせに、相当酔ってるな。


 だったら、この混沌状態で聞いてやろうか。


「アグリは、若いころに戻る決心ついたの?」


 ほとんど酩酊状態のアグリはぼんやりと私の質問を口の中で転がして、酔っ払った口調のまま、静かに口を開いた。


「私はね、カルチェさまに普通の姫として過ごしてほしいだけなんですよ」


 領主の娘ということで多少の不便はあるだろうが、普通の娘と同じように。


「奇麗な服を着て、着飾って、政治のことなど忘れて、好きか嫌いかだけを考えて、花を愛でて」


 普段は男のように振る舞っているが、ああ見えて甘い物が大好きなのだとアグリは笑った。


「誰かに甘えて、恋をして」


 幸せになってほしい。


 溜息のように呟いてから、アグリは乳酒をあおった。きっと、無理して飲んでいるのだ。


「迷い人が、不死ではないと知っていますか?」


 アグリが静かな声音で言って、また酒を杯に注ぐ。


「どうせなら、不死であったらと思いませんか」


 アグリには、元の世界での記憶がない。彼はすでにこの地が故郷で、居場所なのだ。


「どれほど見た目が若かろうが、私の寿命はもう長くはない」


 自分の死がカルチェの悲しみになっても、妨げになることはあってはならない。


 飲み過ぎで、アグリはとうとうその場に倒れこんで寝てしまった。

 私は彼を眺めながら、残った乳酒を飲んだ。


「ねぇ、アグリ」


 こんな安っぽい言葉なんか聞きたくないだろうけれど、私はどうせ声なんか届かないアグリに呟いた。


「カルチェもきっと同じだよ」


 うまくいかないものなのだ。

 もどかしくても、切なくても、日々は誰にも平等に注がれる。



 私は、北国に発つことを決めた。




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