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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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言葉と夕焼け

 いや、忘れてたわけじゃない。わけじゃない、んだけど。



「あなたの借金の返済期日は一年後ですから。ああ、返済はどこのギルドでも大丈夫ですよ。ご心配なく」


 暗室から出てきた私に、ミカエリ・ジョーンズが世間話のように言った。


「北国に行くなら、あなたが借金したほどの資金が必要ですが。失礼ですが、お手持ちは?」


 ホントにアンタは失礼で胡散臭い男だな!

 ミカエリ・ジョーンズの奇麗に撫でつけた髪をくしゃくしゃにしたくて、私は彼の頭頂部を睨みつけた。


   

 そうだった。

 あの女にお金の大半取られたんだ。

 しかも今の私は借金持ち。

 今回は伯爵からの通信だったからこれ以上の加算金はなかったんですがね。


 私はカルチェ達の待つ城に帰って、何も考えたくなくてすぐに寝た。


 今日ぐらい不貞寝しても誰にも文句言われないと思う。




 そうして目が覚めたら、もう次の日の夕方でした。


 うおっ一日無駄にした!

 誰か起こしてよー。

 

 八つ当たりにちょうど私の寝床の部屋を通りがかったカルチェに絡んだ。


「気持ち良さそうに眠っていたからな。セイラ中佐も寝かせておいてほしいと言っていたので」


 あああ、今日も味噌汁飲もうと思ってたのに。


 食い意地の張った私の恨み事に、カルチェは笑う。


「でも、ここ数日でやっとゆっくり眠れたんじゃないのか?」


 確かにそうだ。この砂漠に来てからこんなゆっくり寝たのは久し振りだ。

 本当に散々だったからね。お陰さまで額の傷も手の火傷もだいぶ良くなったようだ。

 納得しかけた私に、カルチェは何か思いついたように、私の手を取った。


「目が覚めたなら、ちょっと付き合ってくれないか」


 カルチェが楽しそうに言うので、私は彼女についていくことにした。


 まだ穴だらけの回廊と階段を上ったり下りたりしながら、カルチェの後を追って迷路(一度で覚えられない)を抜けると、視界が開けた。


 たぶんお城の一番頂上のあたりだ。突きだしたバルコニーからは、荒れた街と砂漠が見える。

 そして、砂漠の地平線に、今まさに太陽が沈もうとしている。

 私とカルチェは言葉もなく、薄汚れたバルコニーに座り込んだ。


 ああ、ここがラーゴスタなのか。


 何だか今更な実感が沸いた。

 整備された街並みは今や見る影もないが、きっと美しい街並みだったんだろう。建物の間を広い道が碁盤の目みたいに走っている。

 この、夕焼けと街を一人占めするような高台から、領主は砂漠と人々を見守っていたんだ。


 私は夕焼けを浴びながら、上着から手帳を取り出した。

 今のうちに日記をつけておこうと思ったのだ。ランプも油代がかかるしね。

 明るいうちに書いておけばいい。

 とりあえず、砂漠についてからのことは地味につけてるから、時間がある時に今までのビックリなことや悲しいことも楽しいことを書いておこう。

 そういや、私の私物は社長に取られたまんまだ。

 もう随分前のことに思える。

 

 みんな、元気だろうか。


 恨んでいる人も嫌いな人も、面倒な人も、みんな元気だろうか。

 私とずっと共にある思い出は、あのマントだけだ。


「何を書いているんだ?」


 隣で静かに、私と同じように景色を眺めていたカルチェが手帳を覗き込んできた。


「東国の言葉?」


「似てるけど、私の国の言葉」


 いつか伯爵が言ったとおり、私が東国に落ちたのは運が良かったのかもしれない。

 ネロが学んだ西国の文字は英語のアルファベットのような記号なので、それに慣れてしまったら、漢字なんて忘れていただろう。あーあの漢字なんだっけ。携帯で打ちたい。っていうときもあるけどね。


「日記つけておこうと思って」


「そうか。ヨウコは色々な場所を旅しているんだったな」


 カルチェは感心するように言って、


「私はラーゴスタからほとんど出たことがないから、ヨウコの旅の話を聞きたいな」


 なんでも、彼女が遠出したのはお父さんと一緒に行った砂漠の滝(砂漠の砂が渓谷に流れ込んでる場所があるんだってさ!)に連れていってもらったきりなんだそうだ。あとはそのお父さんも病気になってしまったので、カルチェが領地から出るすべはなくて。


「大抵の人間は、旅なんてほとんどしない。商人や修行に出かける魔術師ぐらいだ。あとは傭兵だろうな。彼らは帰る家が無いからだが」


 貴族でも滅多に旅なんかしないらしい。

 そう言われたら、東国からやってきた迷い人なんて珍しい以外の何者でもないだろう。

 私は攫われたり置いていかれたりしたことを省きながら、カルチェに今までの旅のことを面白おかしく話した。

 チャリムのこと。

 騎竜のこと。

 お風呂のこと。(砂漠の真ん中じゃバケツ一杯の水で体から頭まで全部洗うから驚かれた)

 カルチェにはこの国のことを教えてもらった。

 水も出てくるサボテンを焼いて食べること。(肉厚で美味しいんだってさ)

 ビークルは南国で開発されていて、西国では作られていないこと。


「普通、この国の女性はこんな服装じゃないんだ」


 奇麗な布を使ったもっと涼しい服なんだそうだ。


「そういう服着ないの?」


「あまり好きじゃない」


 似合わないしな、とカルチェは言うが、彼女は充分可愛いし美少女の類だ。

 別に女の子を捨てたわけじゃないのなら、


「着ればいいのに。着て見せてよ」


「さぁ。衣装は瓦礫の下かもしれないから」


 はぐらかされた。

 

 そんなくだらない話を日が暮れるまでカルチェと話した。


 遅れて夕飯を食べに行ったら、アグリに叱られた。


 それでも、カルチェと夜が更けるまで色々な話をした。

 話し足りなくて枕を並べて一緒の部屋で寝ることになったので、女子高生に戻った気分でカルチェにニヤリと笑ってやった。


「ね、カルチェはアグリのことどう思ってるの?」


 女子高生の修学旅行で恋バナはかかせない。

 他人事なら尚更だ。


 私は普段と同じ木綿のシャツとズボンだが、カルチェはいつものシャツとズボン姿から寝巻き用だというワンピースに着替えて、毛布の上に寝転がる。砂漠色の長い髪がばさりと枕に広がって奇麗だった。


「―――私を育ててくれたのは、アグリなんだ」


 物心ついたときから、迷い人ながらもお父さんがアグリをカルチェのお守兼教育係としてつけていたらしい。アグリはあの優男っぷりからは想像できないが、意外と武闘派で、護衛としてもカルチェを見守ってくれてきた。

 でも、その優しく厳しいお兄さんはカルチェが成長しても全く変わらないまま。

 アグリは若い頃、現地の人と一度結婚して家族を作ったけれど、奥さんはカルチェが生まれる前に亡くなっていて、それ以来、新しい奥さんももらわないままで過ごしている。

 息子のヴェルデが再三勧めていたらしいけれど、ずっと頑なに断り続けているという。

 まぁ、予想通りというか何というか。なんてテンプレな若造り爺なんだろう。


「アグリは、奥さんをとても大事にしてるんだ」


 彼がいつも持っているロケットには奥さんと息子二人(ヴェルデさんの弟が居るらしい)と撮った写真が入っているんだってさ。

 家族想いの男はポイント高いけど、それにしたって大事なお姫様が何だか淋しそうにしてるのはいただけないだろ。

 アグリはカルチェを目に入れたって痛くないほど溺愛して育ててきた。だから、カルチェの幸せを誰より願っているのは彼だろう。

 けれど、カルチェだって、アグリの幸せを願っている。

 お互い見つめあってるのに、何だかかみ合わないっていうこともあるんだな。

 見てるこっちはイライラするけど、こればっかりは何かきっかけという面白いことでもない限りは他人が動くのもなぁ。年の功かヴェルデはそういうのも見越して今はお見合いの話も持っていってないようだし。


「アグリと私の時間は進み方が違うから、私じゃたぶん、アグリのことをちゃんと分かってあげられていないんだ」


 カルチェが諦めるような顔で砂漠色の目を細めた。

 その目尻から何かがこぼれるような気がして、私は枕に視線を落とした。

 

 迷い人とは幸せになれないのだろうか。


 年を取らないだけで、迷い人だって共に時間は過ぎている。でもそれは人の目には見えない。

 人は霞だけ食べて生きることはできないから、目に見えないものだけでは生きられないのか。

 私だって、目に見えない信頼や上っ面な言葉よりも、今この瞬間に差し出してくれる手を取るだろうから。

 

 カルチェが静かな寝息を立て始めたので、私も毛布を被って目を閉じた。


 少なくとも、アグリは差別せずに慕ってくれたカルチェに救われたはずだ。

 それを、カルチェが分かっていなくても、そのことはとても大きな救いだから。



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