朝日と後悔
砲撃の一夜を地下で過ごしたあと、みんなで朝日を見た。
生きてる。
なんか知らんが生きてる。
生き残ったよ!
夜は暗いからほとんどわからなかったけど、城の大穴見てほんとよく生きてたと思ったよ!
あれだけ威力のあるものが降ってきたのに、砲弾らしきものは見当たらなかった。セイラさんによれば、何でも魔術で撃ってきていたそうだ。そうか、魔術って武器にも転用されてるんだな。家電動かすだけじゃなかったのか。
変な知識を仕入れたところで、女の子たちが残っていた米と味噌(地下にあったからね)でおにぎりを作ってくれてきたんで、生き残った人たちと頬ばった。私を含めて怪我した人はいっぱい居たけど、奇跡的に全員無事だった。
また皆でおにぎり食べられるなんて!
昨日はマジで死ぬかと思ったから。……この砂漠に来てからこんなのばっかりのような気もするけれど。
でも生きてるのが奇跡! と思ったのは私だけではないようで、昨日の夜、セイラさんに連れられてカルチェを地下に連れていったら、真っ先に飛び出してきたのは、アグリだった。
彼女を現実に引き戻すように抱き締めて、彼女の耳元で延々とお説教を繰り返していた。
もうくっつけよ。
傍目からはバカップルがいちゃいちゃしてるようにしか見えないから!
脇でそれを生暖かく見ていたのは私だけではなかった。ヴェルデに尋ねてみたら、アグリは先代から頼まれてずっとカルチェの世話をしてきたらしい。影になり盾になり大事に育ててきたお姫様。でも、成長して大人になって年々奇麗になってくカルチェにどうしたらいいのか迷っているという。
見た目青年の男だろ。ガッといけ! ガッと!
今日も甲斐甲斐しくカルチェに豆茶を手渡すアグリとそれを嬉しそうに受け取るカルチェを、生暖かく眺めながら瓦礫の横でまったりしていたら、やけに身奇麗なフロックコートの男が城の瓦礫の山を避けてやってきた。
「バクスランドから通信が入っております」
まるで砲撃なんか無かったかのような透ける金髪の男、ミカエリ・ジョーンズが胡散臭い笑顔で言った。
私はカルチェとアグリとセイラさんと連れ立って、ギルドに向かうことになった。
何でも、通信主は伯爵らしい。
砲撃が止んだことといい、セイラさんが来てくれたことといい、伯爵は首尾よくバクスランドを止めてくれたようだ。さすが未来の自慢のパパ。
ミカエリ・ジョーンズに促されて、再び暗室に五人で入ると、ちょっと狭かった。だが、空中映像の向こうに、伯爵と見知らぬ青年の姿が現れて、あまり気にならなくなった。
向こうも私の顔を見つけたのか、伯爵が少しだけ笑った。
「久し振りだね。ヨウコ」
昨日も話しましたが。確かに久しぶりな気はするけどね。
「ありがとうございました、伯爵。昨日、いきなり砲撃があって驚いたんですけど、セイラさんが来てくれたお陰で助かりました」
私の言葉に反応したのは、伯爵ではなく隣の青年の方だった。
かなり疲れた顔をしているが、青空みたいな髪色の精悍な顔つきの青年だ。彼は何か言おうとしたらしいが、結局何も言わずに押し黙ってしまった。
「今日連絡したのはね、君の意見を聞こうと思ったからだよ」
伯爵は目は開いているもののどこか茫然としている隣の青年を促して、画面の前に押し出した。
「彼は、ヴィオレット・デ・バクスランド侯爵。彼と話し合った結果、この略奪戦争を止めてくれることになった」
伯爵に紹介されて、青年は顔をしかめた。
彼が、バクスランドの。
思っていたよりも若い。
「ヨウコ、君は私にラーゴスタを助けてくれと言ったね。だから、あとは君の判断に任せるよ」
え。
何それ。
「私の未来の娘だ。良い判断を下してくれ」
丸投げしたのに、返されたーーーー!!
固まった私を見る伯爵は、さながら出来の悪い生徒に難題出して悦に入ってる数学教師!(偏見)
どうしてくれるんだ。おろおろする私を見てカルチェまでおろおろしてきちゃったじゃないか! 落ち着け!
どうしよう。
どうすればいい。
無い頭をフル回転させた。さっきおにぎり食べてて良かった! 糖分万歳!
「―――殺せ」
低い呻き声に回転が止まった。
画面の向こうで青年が忌々しいものを見るような眼付きでこちらを睨みつけている。
「下賤とはいえ、この俺に勝ったんだ。俺を殺せ。それでいいだろう」
はて。
不思議なこと聞いちゃったな。
「アンタに私に命令する権利なんかないよ」
「何!」
怒鳴る青年を前にして、考えるの面倒臭い。帰せ私の糖分。
「この状況分かってんのかなぁ。お坊ちゃん。アンタの生殺与奪を握ってるのはもうアンタじゃなくて、私なんだけど」
「それがどうした!」
「死んで楽になれると思うなよ。クソガキ」
思わず本音が出ちゃった。
ああ、カルチェ、引かないでよ。アグリも不信な顔しないで。
でもお陰で良いこと思いついた。
「君、カルチェの部下になることに決定しました」
逃げ腰のカルチェを画面の真ん中に立たせて、青年と対面させた。
訝る青年に紹介してやる。
「この子が、あなたが滅ぼそうとしてたラーゴスタ領主、カルチェ・デ・ラーゴスタちゃん十八歳でーす」
カルチェは画面越しに青年を睨んでいた。
それに怯んだとも思えないが、青年は口を噤んだ。
二人の様子を横目で見ながら、私は陽気に続けた。
「君は今からバクスランドの領主でありながらカルチェちゃんの部下になりまーす。逆らったら、君だけでなく君の目が届く範囲の人たちがどうなるかわかりませーん」
「なっ…」
驚いた青年の様子で何となくわかった。彼には彼で、大事な人たちが居る。
脅す材料が多くていい。……あら私、いま悪役?
「君たちはまだ若いし誘惑も多いでしょうから、バクスランドとラーゴスタの後見人をメフィステニス伯爵に務めてもらいまーす。伯爵に逆らってもどうなるかわかりませーん」
伯爵を引きあいに出すと、その場の空気が何故か凍った。
あれ。何か間違えたかな。
でも伯爵とセイラさんだけはうっすらと笑って、私に応えたのは伯爵だった。
「よろしい。引き受けよう。私自身が領地に留まるわけにもいかないから、ラーゴスタにはセイラを、こちらのバクスランドにはタンザイトを置くことにする」
「え、タンザイトさんを?」
あの軽いホスト兄ちゃんで大丈夫なんだろうか。
自分の部下のことだからか、伯爵は平気な顔だ。
「彼らを私の名代とする。何かあったら彼らを頼りなさい」
まぁ、と伯爵は軽い調子で口の端を上げる。
「君たちのことはいつでも把握するから、何か私を頼らなければならない時は遠慮なく言うといい」
伯爵の言葉に、私がセイラさんを見ると、彼女は少し笑って頷いた。
「お任せ下さい」
セイラさんは安心できるんだけどな。
「―――あの」
今まで一言も発していなかったカルチェが画面越しの伯爵に控え目に声をかけた。
「どうして、ここまでしてくださるんですか?」
「知っての通り、我がメフィステニスは疎遠にはなっていたがラーゴスタとの縁は深くてね。少しでも助けになればと思っただけだ。それに私の娘の願いでもあるからね」
「娘?」
「なんだ。まだ言っていなかったのか」
うお。回したはずのお鉢が回ってきた。
カルチェと伯爵の両方に見据えられて私は観念した。
「……一応、養子になる予定の者です」
「メフィステニスの娘!?」
カルチェと青年、アグリが打ち合わせしたように叫んだ。
カルチェと青年に至っては、まるで珍獣を見るような眼だ。
伯爵、あなたホント何したの。
今後のことはまた三者交えて会談することになったので、この場は解散となったけど、伯爵が私と話をしたいと言ったので、私は暗室に一人取り残された。
「それで、君はこれからどうするのかね?」
伯爵の屋敷を飛び出してきたものの、二週間もたたないうちにこの有り様だ。
伯爵の都合に物凄い踊らされた気もしなくはないけど。
「……北国って、ここから遠いんですか?」
「乗り物さえあれば、二週間の距離だろうがね。歩くとなると倍はかかる」
乗り物操る技術はないから、約一か月の旅ですか。しかも一人で。
無謀なんだろうか。
「帰ってくるかね?」
いつものように、伯爵が無愛想に甘い言葉をくれる。
私なんかが北国へ行ったところで、どうにかなるものなのだろうか。
門前払いくらって、泣き寝入りするのがオチじゃないのか。
でも、私は自分が思っている以上に馬鹿だ。
「北国に行ってきます」
決めたことだ。
私は、知りたいことが山ほどある。
北国に、私の知りたいことが待っているなら、行こう。
伯爵は「そうか」と笑って、頷いてくれた。
「私の知人が北国に居るから、連絡を入れておこう。変人だが不親切な男ではないから、君の話は聞いてくれるよ」
私の目から見て変人の伯爵に、変人と言われる人ってどんな人なんだろう。
私は伯爵に教えてもらった、バルガー・エヴァンスなる人のことを顔も見ないうちから、話が半分しか通じない異星人のカテゴリーに分類した。
ボディランゲージでどうにかなるだろう。
「他に助けは必要かね?」
充分甘やかしてもらってます。
私は伯爵と、その後ろで控えていたガリアさんに挨拶して通信を切った。
そして、伯爵のせっかくのお申し出を断ったことを、私はすぐに後悔した。