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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
92/209

師団長の長い三日間(下)

 幾つかの転移魔術の中継地を経て、馬車がバクスランドに到着したのはすでに真夜中のことだった。

 書簡の返事は全て否。

 面会の申し出を、ガリアを胡散臭そうに見る門番に告げたところで、西の砦へ向かったタンザイトから連絡が入った。馬車の脇に立って腕につけた魔術通信具に顔を寄せる。


『子猫ちゃんを黙らせたよ』


 西の砦を早くも落としたらしい。

 ふざけた男だが、七十七師団の中でも数人しかいない神の落とし子と呼ばれる、本能で魔法という独自の形態と法則を持つ術を操れる異能だ。彼の手にかかれば、水気のない場所で砦を水没させることもできる。


「こちらもバクスランドに到着したわ」


『我らがお姫様のご機嫌は?』


「ヨウコさまの元へはセイラが向かいました」


『セイラが? それはバクスランド御自慢の魔術師団もお気の毒に』


 おどけたタンザイトの言葉はまんざら嘘でも誇張でもない。ガリア直属の部下である彼女が向かえば、師団などすぐに片付くだろう。魔術戦闘における専門家でもあるセイラと鉢合わせするとは、自慢の師団も運がない。

 タンザイトにそのまま待機するよう告げると、続けて東の砦を落としに向かったマッジョリから連絡が入った。


『こっちも片付いたよ。それで、ヨウコさまは無事かい?』


 タンザイトと同じことを尋ねられて、ガリアは思わず苦笑する。

 マッジョリは戦術のプロだ。普段なら作戦に関係のないことをガリアに尋ねはしないのだが。


「ええ。ヨウコさまはご無事よ。こちらはバクスランドに到着したわ。あなたはそのまま砦で待機して」


『了解。しかし、バクスランドは運が悪かったね』


 同情するよ、とマッジョリは通信を切った。

 確かに同情に値する。

 彼らは、伯爵領と関わったばかりに、何年もかけて築いてきたものを全て失うこととなる。


「ガリア師団長」


 サルミナが御者台から呼びかけてきた。

 どうやら面会のお許しが出たらしい。

 ガリアは車台に座している主に呼びかけながら、馬車に乗り込んだ。


「バクスランド侯爵、ヴィオレット様へのお目通りが叶うそうです」


「真夜中の訪問にも関わらず、心の広い御方のようだね」


 バクスランドの領主からすれば冗談ではないと怒るだろうことを主は淡々と言った。


 動き出した馬車が街に入ると、辺りは静まり返っていた。

 歓楽街などないのか、家にも明かりは無く、人のいる気配はするものの息を潜めてひっそりしている。

 何の案内も妨害もなく領主の城の門前に辿りついて、ガリアは主より先に馬車を降りて、門兵が居るはずの詰所へ向かった。

 しかし、そこには、


「あら」


 呟いたときには、ガリアの目の前で閃光が炸裂する。


 ドン!


というその爆発音を合図に城門は開かれた。


「撃てぇっ!」


 轟音に負けじと張り上げられた号令と共に、一斉に中から放たれたのは魔術式の砲弾だ。動力を魔術の術式で作ってあり、弾丸さえあればいくらでも撃てる。

 通常の軍に配備される殲滅銃の装填可能な弾丸は三十、しかし戦でならして悪魔領主などという厳ついあだ名までついたバクスランドは更に性能の良い銃が配備されているらしい。

 銃撃と砲撃はしばらく続いた。

 

 やがて、弾丸がひとしきり尽きたのか、「打ち方やめ!」という号令にもうもうと立ち上る硝煙だけが残された。


「―――なるほど」


 場違いなほど落ち着いた声が響いた。


「バクスランド侯爵は、なかなか見識のある御方のようだ。お会いできるのが楽しみだよ」


「そのようですね」


 硝煙の向こうでそんなやりとりをしていたのは、バクスランド兵にしてみればおよそ立って話しているはずのない二人だった。


「サルミナ。少々騒がしいようだから静かにさせてくれ。これでは侯爵とゆっくり話ができない」


「かしこまりました」


 今まで馬車が穴だらけになるほどの銃撃が注がれたことを、そよ風が吹いたほども気にした様子もない主に、乗馬服のサルミナは従僕の礼を取って主の前に立った。


「撃て! 殺せ!」


 戦慄したのか、すでに正気を無くしたのか。将兵の号令が伝染したように砲撃が再び注がれる。

 しかし、サルミナと主の前に薄い透けるような壁が一瞬で展開されて、砲撃をことごとく跳ね返した。


 サルミナが腕を軽く振り上げる。

 すると、彼の周りに数えきれない砲弾が現れた。

 銃口は全ての城門の銃砲に注がれて、


「しばらくお静かに願います」


 目映い閃光と共に全ての火器は焼きつくされた。

 

「サルミナ、あとは任せる」


 悲鳴を上げる兵士たちを尻目に、主はサルミナに告げて散歩でもするように歩き出す。


「ああ、そうだ。兵士は全て投降させなさい。あとの処遇はヨウコに任せるから」


 そう言った主に少し意外そうな顔を珍しく浮かべたが、サルミナはいつものように「かしこまりました」と言って主を見送った。


「ガリア。君は私についてこい」


「はい」


 ガリアが主の後ろの控えて歩きだすと、城の中の兵士たちは混乱を極めていた。


「そういえば、どちらに侯爵がいらっしゃるのか聞くのを忘れていたな」


「あとでわたくしが伺ってまいりましょう」


 平然と重兵器の間を歩く二人を遠巻きに見ていた兵士たちだったが、


「何をしている! かかれ!」


 正気を取り戻したらしい将兵の号令で、ぼんやりしていた兵士たちが一斉に剣や槍を構えた。


「では、伺ってまいります」


 ガリアは一礼して主の前に立った。


 そうして、腕を振る。


 その一瞬で、兵士たちは動きを止めた。


「馬鹿な……っ!」


 たった一人だけ残された将官と思しき男は、果敢にも剣を構えて近づいたガリアに唸った。


「こんな、馬鹿な魔術があるか!」


 彼の周りには少なくとも数百人の兵士たちが居たが、彼らはすでに一人も残さず拘束されている。

 ガリアの魔術によって作り出された数千の光る腕によって。

 ガリア自身も数えたことはないが、体全てを作りだすのではないので幾らでも作れる。数が多いだけの簡単な魔術だ。


 将官はガリアが魔術師だと思ったのか、奇声を上げて剣を振り上げる。太刀筋はなかなか良いが、ガリアの相手では少々分が悪かった。剣を持つ手を取られて、剣を逆にもぎ取られると、首に剣先を突き付けられて顔を歪めることになった。


「ご無礼いたします。侯爵さまの在所をお教えくださいませ」


 抵抗する間幾度か続けて、彼がようやく諦めたところで、侯爵が自分の執務室に居ることが分かった。


「ありがとうございます」


「……貴様は、何者なんだ」


 すでに化け物と対峙しているような眼付きで、力尽きた将官は先を行くガリアに尋ねてきた。


「申し遅れました。わたくし、メフィステニス伯爵が部下にして、メイド長。そして第七十七師団の長を務めております」


「第七十七師団とは……どれほどの軍なのだ! たった二人でこの一万の軍を抑える気か!」


 そんなことを教える長など居はしない。


「先を急いでおりますので失礼いたします」


 主に待たせたことを詫び、教えられた執務室へと足を向けると、後ろから将官の叫び声が追いかけてきた。


「化け物め!」


 よく言われることだ。


 普通、一師団は七千から九千人規模の軍隊のことを指す。だが、第七十七師団に所属しているのは、七十七人。その力量によって士官、下仕官の位階が決められ、ガリアは三十年前に先代からこの師団長の座を譲られた。

 そして、主の右腕として歩んできた。

 

「しかし、何だね。こうして君と歩くのは久し振りのような気がするね」


 次々と兵士が襲いかかってくる戦場を散歩するように、主は回廊をのんびりと歩いている。


「そうでございますね。近頃はヨウコさまと過ごすことが多ございましたから」


 主に従うガリアもメイド服の裾を一つも翻さず、後を追う。


「ヨウコはどうだね。君から見て。伯爵を継げそうか?」


 珍しく意見を求められ、ガリアはふいにこちらを狙ってきた銃撃を魔術で作りだした盾で防ぎながら、主の質問を考えた。

 すでにガリア達はヨウコを認めている。

 だが、彼女はガリア達を認められるだろうか。

 

「―――わたくしには、分かりかねます」


 ガリア達の今の姿を見て、恐れはしないだろうか。

 優しい娘だ。

 自分が傷ついているというのに、他人が傷つくことを何よりも嫌う。


 回答に詰まったガリアを、主は少しだけ振り返ったが何も言わなかった。


「私はヨウコを信じているよ。彼女なら、私の見えない答えを見つけてくれるような気がするからね」


 先を行く主の背中をガリアは思わず見つめた。

 

 主の言う通りなのかもしれない。

 ガリア達では到底見つけられない答えを、きっと彼女は示してくれる。

 そんな期待を、そんな未来を、ガリア達は彼女に見ている。

 

 やがて、一際兵士たちが群がって部屋に辿りついた。

 恐らく精鋭たちなのだろう。

 子供だましの腕や盾では、払いのけることは出来ないかもしれない。

 何より彼らに失礼にあたる。


 ガリアは伯爵よりも前へ出て、十数人の精鋭たちと向き合った。

 いずれも落ち着いた顔でガリアを見ているが、やはり得体のしれない者が恐ろしいらしい。ガリアは魔術の腕の一つから、剣の一つを掴んだ。

 ひと振りの片刃の剣だ。

 今日はこれで良いだろう。


「では、参ります」


 ガリアの初速についてこれたものは、たった一人。

 良い剣士が居たものだ。

 唐竹に一合、袈裟切りに一合、手合わせして一度離れた。

 そこで、大勢いたはずの精鋭たちは地面に崩れ落ちる。


「―――何とも、恐ろしいメイドが居たものだ」


 たった一人残った剣士は、ガリアに向かって苦々しく笑った。


「道を開けてくださいませ。わたくし共は侯爵さまとお話合いに来ただけですわ」


「ぬかせ!」


 剣士の一撃は確かに鋭く、普通ならば相手が死んだと思わせないまま殺せていただろう。

 だが、ガリアが相手では、児戯に等しい。


 倒れ伏した剣士の横を通り過ぎ、ドアをノックした。


「失礼いたします。当家の主人が侯爵さまへの面会を望んでおられます。どうぞお聞き届けくださいませ」


 何度呼びかけても返事はない。人の居る気配はするが、ドアが開く気配はないのだ。


「いかがいたしましょう」


 対応を伺いに主を振り返る。


「応じていただきなさい」


「かしこまりました」


 ガリアが一礼すると同時に、千の腕がドアを押し開けた。


 誰かがドアを抑えていたらしく、余力で飛ばされた男が壁にぶつかって倒れてしまった。腕に確認させれば、息はしていたので大丈夫だろう。


 嵐が通ったあとのように荒れた執務室は、すでにあちこちで書類が散乱し、ドアも壁もひしゃげていたが、残った二人の男は無事だ。


 酷薄そうな顔をした男が背中にかばうのは、まだ若い、だが好戦的な顔をした青年だった。


「お初にお目にかかる。私は、コローラル・ド・メフィステニス伯爵と申します。再三の警告も無視されてしまったので、こうして話し合いに来た次第です」


 前へ進み出た主がそう挨拶したが、二人の男は唖然としたように何の答えも返さない。


「いかがかな?」


 そう訊ねた主に、奥に居た青年が獣のような叫び声を上げた。


「この……っ!」


 憎々しげに青年の前に居た男もガリアに向かって剣を振り上げる。

 悪くない。

 きっと、ガリアでなければ彼が囮になって、青年が逃げおおせたかもしれない。

 だが、男はガリアの腕によって捕らえられて、床に頭を据えられた。


 青年の剣は、主が杖で弾いたところだった。


「思ったよりも若いな」


 剣を弾かれ、諸手を上げたような格好になったところを杖の先で肩を突かれて床に叩きつけられる。

 肺にあったはずの空気が漏れて、青年はうめき声を上げた。


「―――第七十七師団の将軍など、あってないようなものでは無かったのか!」


 肩を突かれて動けないからか、唾を飛ばす勢いで青年領主は吠えた。


「噂好きの中央の高官にでも聞いたのかね?」


 主は生徒の間違いを正す教師のようにのんびりと応えた。


「我が伯爵家でお飾りの将軍など一人も居ないよ」


 お飾りの将軍に、ガリア達が従うはずもない。


「こんな、侵略行為をして、ただで済むと思うなよ!」


「侵略?」


 予想外な言葉を聞くものだ。

 主も不思議そうな顔で、杖の先で抑えつけている青年に尋ねた。


「我々のどこが侵略行為なのだね。我々は、私を含め三人で君と話に来ただけだよ」


 門番にでも尋ねてみるといい、と付け加えると、ガリアの腕に抑えつけられている男が悲鳴のように口走る。


「三人……! 三人でここまでやってきたというのか!」


「はい」


 ガリアが答えると、みるみるうちに男の顔が歪む。


「そう悲観することもない」


 主は青年たちに向かって淡々と言った。


「君たちはとても優秀だよ。世が世なら、一国を築くことだって出来ただろう」


 だが、


「今回は相手が悪かったと思いなさい。どのみち、おいたのツケは払わなければならないからね」


 彼らが運が悪かっただけだ。

 相手が七十七師団でなければ。

 伯爵の書簡を無視しなければ。

 ヨウコがラーゴスタに関わらなければ。


 幾つものもしもを掴み損ねただけなのだ。



 翌日、ラーゴスタにオレキオで連絡すると、あちらの攻撃もすぐに収まったようだ。

 主の隣でそれを聞いていた青年領主は眩暈を起こさんばかりになっていたが、ヨウコの決定と、初めて目にしたラーゴスタの領主を見て口を噤んだ。


 それから、バクスランド領主とラーゴスタ領主は伯爵の保護という名の指揮下に置かれることとなり、バクスランドにはタンザイトが、ラーゴスタにはセイラがそのまま伯爵の名代として置かれることになった。


 三日間の騒動から屋敷に帰った主は、ガルーダに甘いお菓子をねだったり、ホイエンに執務を押し付けたりとわがままを言ったが、それに飽きるといつものように無愛想な主に戻った。

 それでも、遠い空の下にいるヨウコのこと気になるらしく、タンザイトやセイラに一日一度は様子を訊ねては、困らせている。




 今日もセイラにヨウコの様子を訊ねて、通信を終えたところだ。


 いつものように紅茶を差し出すと、安心したように主は口をつけた。


「旦那さま」


 普段ならば絶対にしないが、ガリアは機嫌の良い主に問いかけた。

 平素でも、見た目よりも大雑把な主は咎めたりしないのだが。


「何だね」


「旦那さまが、ヨウコさまをお連れになったとき、わたくしはほっといたしました」


 何を言いだすんだと主は顔を上げたが、ガリアはいつものように微笑んだ。

 本当に、ガリアは安堵すると同時に嬉しくなったのだ。


「ようやく、新しい奥様をお連れになられたのだと思いまして」


「ぶっ…!」


 主は紅茶を喉に詰まらせたようにむせた。

 普段ならば絶対にしないことだ。

 げほげほと肩で息をする主も珍しいことだ。


「……どうしてそんなことを思ったんだね」


「あら。とてもお似合いですのよ。お二人が揃うと」


 不遜な部下に、主は胡乱な目を向けた。


「私は彼女を娘以外として見たことがない」


「二回りほど違う年齢を気になさっているのでしたら、愛に年の差なんて関係ありませんのよ」


 陳腐な励ましを聞いて、主は呆れた様子で紅茶を飲んだ。


「ヨウコが嘆くから、彼女の前でそんな話をするんじゃないぞ」


 無愛想な主の顔が不機嫌に変わったのを見て、ガリアは笑った。


 本当に、そう思ったのだから仕方ない。

 もしも彼女が、この孤独な伯爵の傍らに居てくれたなら。

 ガリアは、この上なく嬉しく思うのだ。

 もちろん、彼女が伯爵の娘として迎えられるのは大歓迎だ。


 いつだって、ヨウコが微笑んでいられる時間が続けばいいと思う。

 そのためならば、ガリアは化け物とそしられようが、幾らでも汚名をかぶろう。

 きっと、その分だけヨウコがガリアのために、怒鳴り散らしてくれるのだろうから。


 だから、ガリアが願うのは一つだけだ。


 ヨウコがどうか幸せであるように。




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