ペンとワンピース
異世界に落ちて二日目。
「うえぇええええ気持ち悪いぃいいいいい」
「大丈夫ですかヨーコさま!」
私は二日酔いでした。
うん、まぁ、さすがに飲みすぎたからね。覚えてる限りじゃ、あのピンクのお酒をボトル三本は空にしてたし。
クリスさんに洗面所で介抱してもらってます。
最低ですね。私。
いや一度は断ったんですよ?
でも甲斐甲斐しく背中をさすられたら嫌とは言えないじゃない?
胃はほとんど空だったからほとんど吐くものなんかなかったんだけど、この頭痛と嘔吐感はどうしようもない。
もう飲みすぎませんごめんなさい。
ほどほどにします。
小一時間は洗面所で脂汗をかいて、お風呂に入って(これも部屋についてたらしい。昨日は部屋の探検なんかせずにすぐお酒飲んでたからね!)一息ついたところでクリスさんに頼みごとをした。お世話になりっぱなしですみません。
「ええと、宰相閣下に手の空いた時間でいいから会いたいって伝えてくれませんか?」
昨日はほとんど泥酔してて何話したのかなんてさっぱりなものですから。
今度はシラフでこれからの手続きもろもろ交渉しないと。
「かしこまりました」
クリスさんは嫌な顔ひとつせずに笑顔で言ってくれた。
メイドの鑑ですね。
「着替え、用意してもらってありがとうございます」
用意してもらったのはシンプルな濃い紫のワンピースすね丈。ここのお洋服はドレスが基本らしいんですが、ひざ丈が一般的な現代人は裾踏むから。デザインはクリスさんの黒のメイド服にフリルを若干足した感じ。
「ヨーコさまには不自由なくお過ごしいただくよう、仰せつかっております。何でもお申し付けくださいませ」
再びクリスさんにっこり。
こんな可愛いメイドさんつけてくれるなんて、宰相閣下さまさま。
「ありがとうございます。とても快適に過ごさせていただいています」
余談だけど、ここの人たちはあんまりお辞儀したりしない。礼を払うにしても胸に手を当てたり軽く会釈。
常識非常識覚えていかないとなぁ。
宰相閣下に面会の申し込みをして、あと二日酔いにいいお茶を用意してくれると言って、クリスさんは出かけて行った。
ドアに鍵を閉めて。
小さく二人ぐらいの重い足音もするからきっと兵士だろう。
すーみませんねぇ、こんな庶民に人員割いていただいて。
「まぁ当然なんだろうけどね」
大事な宰相閣下と一緒にやってきた女なんて、物珍しいだけで用はないし厄介なだけだ。
社長との話をうすぼんやり思い出す限り、この世界は厳密な身分制度で成り立っている。
良い悪い云々抜きで、身分のはっきりしないやつは薄気味悪いんだろう。身分って良く言えば、要はおおよその身元証明だし。
もしも身分制度に組み込まれるなら、私は庶民だし、生活に困らなくても貴族なんてまっぴらですけどね。社交と政治がお仕事なんて、人付き合いの良いやつしかなれないよ。
さて、クリスさんが帰ってくるまで暇だな。
今のところ衣食住保障されてるんだけど、窓から見える景色は山と湖ばっかりなんだよねー。奇麗だけどちょっと見飽きた。バルコニーはないし、窓は小窓が開く以外、嵌めこまれてるから開けることはままならない。
もしも私がスパイで、外と連絡取ろうとして小窓から何か投げ込んだら湖に落ちるから何かやったとすぐ分かる。
そういや、ここってランプ生活なんだけどマッチや火打石一つ部屋にはない。クリスさんが部屋の外から持ち込んでる。
おお、これってもしや監禁ですか。
まぁ、もともとインドア派だから気にしないでおこう。
気にするだけ損だ。
私はベッドの脇に放り出してあった自分の小さなバッグの中を漁った。
携帯電話は役立たずだけど、これを入れてて良かった。
小さな手のひらサイズの手帳とペンだ。
本当はスケジュール帳だけど、書けるものがあるって素敵。
これで、日記をつけることにしよう。
これは、私の生きた証になる。
……死ぬつもりなんかさらさら無いけどね!