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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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味噌と塩

 まぁ、正直言って、私に何が出来るとも思えない。

 だからってね。


 こんなひもじい思いをするのはゴメンなんですよ。


 少ないけれど、と手当てをしてくれたカルチェが出してくれたご飯は、本当に少なかった。

 豆を小麦にして作ったパンに、豆のスープが少量。味だって薄い塩味で、正直食べられたものじゃない。空腹が最高のスパイスとか嘘だ。これならオアシスで見つけた渋い果物の方がマシだ。

 兵隊さんが食べる食事はこういう不味い料理だと聞いたことがあるけど、私は兵士じゃない。


 こんなもの食えるかぁああああ!!!


と、思いながら全部平らげて、カルチェにこの城の食糧貯蔵庫を見せてもらうことにした。

 だってさー、どうにか出来るかもしれないじゃない! 飯が不味けりゃ頭の回転も悪くなるって!


「ひどいぞ?」


 カルチェに忠告されて覗いた地下の貯蔵庫は、広かった。

 そこにびっしりと並んだ麻袋。


「なんだ、まだたくさんあるじゃない」


「この半分がすでに食べられない」


 なんですと。

 何でも、塩漬けにして置いておいたら腐って妙なものに変わってしまったとかで、食べられないからそのままなのだという。

 でもさぁ、と思いながら麻袋の豆を見て、ちょっと目が点になった。


 これって、大豆じゃないか。


 ちょっと失礼してかじってみると、何だか食べたことある豆の感触。


「もしかして……!」


 地下の貯蔵庫はいい感じに涼しくて、砂漠だからか湿度もあまり高くない。じめじめしていないけどお肌には良いぐらいのいい感じだ。

 私は慌てて腐っているという麻袋に飛びつく。


「これ…っ!」


 この芳しい香り。忘れていた郷愁が鼻について涙が出てきた。


「味噌だ!」


 そう。大豆に塩に適度のカビか何かを発酵させて作る、日本のソウルフード!

 震える指ですくって、一口食べてみる。

 やっぱり豆の種類が違うのか、味が違う気はするが、この何だか物足りないんだか物足りるんだか、満ち足りる味は、まさしく味噌!

 こんなところでお会いできるとは!


「これ食べられるよ! カルチェ!」


 私の鬼気迫る様子にちょっと引いていたカルチェだったけれど、私の言葉に今度は驚いた。


「これが? 本当に?」


「本当!」


 味噌が食べられるなら、他にもここには食材が眠っているのかもしれない。

 それから私は残っているという備蓄を片っ端から調べることにした。


 ずかずか備蓄を覗きまわる私に次第に人がまとわりつき始めて、


「これはー?」


 小さな子供たちも参加しての大食材捜索になっていた。


「おおこれは!」


 塩や豆など色々なものが厨房に集められる中で、ひときわ小さな男の子が持ってきた壺の中身に私が仰天した。

 だって、探しても見つからないと思ってた。

 鰹節!

 何でも、魚は貴重な交易品で、こうして燻製にしておくらしいんだけど、固くなり過ぎて食べられないと倉庫の隅に放っておかれていたらしい。

 これ削ってダシがとれる。


 続いて驚いたのは、


「どうしてこれ食べないの!」


「……これは、糊だぞ」


 ちょっと細長いけれどどうみたってお米が糊としてだけで使われていたことだ。

 なんて贅沢な!

 それから、味噌の袋の下に黒い液体がたまっていて、舐めてみると醤油だった。


 なんてことだ。ここは日本か。


 私はありったけのその食材たち(中には文具扱いのものもあったが)を集めて試食会をすることにした。

 決して料理上手ではないし、かまどなんか扱ったこともなかったが、カルチェと他の女の子たち(普段は彼女たちがご飯の用意をしていたらしい)と一緒におにぎりと味噌汁というメニューを作り上げた。


 さぁ、召し上がれ異世界の人たち! これがジャパニーズソウルフードだ!


 しかして、最初に涙したのは私だった。味噌汁は具が豆のパンだけだったし、おにぎりは何となくベタベタしていたけど、これはいつか私が食べ損ねたおにぎりの味!

 ああ、本気で生きてて良かった!


「……旨い」


 カルチェが私の隣でぽつりと言った。

 それを皮切りに、さざ波のように周りで食べていた人たちが歓声を上げた。


「旨い! こんな味初めてだ!」


「お前天才だな!」


 天才なのは我がご祖先さまたちです。ありがとう。あなたたちが居てくれたから、今こうして私はごちそうにありつけている!


 幸いなことに誰もお腹を壊すことなく一杯にして、私が考案した豆茶でみんなひと心地ついた。

 味噌汁は幸せの味だ。

 確かにこれを作ってくれるお嫁さんが欲しくなるのが分かる。

 私もこれ作れるお嫁さんが欲しい。

 ……おかしいな。私、お嫁さん志望だったはずなんだけど。


「ありがとう。ヨウコ」


 お腹いっぱい食べたのは、久しぶりだったんだろう。

 血色だけではなく顔を嬉しそうに赤くしたカルチェが笑った。

 可愛い笑顔だ。

 女の子はこうでなくては。


 細かい味噌なんかの作り方を教えてほしいと女の子と、むさい兵士たち(彼らは食事が唯一の楽しみなんだそうで)にせがまれたので、私は豆茶を片手に自分が覚えている限りのことを教えた。そして、さらに豆を使った豆腐のことや、外人さんには不得手かもしれないが納豆のことも。ここはオアシスのド真ん中で水だけは新鮮に使えるから、もしかしたら出来るかもしれないと思ったのだ。

 みんな楽しそうに聞いてくれて、話は夜まで続いた。


 食べ物は偉大だ。



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