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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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早口と部外者

「―――疲れただろう、ヨウコ。手の傷もちゃんと手当した方がいいから、今薬を持ってくる。それに、今日ぐらいはここでゆっくり休んでいってくれ」


 カルチェは静まり返った部屋に居られないとでもいうように早口で言うと、執務室を後にしていった。


 残していくなよ! めっちゃ部外者の私を!

 まぁ、まだ若いし仕方ないんだろうけどさー。


 私は心持ちぐったりとなってソファにもたれかかった。


「……どうなさったんですか。その怪我は」


 どう見てもおじいちゃんに見えないアグリが目敏く私の手の怪我を見つけたらしい。

 今は、カルチェが奇麗な布をくれたので、残っていた薬草と一緒に巻いている。まだマシだ。けれど、怪我の理由を言って良いものか。お宅のお姫様が問答無用で銃ぶっぱなすもんでそれ押しとどめてやったとか。


「―――この辺りでは、騎竜は珍しい生き物なんですか?」


 私の問いに少し意外そうな顔をしたけれど、応えてくれたのはヴェルデさんだった。……どうも見た目若造のアグリにさん付け出来ないな。


「竜のことでしたら、珍しくはないですよ。オアシスに住む動物で、時折この城塞の周りにも出るのでたまに銃で追い払います」


 なんでも、こちらでも騎竜のことをあまり知らないらしい。大きな動物だし、口も大きいから肉食だと思われているようだが。


「竜は、草食ですよ」


「え!」


 驚かれた。西国で騎竜が生息しているのはこの砂漠のオアシスぐらいらしく、たくさん住んでる東国とは国交も今は無いから、ほとんど未知の生物だったらしい。


「あの大きな口見たら肉食っぽいですけどね。東国じゃ飼葉あげてます」


「……もしかして、ヨウコさんは東国へ行ったことが?」


 そこの王様や宰相さんに色々お世話になってました、とも言えず、そうですとだけ応えておいた。嘘じゃない。


「東国に居たんですけど、西国との戦争に巻き込まれてしまって。親切な人に助けてもらったんですけれど、事情があって旅をしているんです」


 固有名詞や今までの良くはない思い出を抜けば結構普通な話に仕上がった。

 自分でも満点に近い話を、アグリもヴェルデさんも興味深そうに聞いてくれた。良かった。ヴェルデさんは気の毒そうに頷いた。


「でしたら、この国に来て驚いたでしょう」


「……そうですね。東国では、迷い人が少なくとも奴隷ではありませんでしたから」


 珍しい人種ではあるようだが、それだけだ。社長の私への扱いは、奴隷のそれとはまた違う。全然許してないけどね。


「―――このラーゴスタ領でも、本当は奴隷ではなかったのですよ」


 アグリがぽつりと呟くように言った。


「当時は、本当に迷い人というだけで殺されることがありました」


 迷い人は年をとらない。だが、それだけのことだ。密告などなければわからなかっただろう。


「私は、当時のラーゴスタ侯爵に保護され、教育を受けたのですよ」


 ヴェルデさんも初めて聞く話だったらしい。私と二人して口を閉じた。

 その様子を見て、少しだけ笑ってから、アグリは秘密を打ち明けるように呟きを続けた。


「私と同じように保護された迷い人は多い。ですから、今、この城に残っている者の大半が侯爵に命を救われた者たちです」


 思い出すようにアグリは瞳を伏せる。


「好色と呼ばれようと、侯爵は献心的に奴隷とされた人々を集めた。メフィステニス伯爵にも言わないまま。本当なら、協力することが望ましい形だったのでしょうが、その協力関係が中央に知れれば、間違いなく私たちは殺されていたでしょう」


 もう当時を知る者は少ない。

 アグリと同じ年代の迷い人達は大半がすでに亡くなったという。

 当然だ。迷い人は、年を取らないだけで不死ではないのだから。

 

「―――どうして、その話を今、私に?」


「どうしてでしょうね」


 アグリは真意の見えない顔で私に謎かけのように笑った。


「あなたは不思議な人です。こんな時にこんな場所にふらりと現れて。―――でも、ありがとうございます」


 カルチェが笑った顔を久しぶりに見た、とアグリは優しく微笑んだ。

 そして、その顔が悲しげに変わった。


「明日にはここを発ってください。あなただけなら逃がすことができます」


 今日、バクスランドの最後通牒が送られてきた。

 三日後には、最後の攻撃が始まるらしい。


「―――どうして、皆で逃げようと思わないんですか?」


 きっと、私はこの上もなく不愉快な顔だったと思う。

 けれど、アグリは落ち着いた顔で笑みさえ浮かべて応えた。


「ラーゴスタがなければ、ラーゴスタではない。カルチェさまのご決断です」


 私たちはそれに従うだけです。


 そう言った瞳が緩やかに絶望していて、私は見たくなくて目を閉じた。



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