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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
83/209

子供と城壁

 その街は巨大で、武骨だった。


 古びてはいるが分厚い一枚岩のような壁が何枚も城壁に並び、その先では、土壁ではなく、鉄で作られている幾つかの尖塔が砂漠の空を突いている。

 まるで巨大な戦車のような街。

 それが、ラーゴスタ領、ラーゴスタ城塞都市だった。


「……あれ、ラーゴスタ?」


 聞いた覚えがあるような。


「申し遅れたな。私はこのラーゴスタ領城主だ」


 隣でビークルのハンドルを握っていた女の子が、苦笑するように言った。


 えええええええ?


 この子が? 


 私が口をぱくぱくさせるのが面白いのか、今度こそカルチェは笑った。


「じゃ、カルチェさま?」


「やめてくれ」


 カルチェでいいと笑った女の子は、少しだけ大人びて見えた。

 けれど、その朗らかな会話も街に入るまでだった。

 

 決して小さくはないビークルも余裕で走れるほど道路の整備された街は裕福に見えた。けれど、石造りの壁は薄汚れ、ガラスが打ち破られるなどした荒れた店や建物に人の気配はなく、かつてあっただろう活気を、やってきたばかりの私が見出すことはできなかった。

 私が半ば茫然を街の様子を見ていると、隣でカルチェが重い溜息をついた。

 普通の十代の女の子がつくような、溜息じゃない。


「―――すまないな。たぶん、あなたに分けてあげられるのは、水と寝床ぐらいだ」


 カルチェは本当に申し訳なさそうに、私に向かって無理矢理笑みを作った。

 荒れたひと気のない街に若い女の子の城主、そして彼女の痛々しい笑顔。


 助かったと思ったら、自分でトラブルの渦中に飛び込んじゃいましたかね私。


 神様とあの女への罵倒を捧げているうちにカルチェがビークルで入っていったのは、街の奥にある、一際頑丈そうな城だった。


「おかえりなさい!」


 ビークルのエンジンを切ったカルチェを出迎えたのは、小さな子供たちだった。

 元気そうにはしているが、どこか汚れて豊かだったはずの街の子供には見えない。そのくせ皆同じような首飾りをしているように見える。


「この人だぁれ?」


「砂漠で困っていたんだ」


 子供たちにまとわりつかれたカルチェはそう説明すると、私についてくるよう促した。

 彼女についていく私を子供たちは不思議そうに見送ったが、ビークルを片付けるのは彼らの仕事なのか、小さな子供たちは車体の掃除を始めていた。


 城は薄暗い。外は焼けるほどの陽光で溢れているが、城はその光を拒むような造りなので、カルチェと私が昇り進む螺旋階段にはランプがぽつぽつとあるだけで足元もよく見えなかった。時折すれ違う人たちも、みな一様に薄汚れてどこか疲れた顔をしている。

 

 非常にまずいところに拾われたらしい。

 私に出来ることはないだろうし、水だけもらって早々に立ち去ろう。


 そうずるい打算を立てていた私を、カルチェは一室に招いてくれた。

 今までの回廊と違って太陽の光が取り入れられたこの部屋は、少しだけ明るく見えた。

 勉強机みたいな机の前に大きな応接セットがあって、どうやら執務室らしい。今も、決して狭くはないテーブルには書類が山積みになっていて、それを男が二人して囲んでいた。

 木綿のシャツと頑丈そうなズボンとブーツを身に付けた中年の男と、まだ年若く見える青年だ。どちらもよく日に焼けた顔付きでよく似ている。親子なのかもしれない。彼らも、子供たちと同じような首飾りをしていた。


「……カルチェさま。そちらは?」


 私を見とめてまず訝しげに口を開いたのは青年の方。深い緑の髪を肩より長めに伸ばしたなかなかの美青年だ。


「客人だ。砂漠の真ん中で遭難したらしい」


 カルチェがこともなげに言うので、青年はますます眉をひそめた。ですよねー。怪しいですよねー。というか、こんな旅人風情が怪しく見える状況ってホントにまずくないか。


「こっちがアグリで、あっちがヴェルデという。私の補佐をしてくれている」


 青年の方がアグリで、中年の方がヴェルデ。

 紹介されたからには自己紹介するべきか。


「ヨウコです。砂漠で行き倒れそうになったところを、彼女に拾われました」


 私がそう言うと、彼らは少し意外そうな顔で私を見て、カルチェを見遣った。


「カルチェさま」


「ああ」


 アグリの質問ともつかない呼びかけに肯いて、カルチェは私に向きなおった。


「あなたは、迷い人だな」


 断言されて、言い逃れる必要もないので私が素直に頷くと、彼女は少し困ったような顔をした。


「正直、驚いているんだ。あなたのような迷い人は初めてだから」


「初めて?」


 今度は私が不思議そうな顔をしたので、カルチェのあとをアグリ青年が引き継いだ。


「この国に落とされた迷い人は、あなたのように流暢な西国語をまず話せない者がほとんどです。それに、あなたはどうやら奴隷ではないようですし」


 アグリ青年によると、すべての奴隷には首に首輪のような焼き印を入れられるらしい。言われてみれば、青年にも中年にも、そしてあの子供たちにさえ、そんな紋様があったかもしれない。首飾りに見えていたものがそれらしい。言われてみれば、というほどの細いものなので、分かる者にしか分からないものなのかもしれない。

 例外はありますが、とアグリ青年がつけ足したので、ああ、と暗黙のうちにスルーすればいいのに疲れているせいか思わず口が滑った。


「性奴隷とか」


「せ…っ!」


 私より、隣のカルチェの方が真っ赤になってしまったではないですか! しくじった。分かったから、睨むなよアグリ青年。

 こう見えて二十四歳の耳年増なので。    

 二十四だと言うと、三人はあんぐりと口を開けて驚いてくれた。この世界は私に失礼だ。

 カルチェはまだ十八だという。若い領主だ。この世界ではよくあることなのだろうか。

 優しげな中年のヴェルデは意外と若造りな五十才。そして、


「私は、こう見えて八十三です」


 アグリが少し自嘲気味に笑った。

 どう見ても二十代前半の彼は、迷い人だという。

 カルチェの隣に並ぶとお似合いなほどだというのに。

 ここに落されたときの記憶があまりなく、はっきりとは分からないが何となくラテン系言語の癖がある西国の言葉を覚えるのにあまり困らなかったというから、ヨーロッパ系のご出身のようだ。

 アグリ青年、じゃないアグリさんの顔がここの人たちよりも彫りが深いように見えるのは気のせいじゃないらしい。

 どうして髪が緑なのかというと、以前のご主人さまに染められて元に戻らないらしい。元々は私と同じ黒だったとか。

 ヴェルデさんは父が迷い人で、年の取り方がゆっくりなのだという。その父というのが、アグリさん。まじか。見た目自分より若いおじいちゃんってどんなだよ。


 そういえば、


「ここの城には、迷い人が多いんですね」


 そうだ。首の焼き印が迷い人の目印だというのなら、私がここで目にした人のほとんどが迷い人の関係者だ。それも、奴隷として扱われていない。

 カルチェは私の言葉に少し口ごもった。

 言っちゃまずいことだったのか。


「立ち入ったこと聞いたみたいだね。ごめんね」


「……いや、いいんだ」


 カルチェは少しだけ笑って、私に応接セットのソファを勧めてくれた。

 アグリとヴェルデが場所を開けてくれてカルチェと向かい座ると、彼女の隣のアグリの方が、心配するようにカルチェに視線を送っている。


「ラーゴスタ領というのは」


 アグリの視線を振りきるように、カルチェは私に語り始めた。

 もしかしたら、誰か部外者に話を聞いて欲しかったのかもしれない。そういう、静かに堰を切ったような、遠い目をしていた。


 ラーゴスタという領地は砂漠の大きなオアシスを拠点に発展した領地だ。領地と言っても耕せるような土地はなく、人が住む土地はオアシスの上にある街の中。ちょうど北と西を繋ぐ中継点の土地柄にあって、この土地の人は貿易に力を入れた。商人たちを安い店賃で誘い、関税を無くすなどしたお陰でこの街は、それこそ世界中からの品々が交換される一大貿易拠点となった。どうやら、ここは伯爵領とも縁があるらしく、代々の領主たちがたびたび訪れていたようだ。このラーゴスタと西国の中央を結ぶ拠点が伯爵領だから、こことの絆は強いはずだ。

 けれど、今はゴーストタウンさながらの荒れ模様。

 私とも関係のない話ではなくなってきたので、背筋を正してカルチェの話を促すが、彼女は今までの淡々とした話しぶりを崩して悔しげに俯いてしまった。

 話を引き継いだのは、アグリだった。

 今から百年ほど前に、西国全土で迷い人を奴隷とする因習が広まった。それは一時迫害にまで悪化して、数えきれない迷い人とその子孫たちが殺された。

 今、八十三という年齢が本当なら、アグリはその暗黒時代の生き証人ということになる。

 だが、彼は表情の読めない静かな顔で私に話して聞かせてくれた。

 その迷い人の迫害に、真っ先に激怒したのはメフィステニス領領主だった。王に讒言すると息巻いていたが、時すでに遅く、苦肉の策として自領で迷い人をかくまうことにした。そして、同じく迷い人と共存していたはずのこのラーゴスタにも同じような政策をとるよう依頼してきた。だが、当時のラーゴスタ領主はそれを断った。すでに彼は領主として西国に迷い人政策への参加を承認して、それをすでに実行していた。


「愚かなことだ」


 カルチェが呻くように言った。

 それから、ラーゴスタと伯爵領は疎遠になったらしい。ほとんどメフィステニスの方から絶縁したような状況だったようだ。

 伯爵領との付き合いはなくとも、他の領地との兼ね合いは良く、ラーゴスタは変わらず平和な日々を送っていたが、三年前、それが一変する。


「隣領の領主が、私には正当な継承権がないと言いだしたんだ」


 アグリから再び引き継いで、カルチェは震えるような声で言った。


「私の祖母は、迷い人だ。―――祖父は好色な人で、奴隷女中として働いていた祖母に目をつけ生ませ、子供だけを取り上げた。それが私の父。他に男子が無かった祖父は父を跡取りとして育てて、そして生まれたのが私だ」


 カルチェは自分の膝にわだかまるマントをぎゅっと握って顔をしかめる。


「父の子供は私たった一人だ。母は生まれてすぐ死に、父が病死した三年前に私は願い出て領主となった」


 そして、中央へ願い出てすぐに、隣の領主が継承権を主張しだした。


「隣領の、バクスランドは父の腹違いの姉が嫁いでいる。だからその息子である現領主にも継承権があると、言いだした」


 普通、直系の子孫が領主を受け継ぐこととなる。だが、


「バクスランドは、私に迷い人の血が混じっていることを理由に、領地の権利を渡せと。領主でありたいなら、税収の半分を寄越せと言ってきた」


 突然横面を殴るような暴挙に出たバクスランドだったが、ラーゴスタが中央に訴えても、何故か中央政府はまったく動かない。むしろバクスランドの横暴を見て見ぬふりをしているようだった。その理由を探ってみると、東国との戦争にバクスランドが莫大な献金と奴隷の派遣を行っており、その見返りとしてラーゴスタを手中におさめることを黙認させていた。

 中央政府からも見放されたラーゴスタは抗戦を決めたが、バクスランドは同じ砂漠の領地ながら、高い税収で軍備を整えていて、そのボロボロになった自領を補うべくかなり前からラーゴスタの豊かな資源と物量を狙っていたらしい。

 数百年以上、戦らしい戦も経験していないラーゴスタが、中央政府の目が届かないことをいいことに、迷い人の村や街での略奪戦争を繰り返していたバクスランドに勝つことはできない。

 ラーゴスタの人々は次第に逃げだすようになり、残った者はどこへも行くあてのない迷い人の奴隷たちだけだった。


「今、この街に残っているのは私たちのような奴隷が百二十人程度と先代から仕えていた数十人の古参の兵士だけです」


 アグリの静かな応えが胸を抉る。

 ほんとにまっずい所に来ちゃったらしい。

 しかも何? この状況?

 口にすれば人間性疑われるんでしょうけど、あえて言おう。


 すげーめんどくさいところに来ちまった!



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