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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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オアシスとシェスタ

 ちくしょう。あの女。

 今度会ったら、十八禁な言葉で容赦なく罵ってやる。

 ケンカは大嫌いだが、あの女のケンカは高額で買い取りだ!

 大人をなめんなよ!


 私は色んなものを棚に上げて、砂の海の真ん中で口汚く世の中を罵っていた。


 それというのも、さっきのオアシスでのことだ。

 私は太陽の方向を見定めながら、ふらふらと何とか幾つかのオアシスに辿りつきながら、歩みを進めていた。人間ね、水と根性さえあれば何とか生きられるんだよ。ふふふふふ。

 太陽が天高く昇る時間はオアシスで休み、どうにか食べられそうな果物なんかを探して(蛇とか蛙とか居たけど、火が無くて諦めた)歩いていた。こういう時、毒のある果物やら動物を見分けることが出来たから、あの東の果てのクソババァも役に立ったというものだ。あとあのドエス先生もね。感謝するには、まだ私の徳が足りないようなので無理だけど。

 とにかくそういう風に、這いずるようにではあるがどうにか進んでいた。

 そんなこんなで三日は経っただろうか。

 これなら、どうにか城塞都市まで行けるのではないか。そんなことも考えていた。

 それが甘かった。

 今日も今日とて炎天下のお天道様の元を栄養の足りてない体を引きずっていて、蜃気楼ではないオアシスを見つけた。

 今日はそこでシェスタだ、と辿りついて、まず水を汲んだ。もう習慣になっている。それを汲み上げて腰にしっかりとくくりつけたところで、妙な気配を感じた。

 ひとつ。

 いや二つ?

 いやいや、まさか、それ以上。

 振り返りたくはなかったが、確かめなくてはならない。

 ゆっくりと、冷や汗がもったいないとか思いながら振り返ると、草むらで何かが動いている。

 鬼か蛇か。

 はたして、私は息を飲んだ。

 犬だ。

 しかも何だか、とっても私と同じような顔だ。

 つまり、とってもお腹を空かせているような。

 腰を浮かせて辺りを探る。

 何だか同じような気配がぐるりと私の周りを囲んでいるじゃありませんか。


 ない。ないよこれ! 

 砂漠に水だけで放り出されてようやく歩いてきた所がこれか!

 今回ばかりは神様恨む! いやいつも恨んでるから天罰ってか! そりゃないよ! 尊敬されたいなら、私の対人運を少し上げてからほざけ!


 絶望してる間にも、はらぺこ犬たちの包囲網は狭まっていっている。

 どうやらこのオアシスは彼らの縄張りで、私みたいな間抜けな旅人や動物を餌にしているらしい。勘弁してくれ。

 考えろ。

 考えろ。

 ひとしきり唸って、私はふと自分の鞄にかかっているマントが目に付いた。

 これで何とかあのワンコたちを払えないか。

 一度喰いつかれたら終わりだ。

 手には火もない。


 一か八か。


 そう思ったら早かった。

 私は一番体の大きい犬を探した。

 こういう群れの場合はリーダーが必ずいるし、そいつがリーダーだと思ったからだ。

 そいつがたたらを踏めば、群れもこけるに違いない。年功序列に縦社会の弊害ってやつだ。一番危険な賭けだったけど、負けたら死ぬのはどのみち同じだし。

 どうせ賭けるなら、ハイリスクハイリターン! 女は度胸だ!


「どうりゃああああああああああああっ!!!」


 間抜けな雄叫びを上げて、私は一気呵成に大きいワンコに向かって走りこむ。

 唸る犬は怖いがあっちも必死で私も必死だ。

 予想通り周りの犬共は予想外のことで咄嗟に動けないようだ。

 だが、リーダーは私に向かって大きく飛びかかってきた。


 牙の並んだ紅い口が私に向かって食いついてくる。


 二十四の独身女をなめんな!


 私は渾身の力でマントを振り上げた。


 どう!


 生々しい感触が手を滑っていった。

 振り返ることはしない。

 あとは、必死で走った。 

 

 そうして、私はオアシスで優雅なシェスタも出来ないまま、温存していた体力も削られて熱砂の上を這いずっている。


 それもこれもみんなあの女のせいだ。

 というのも、不思議とアイスレアさんを恨む気にはなれなかったからだ。

 彼女の教えてくれた雑学は、これほどないまでに役に立っている。サボテンの幹に水があることも、オアシスでの過ごし方も(まず水を汲むこととか)太陽と星での方角を確認する方法も、みんな彼女が教えてくれた。

 だから、どうにか私はここまで歩いていけている。

 

 野宿の仕方は、俊藍に教えてもらった。

 薬草の知識は、不本意ながら東の果ての魔女に教え込まれた。

 アンジェさんには、生きる勇気をもらった。

 伯爵には、生きるための理由と誇りをもらった。


 誰かに支えられて、私は生きていると思う。


 この暑い、どうしようもない砂漠の上でも、私は立って歩こうと思う。


 走ったお陰で湿っていた汗はすでに乾いて、体が水を求めて悲鳴をあげている。

 それでも歩く。

 私は欲張りだから、あるかもしれない私の前世での悪行も、神様に見放されてる運命も、全部抱えて。

 何も捨てない。



 それでも、どうしようもないことって、やっぱりたくさんある。


 

 いつの間にか、膝から力が抜けていた。

 気がつくと鉄板の上みたいな砂の上で腹這いに倒れている。

 顔が熱い。

 ここまでなのか。

 結局、私の矜持はちっぽけで、誰にも認められずに死んでいくのか。

 


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