星空と水袋
星が見える。
確かにあったはずの温かなテントはすでになく、私はマントを掻き合わせた。
そして、自分の荷物を確認している。
―――なんだか前にもこんなことあったような。
持っているのは頼りないものだ。
着替えに薬草に日焼け止めに水袋が一つ。食糧はない。ベイーコロもない。
幸いなことに手帳と万年筆は無事だ。ここは一つ日記でもつけよう。
旅の二日目、荷物もベイーコロも取られて砂漠に取り残される。
……あ、なんか、ものすごい実感キタ。
まじか。この状況。
ありえない。ありえないよ! 冷や汗すらもったいないが、勝手に出てくるものは仕方ない。できれば集めて体に戻したいぐらいだが。
オアシスで水汲んでみるものの、水袋一つじゃ、次のオアシスまで持つかもわからない。
皮の袋の中は見た目よりもしっかりしてて密封されるから蒸発はしないけど、開けた瞬間にじゅわっといくんだよこれ!
お金は、少しだが持っている。この状況で役に立つとは到底思えないが、こちらへ来て初めて作ったギルド印のおさいふ木札は身につけていたのでさすがに取り上げられなかったようだ。歩く十八禁ことウィリアムさんにもらったお金の残りと、伯爵の元で私がこつこつ溜めていたお金が残っている。……ウィリアムさん、元気に十八禁してるかな…。
思えば遠くに来たもんだ。
あの時は森に転がされて、今度は砂漠か。
私の人生、未来はどっちだ。
と、星を確認する。
とりあえず、足りない頭を必死に使ってアイスレアさんが教えてくれた通りに星を見ることにしたのだ。今が夜でまだ良かった。昼だと野垂れて絶望してたかもしれない。
彼女が私に嘘を教えてないのなら、一番高い星を中心に、明るい星を三角に結んだ先が北になる。伯爵の領地からこの砂漠は北東になるから、思いだせる限りの地図によると、砂漠を抜けるには更に東を目指さなくてはならない。そして、打ちあわせした行程では、ここから北北東に向かってオアシスを抜けて、山麓に入る予定だった。
けれど、それはベイーコロがあった場合の話だ。今の私の足じゃ無理。
ここから北に向かってオアシスが点々と散らばっている場所があって、砂漠を行く道が多くなるけど、大きな街、砂漠のオアシスを領地に持つ城塞都市があったはずだ。歴史あるその土地なら、ギルドもあるだろうし(ギルドはどんなに小さな街にもあるのだが)これからのことも考えられるかもしれない。
とにかく、だ。
私はオアシスの湖の水を水袋にたっぷりと汲んだ。
そして、自分の頭を思いきり浸ける。
ばしゃ!
という音と一緒に自分の空気が抜けていく音がした。
濃厚な水の匂いと感触を味わって、水面から勢いよく顔を上げると、満天の星空があった。
さっきまで星を読むことに必死で、星空なんか目に入っていなかったのだ。
冷えた空気が私の頬を撫でていく。
オアシスの湖に、星空が映りこんでいて、私は宇宙の真ん中に放り込まれたような気分になった。
たったひとり。
理恵さんも、私と同じだったはずだ。
家族とも友達とも引き離されて、たったひとりで。
けれど、理恵さんにも、アイスレアさんにも事情があったのだろう。
………なぁんて思うか!
ええ、ええ。まぁちょっと分かってたよ!
アイスレアさんは初めから理恵さんの言いなりだった。
彼女が疲れたといえば行程が半分も進んでなくても休憩をとり、足が痛いといえば足をもむ。ガイドというより彼女専属の侍女だった。理恵さんの方も、なんつーか大事にされて当たり前? かしずいてくれて当たり前? な感じで私に対しては言葉も丁寧だったけど、どこか見下したような感じだった。
だから、砂漠に入ってもほとんど二人と話さなかったし、話題もなかったんで必要なことだけ聞いてたんだよね。あれ、会話が無かったって? オカシイネェ。あはは。
旅始めてから、紀行文的なロマニー気分味わってたからほとんど淋しくもなかったからねぇ。まぁ、アイスレアさんも、理恵さんも、悪い人じゃないんだよ。馬が合わないだけで。特に理恵さんとは。
彼女とは、たぶんこういう別れになると予感はあったのかもしれない。
まさか砂漠のど真ん中で放り出されるとは思ってなかったけどね! 人としてありえないよお姉さん。
まぁとにかく、彼女とは、初めて話した最初から理解し合える相手とは思っていなかったのだ。
彼女は、どうにも悲壮感が漂い過ぎていた。
彼女がネロという娘にどれだけ救いを求めていたか。
何となく、昨夜話していてわかったような気がした。
理恵さんは、とにかく自分の不幸を共有できる相手が欲しかったようだ。
それに私は当てはまらなかった。
それだけの話だ。
人間、それだけのことで、他人をどうにかできてしまう。
「……悲しいなぁ」
嘘をつかれるのは嫌いだ。
嘘を吐かれると、自分にも嘘をつきたくなってしまうから。
私が吐いた溜息は、白っぽく空にのぼって消えた。
朝日が昇る前に、私はオアシスを後にすることにした。
次のオアシスまで出来るだけ距離を稼がなくてはならない。
本日も晴天なり。
まぁどのみち砂漠のど真ん中で雨が降ったらしのぐ軒先もない。
次第に高くなっていく太陽を背に、私はひたすら歩くことにした。
何しろ食糧はない。
絶望的とか希望的観測とか、そういう言葉が頭の中をぐるぐる回ったけれど、ただひたすらに私は太陽で方向を確かめながら歩いた。
生きると決めた。
誰にどうされようと、生きると。
―――今度会ったら覚えてろよ!




