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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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香草と明かり

 草をつけて帰った私と赤カブ庭師にガリアさんは容赦なく雷を落とした。

 大の大人二人が美人に叱られて項垂れてる姿は、失笑ものだった。


 そして次の日はというと、


「お似合いですわ。ヨウコさま」


「―――もう勘弁してください。ごめんなさい」


 眼福なメイドさんたちに囲まれて、着せ替え人形になっています。あの国民的なお人形ってこんなに大変業務を日々こなしていたのか。供養してて良かった。

 ただいま私は、自分では絶対に選ばないフリルが大胆に縦に走る真っ白なドレス姿です。なんというか、マーメイドドレスというやつだ。なんだか昔の女優さんのような。

 やっぱり白いドレスに呪われているようです。売っぱらった先でいい人にもらわれなかったのか? 謝るからもう許してほしい。


「こちらのドレスもお似合いなのでは?」


 タンポポ色のドレスを出してきたのは、オレンジ色のストレートの美女メイドさん。


「ええ、ええ。こちらもきっとこちらもお似合いですわ」


 スミレ色のドレスを持ってきたのは上等なワインのごとき深い真っ赤な髪の美人メイドさん。


「どちらもよくお似合いだと思いますわ。さぁ、まずはどちらになさいます?」


 にっこり微笑むガリアさんに戦慄する日が来るとは思いませんでした!

 もう勘弁! ご勘弁を!

 朝っぱらからずっと立ったり座ったりして着せ替え人形させられて、この上もなく反省した私は、タンポポドレスとスミレドレスを着たあと半泣きで謝り倒して着せ替えごっこを終了してもらった。

 鼻をすすっている私を涼しい窓際に座らせて、ガリアさんは優しくお茶を入れて下さいました。すみません。ほんとすみません。怒らせてすみません。

 いつものおばちゃんチャリムに着替えさせてもらって、私は泣きべそかきながらお茶を飲んだ。


「もったいないですわ。ヨウコさまに似合う衣装はたくさんございますのに」


と、ワインヘアーのウェルテアさん。左目下の泣きぼくろが非常に色っぽい。


「そうですわ。もっと着飾ってさしあげたいわ」


 のんびり微笑んだのはオレンジ美女のベスさん。

 美女メイド三人に囲まれて非常に嬉しいけど、着せ替え人形は楽しくない。私が。

 私に着せるくらいならば、そのままでも十分美しいけど彼女たちが美しく着飾っていただきたい。

 しかし今、下手なことを言おうものなら私の言葉尻を待ち構えている美女たちに再び着せ替え人形にされかねなかったので、私は無理矢理用事をでっちあげることにした。


「今日はこれから薬草の調合をしたいので……」


 薬草の調合なんぞいつ終わるかもしれないし、今日しなくてもいい用事だ。伯爵には、約束の期日までは仕事も休むように言われている。

 だが、美人で優秀な彼女たちはにっこり微笑んで了承してくれた。

 またの機会に、と私に約束させて。彼女たちは優秀だ。

 美女たちとのお茶会のあと、私は自分の言葉を実行するべく調合室へと向かうことにした。また捕まったら今日の私は使い物にならなくなる。

 その道すがら、渡り廊下で見知った顔に(この屋敷では伯爵と部下の人たちとしか顔を合わせることなどないが)出くわしたので足を止めた。


「こんにちは。ガルーダさん」


 私に道を譲ってくれていたのは、お仕着せを窮屈そうに着こなしたスキンヘッドの大男だ。岩のくぼみをそのまま顔にしたような顔面から頭にかけて、銃創みたいな傷が穿たれていて、子供がみたら間違いなく泣く。しかし、彼はその野性味溢れる外見とは異なり、この屋敷の執事を任されている。正直、あの白手袋に包まれた果物程度なら軽く潰せそうないかつい手で今まで飲んだこともないほど美味しい紅茶を出されたときには感動したものだ。

 彼は私に深くお辞儀をしたあと、ほとんどそのままの姿勢で私と目線を合わせた。彼もガリアさん達と同じでこちらから声をかけない限りは話しかけてはこない。けれどそれが嫌味にも冷たい感じにもならないから不思議なものだ。


「今日のおやつ、美味しかったです。あのタルトの上に乗った砂糖漬けが特に」


「ありがとうございます」


 専門職がいるが、私のおやつのほとんどはこのおよそお菓子とは結びつかないスキンヘッドが作ってくれている。本職を凌ぐほど研究熱心で、気にしないようで微妙に味にうるさい伯爵もお茶とお菓子は彼に任せている。


「明日はどんなお菓子なんですか?」


「暑くなってまいりましたので、冷たいものをと考えております」


 低い重低音が丁寧に答えてくれる。明日も楽しみだ。


「差し出がましいようですが、どちらへ?」


 珍しくガルーダさんが質問してくるので、私は調合室へ行くと素直に答えた。別に餌付けされたわけじゃないよ。

 優しい(強面なのは遺伝子的なものなので)顔でガルーダさんは肯くと、再び丁寧にお辞儀をして道を譲ってくれた。

 それにお礼を言ってから、私は屋敷の端っこに作ってもらった調合室へと向かった。調合室と言っても毒薬を作ったりするわけじゃないから、機密性とかそういうものを考えてない。ただの薬草保管室だ。薬草というやつは湿度に弱いので、比較的風通りが良くて涼しい部屋を用意してくれたのだ。始めは自分の部屋に思いっきり薬草をぶら下げていたのだが、さすがにそれはやめてくれと言われてしまったためでもある。私の部屋も風通りの良い部屋だったので。

 ここの人たちは良い人たちばかりだ。

 それは私が、伯爵が直々に招いた客人だということもあるし、伯爵が私を後継者にと考えていたことにも理由はあるだろうが、この御屋敷に招かれてかというもの、私は嫌な思いなんかした覚えがない。

 だって、いくら客人だからって結局は人と人とのお付き合いで、「馬が合わないなー」とか「何だよこいつ」とか感想なんか人それぞれだ。私も一応はいっぱしの社会人だったわけで(今もそのつもりだが)自分に何が出来て何が出来ないかはよく分かっているつもりだ。だから、至らないはずの私の色んなものをひっくるめて良くしてくれるここの御屋敷の人たちに伯爵を含めて好感を持つのは大して時間もかからなかった。

 ここに居たい。

 居てもいい、むしろ居てくれた方が良いとまで言ってくれている。

 私としても、もっとここの人たちを理解したいし、私のことを分かってほしいと思う。

 家族になりたい。

 立場をわきまえていても、ここの使用人と伯爵達はまるで家族のように仲がいい。その輪の中に、入れてもらえれば、私はきっと幸せだろう。


 そんなことを考えながら乾かしておいた薬草をごりごりと乳鉢でごりごりとやっていたら、気がついたら窓の外が赤くなっていた。

 ほうり出していた道具を片付けて部屋を出ると、優しげな青年が長い柄のついたランプで廊下に備えてある照明に明かりを灯している。


「こちらにいらしたんですか。ヨウコさま」


 にこりと爽やかに笑ったのは薄紫髪のサルミナ青年だ。彼は使用人の中でも赤カブ頭の庭師に次いで私に気安い。彼は伯爵の従僕なので、本来ならこんな明かり入れの仕事は管轄外のはずだが。

 

「ちょうど私の手が空いていたので引き受けたのですよ」


 尋ねてみたらまたも爽やかな返答が返ってきた。そういえば、と私も今の時間は夕食の準備でみんな慌ただしいことを思い出した。一度手伝いを申し出たもののやんわりと断られてしまったので、家事の感覚が鈍っている。


「サルミナ!」


 夜を誘う廊下の薄明かりの中を駆けてきたのは陽気を形にしたような青年だった。彼は駆けて来るなり、


「悪かったなぁ、手伝ってもらって。ここはもういいから。旦那様がお呼びだぞ」

 

 早口で言って、長い柄のランプをサルミナ青年から受け取る。そうしたところで私に気付いて「あっ」と苦笑した。


「失礼いたしました。ヨウコさま」


 破顔する、という表現が恐ろしく似合うこの青年はホイエンといって、何代か前に迷い人のご先祖がいるとかで、黒髪に碧眼だ。顔立ちもこちらの人よりどことなく馴染み深い。


「ヨウコさま、御迎えにあがりました」


 もう一人に呼ばれて振り返ると、メイド服に収まった小柄な少女がこちらにやってきていた。短い栗色の髪がふわふわと揺れたかと思うと、私の周りに居る青年たちをてきぱきと叱りつけた。


「何をしているのよ。サルミナは旦那様がお呼びよ。ホイエンは早く明かりを入れて」


「お前こそヨウコさまをお待たせしていいのか? タルキア」


 ホイエンに言われて、少女、タルキアは私に改めて向きなおった。


「申し訳ございません。お夕食の準備が整いましたので、お迎えにあがりました」


 年端もいかないのにしっかりとプロの彼女が申し訳なさそうにいうので、私は少し笑って頷いた。

 まだ若いからか、彼ら三人は私の前でもたまに無駄口を叩いてくれるので楽しいのだ。


「今日の晩御飯は何か知ってる?」


「はい。本日は良い鶏肉を仕入れたとかで、香草を使ったメインだと聞いております」


「ああ、昼間仕留めてきたって料理長が言ってたな」


 タルキアの返答にホイエンが答えたので、彼は少女に睨まれた。


「そういえば料理長が、ヨウコさまがくださる香草はとても良いと言っておりましたよ」


 如才なく会話を続けるのはサルミナ青年。

 いつの間にか三人に囲まれて話していると、退屈せずにダイニングについた。

 ありがとうと笑っていうと、それぞれ私に挨拶して自分の仕事へと戻っていく。

 きっと、一人の私を放っておけなかったのだろう。

 ダイニングの前で控えて待っていてくれたガルーダが扉を開けてくれながら、


「本日は旦那さまもご一緒なさいます」


 それに礼を言いながらダイニングに誘われると、すでに伯爵が食前酒をたしなんでいた。

 本当ならこうして食べる前に服装を整えなくてはならないらしいが、伯爵はそのままでいいと言ってくれている。マナーはちゃんと覚えておいて損はないと、この屋敷へ来た頃にガリアさんから叩きこまれたが、この屋敷の中でなら好きに過ごしていいと私に任せてくれていた。伯爵も仕事着のままやってくるので、私も気兼ねしなくていいこともある。

 長いテーブルの奥に座っている伯爵から、角をまたいだ右隣が私の定位置だ。ガルーダさんに椅子を引いてもらって席につくと、伯爵がグラスをこちらに向けた。


「君も飲むかね?」


 伯爵がグラスを傾けているのは、淡い黄緑の、白ワインにも似たお酒だ。

 テーブルの隣に据えられたボールの水で手を洗いながら、もちろん欲しいと答えると、さっとガリアさんがグラスを添えてくれてほどなく私に伯爵と同じお酒が注がれる。

 ふわりと果物の蜜のような香りが広がるが、口をつけてみると爽やかで甘味は少ない。酸味や渋味とまではいかないが、大人の味だ。これはこれで美味しい。


「君は何でもおいしそうに飲むね」


 伯爵は目を細めて言うが、伯爵の選ぶ酒はどれもおいしいのだから仕方ない。古今東西に及ぶ色々なお酒を味わわせてくれる。

 やがて料理が前菜から順に運ばれてくると、話も弾んだ。

 伯爵は食事中の会話を咎めたりしないので、忙しい伯爵とたまにとる夕食は楽しい。

 今日は何をしていたのか。

 隣の領地のお菓子の話。

 街で流行っている奇抜な靴の話。

 最後のデザートまで運ばれてくると、料理長がダイニングまでやってきた。


「今日もありがとう。ご馳走さま」


 伯爵は毎度のようにこうして労う。

 料理長は頭の上できっちりまとめた茶色の頭を軽く下げて、今日のメインの鶏はどうだったかと尋ねたりする。


「ヨウコさま。そろそろ肉料理に使う香草が少なくなってきましたので、追加をいただけませんか」


「はい。後で持って行きますね。マッジョリさん」


 私の答えにニヤリと笑ったのが料理長のマッジョリさんだ。明るい茶髪の、一昔前のヤンキーみたいな姐御だが、相当な美人さんだ。


「そうそう」


 マッジョリさんとの会話の終わりを見るや、伯爵がダイニングを去り際珍しく声をかけてきた。いつもならここでお休みなさいの挨拶で終わる。


「明日は私と出かけるから、そのつもりでいなさい」


 すでに決定事項らしい。

 特に拒否する理由もないので頷く私を見てから、いつものようにおやすみと言い置いて伯爵はダイニングを後にした。

 それから、調合室に戻って幾つかの香草をマッジョリさんに届けると、見計らったように厨房の前にガリアさんが待っていた。


「明日は少し遠出をすると仰せでしたよ」


「そうなんですか?」


 私の部屋へ帰る道すがら、ガリアさんの報告に私は少し心が躍った。

 伯爵と遠出は初めてだ。というか、城からこのお屋敷へ(首都の城からどれほど離れているか知らないが)来た以外にない。


「ええ。馬を連れていくということでしたから、久しぶりに遠駆けをなさるおつもりかもしれません」


 馬とな。確かにお屋敷には厩舎があるので馬が居るんだろうが、元の世界でもメジャーだったはずの馬を目の当たりにするのは初めてだ。こちらへ来て初めての乗り物は騎竜だったからね。こちらの馬も同じような姿形らしい。

 ガリアさんによると、近頃、書類仕事ばかりで体がなまったと仰せだったとか。私としては、あの伯爵が体を精力的に動かしているのを見たことがないからちょっと意外だった。

 ガリアさんに見送られて部屋に入ると、すでに明かりが入れてあった。

 着替えなんかは自分でするから、ガリアさんとは部屋の前でお別れする。今日のお着替えは本当にたまたまなんだよ。ええ。


 こうやって過ごすことが、当たり前になりつつあった。

 こちらの世界へ来る前は、夜にテレビ見ながら晩酌して寝るのが普通だった。

 こちらに来てからは気絶したり逃げ回ったり野宿したりするのが普通だった。

 裏切られて、置いていかれて、優しくされて。

 寝巻きに着替えようとして、ばさりと床に何かが落ちた。


 黒マント。


 拾いあげてぱっぱっと払う。

 結構扱いはひどいはずなのに、細やかな刺繍のほつれも裾の破れも見当たらない。大事にしているはずの私のチャリムの方がどことなく草臥れてきたからこのマントは相当、頑丈にできているらしい。

 なんだかんだとこのマントが一番長い付き合いになった。


 私は今まで、他人事に巻き込まれてばかりで流されて伯爵に拾われた。

 伯爵は私を人として扱ってくれ、私はこちらの世界で初めてひとりの人になった気がする。

 地に足をつけた、血の通った人間に。


 これからどうするのか。

 私は本当の意味で、考えなくちゃならない。



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