ハーブと商売
こんにちは。君島葉子です。
この右も左もわからない異世界に不可抗力で飛ばされてきた二十四歳。独身。
色々あった…えーと、あれ半年ぐらい経ったかな。
ただいま、幸せを噛みしめておりますっっ!!
「お上手ですわ。ヨウコさま」
私の隣で優しく微笑むメイドさんは、伯爵の部下というガリアさん。
緩く巻いた金髪を美しく結いあげている美人です。
白いエプロン、ロングな紺ドレス、ヘッドドレスはふんわりレース。
理想のメイドさんです。
そんなメイドさんにただいま不肖わたくしはお勉強を教えてもらっております。
なぜか、商売を。
ミクロとかマクロとかややこしいことはともかく、どうすれば物が売れるのか、顧客とは、そもそも物とは。そういうことを手っ取り早く学ぶということで、私は実際に伯爵の統治下にある街に出かけ、聞きこみをし、それから需要を考えるという授業を受けている。
ぶっちゃけ、経済学というより商売だ。
そこで私は、今まで習った知識をどうにか生かそうと、薬草を重点に置いて考えることにした。薬草と人は切っても切れない関係だ。だから、そこのあたりをどうにかできないかと思ったのだ。
資本金は伯爵からわずかながらに出してもらって(借金だ)街でのマーケティングを行い、明らかに東国とは違う需要を目の当たりにした。
東国では薬草は薬の役割しかなかったが、西国では薬でもあり、娯楽でもあるようだった。
日本でも近頃流行りのハーブというやつだ。
東国と西国と自生している薬草は異なる。
薬草をお菓子とかお茶とかにして楽しむ流行がきているらしい、と見た。
これは! と伯爵とガリアさんに相談した結果、お許しが出たのでその商品開発を手伝っていただいて、それが結構な売れ行きになりました! お花入れたりするのはいい意味で盲点だったらしい。近々伯爵に借金を返せる予定です。
今はガリアさんにその試作品を飲んでもらっている真っ最中。
お上手ですとようやく褒め言葉をいただいたところだ。彼女の舌は非常にまじめで厳しい。
「ヨウコさま。そろそろお茶にいたしましょうか」
気がつけば、日の傾き具合からして午後のお茶の時間になっていたらしい。野生化してないか私。
ガリアさんの提案に笑顔で肯いて、私は今までぶちぶち千切っていた乾燥した花を置いた。
手から花の香がする。すごいな……泥の匂いがしないよ、炭の匂いもしない。
ガリアさんはさっと立ちあがって、部屋からそっと出ていった。最初の三日は、私付きだという彼女と「いえいえお構いなく」「いいえ、これが私の仕事でございます」の押し問答したのが懐かしい。ただいま滞在一週間目です。
私に与えられた部屋は広い。
入った時には、お風呂しか見てなかったけどクリーム色にまとめられた調度品の数々は装飾はあるけど、気取った感じのない手彫りの家具だ。温かな若草色の布張りの椅子、落ち着いた木組みのテーブル、柔らかい白木のタンス、絨毯は柔らかいクリーム色、ベッドは女性が一人で寝るにはちょうどいいぐらいの大きさだ。私に与えられた服もチャリムが中心で、ガリアさんが着ているようなドレスではない。
やんわりとガリアさんに勧められて着てみたらやっぱり似合わなかったけど、街に行く時にはチャリムだと目立つのでドレス借りてます。身長が合わないかと思ったら、ガリアさんのメイド仲間さんからお古をもらいました。ぜひお礼が言いたいと思ってたんだけど、彼女は屋敷に帰ってからすぐに別の任務で旅立ってしまわれました。ありがたい…ほんとにふりふりドレスじゃなくて。どっちかっていうとスーツみたいなドレスなんで私にも合うんだ! 帰ってきたらぜひ会いたい。
基本的に西国は洋風だ。東国では食べられていた味噌やら発酵食品はチーズぐらいしかない。(東国にはチーズもヨーグルトもある)焼いた肉! 煮込んだ肉! 燻した肉! 肉肉肉!
おいしいんだけど、パンより米が食べたくなるのはやっぱり日本人だと思いました。
こんな感じで伯爵のお家でご厄介になってます。
……幸せ。来て良かった。
私は暖かい幸せを噛みしめた。
けれど、お茶のポットが乗ったワゴンを引いたガリアさんと共にわざわざやってきた、今日も完璧なフロックコートの装いの伯爵が、思いもかけない知らせを持ってきた。