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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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乱入と鎮火

 その場に居た全員に水を浴びせるほど落ち着いた声で、私は湯だっていた頭がちゃんと働きだした。


 目の前の剣先を見て、溜息をつく。

 あっぶねぇ。ドラマの主人公になるところだった。


 頭がちょっと冷えたのは目の前の赤髪も一緒なようで、我に返ったように剣を引いた。

 ここで切り殺されるのは免れたようだ。死ぬならご飯食べてからのがいい。西国のご飯って食べたことないし。

 我ながら現金だ。


「何の用だ。コローラル将軍」


 威嚇するように赤髪が見つめているのは観音開きの縦に長いドア。この城どういう造りしてるんだか、ものすごく縦に長い。日本の平屋に慣れてるせいかな。

 そのドアを平然とした顔で開けて突っ立っているのは、これまた非常識な男だった。

 王様弟と似たようなフロックコート姿なんだけど、奇麗に撫でつけられている髪は鮮やかな緑、明るい緑の目には片眼鏡。そして、鷲鼻の無表情に精悍な顔には、縦に入れ墨が施されていた。

 不良なんだか、紳士なんだか分からない人だ。


 不良紳士は少し小首を傾げて、何事もなかったかのように杖を伴って部屋へ入るとドアを閉める。

 それだけで、彼の所作は非常に優雅で洗練されていることが分かった。

 皮手袋の手で少しだけ持っている杖の柄を撫でると、優雅に一礼した。


「アウトロッソ陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」


「……麗しいように見えるか」


 誰の目から見ても不機嫌にもっともなことを言ったのは王様だ。ツッコミの才能あるなキミ。


「見えませんな」


 しれっと言うな。不良紳士は自分一人で納得するように頷く。


「はて」


 小さく呟いたかと思うと、紳士はふっと私に目を向けて、再び王様と向き合った。

 おっちゃんと言っていいのか知らないけど、アンタなんか知らないよ


「この御方がいらしてから、陛下のご機嫌はウナギ登りだと聞き及びましたので、わざわざカピタくんだりまで参上した次第なのですが……すでに袂を別たれた後でしたか」


 田舎へ届く情報など不明確なものでしてね、と無表情な紳士。……あの、王様の青筋が見えないなら眼科行くことおススメするよ。


「残念でしたな。あわよくばと思っていたのですが」


 最後の「が」は私に向けられたらしい。役立たずと言いたいのか。会って間もない人に役立たずと見抜かれたのか私は! めっちゃ腹立つ…。

 けれど、王様の着眼点は違ったらしい。


「あわよくば…?」


 王様の的確な食いつきがお気に召したらしく、紳士は少しだけ表情筋を緩めたようだ。もしかしてそれで笑ったとか言わないよね?

 紳士は出来のいい子を褒めるような口調で王様に続けた。


「あわよくば、この馬鹿げた戦争をおやめ下さいとお諫めするつもりでした」


 あーああ。王様が髪を逆立てんばかりに不機嫌になっていくよ。

 けれども、突然現れて場をすっかり支配してしまった紳士は全く気にしてないようだ。


「すでに民へとかけられた税率は破綻ぎりぎり。たとえ気前のいい商人であろうと貴族であろうと、これ以上の出兵費の捻出は不可能です。国庫にあっても、あまり良くない状況なのでは?」


 向けられたのは金髪の弟だ。彼は優美な眉を歪めている。

 代わりに隣の王様が紳士に向かって吠える。


「金の話ではない」


「しかし、何かを成すには先立つものが必要です。今のあなたには見えておられない」


 私に話して聞かせたご高説を一瞬で遮られて、王様の機嫌はすでにマイナスを振りきる勢いだろう。


「いったい幾ら奴隷を兵士として投入したのです? 彼らの人権を保障するとおっしゃったのはあなたご自身でしょう? 目に見えぬ権利を盾に厄介者として彼らを戦争へ駆り出し続けていれば、いずれあなたの首が飛ぶのでしょうね」


 辛辣。

 その一言に尽きる。

 紳士の話の内容が本当であれば、東国と大差ない驚くべき犯罪だが、紳士の言葉は図星過ぎて反論できなくて痛い。


「―――俺の召喚命令を散々、蹴っていたのはそのためか」


 王様のその言葉で、紳士は初めて表情らしい表情を浮かべる。

 それはそれは、上品な微笑み。


「我がメフィステニス家は代々この役割を申しつけられておりましてね」


 片眼鏡の先についている飾りがさらりと揺れる。

 王様は苦々しく紳士を睨みつける。


「王を諌める行為は、いつの世であっても命がけであるからな」


「然様でございますね」


 さも当然のようにうなずいた紳士から視線を外して、当の王様は大きく息をついた。


「……俺は、我を失っていたのか」


「恐らく」


 紳士は一度頷いて私を見る。なんだよ。もうお鉢回すなよ!


「私は遠くの地で暮らしている身ですから、あなたのお心は分かりかねますが、聞き及ぶことはございましたよ」


 淡い緑の瞳を細めてから、紳士は私から視線を外すと金髪の弟へと目を遣る。それから、王様へと向きなおると深々と頭を下げた。


「あとで色々と問題も起きましょうが、不肖、このわたくしが尽力してあなた様のお力となりましょう」


 王様は少し驚いたような顔をしたけど、常のしかめ面に戻っていった。


 すごい。

 あの修羅場が一瞬で終わった。


 私は半ば茫然と紳士を眺めていたら、目があった。え。何?


「ところで、このお嬢さんは?」


 誰だと聞いているようではないようだった。

 どう処分するのかと訊いているんだ。

 顔を引き締めると、薄緑の瞳が笑ったような気がした。


 王様も、弟も答えない。


 当然だ。彼らが欲しいのは、すでに無いネロという女なんだから。


「では、わたくしが連れ帰っても問題はありませんね」


 え、何それ。

 

 紳士は優雅な足取りで、椅子に座り込んだままの私に手を差し出した。

 彼の手にぴったりと馴染んだ手袋は手触りは良さそうだが、この手を取っていいものかどうか迷って、私は俊藍のマントを掴んだ。


 すると、紳士はその私の手を問答無用で掴み取る。


「お初にお目にかかります。私は、コローラル・ド・メフィステニス。しがない田舎の伯爵領主です」


「……え、あのさっき将軍って」


 私が喋ったことに気をよくしたのか、コローラル伯は優雅に微笑む。けれど、聞こえるか聞こえないかの声で付け加えられた言葉で私の運命は転がった。


「ここにいれば、あなたは死にますよ」


 物騒な口説き文句に釣られて、私はこの紳士についていくことを決めました。

 

 人生って、怒濤に出来てるんだな……。



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