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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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母親になった女

本当はヨウコが、苦手だった。



 どんなに働き者らしい硬い手をしていても、今までの人生まで変えられるわけではない。

 だから、彼女が幸福そうに笑うたび、希望を信じる目でこちらを見るたび、自分の醜い嫉妬が顔を出す。

 それが嫌だったのかもしれない。


 

 アンジェという名前は、生まれてすぐにアンジェを捨てた母親がつけた名前だ。

 名前をつけてすぐに、近くの孤児院へと子供を押し付けて、姿を消したという。


 親の情を知らずに育ったアンジェは、蔑みの目に耐えながら学校へ通おうとしていたが、年の割には大人びていて他の娘よりも美しかったアンジェは、孤児院の院長に色街に売られた。


 恨みはしなかった。


 それから、酷い目に遭うたびに他人を呪うのではなく、自分を嫌悪するようになった。


 孤児院で育ったこともあって、誰かの面倒を見るのは好きだったけれど、本当は一人になるのが怖かっただけなのかもしれない。


 悪い男に捨てられて、とうとう宿無しになってしまい、首でも吊ろうかと思っていたところに、話を持ちかけられた。

 通りがかった男に、声をかけられたのだ。


 捨てる命なら、預けてみないかと。



 アンジェを拾ったその男が、バーリムだった。

 彼は騎士団で特殊な任務についていて、その任務のために女を集めているという。

 

 アンジェは、その誘いに乗ることにした。


 暖かい寝床と食事があるに越したことはない。

 そして、すでに自分の命には見切りをつけたところだ。


 バーリムはアンジェを屋敷に紹介し、そしてハイラントに引き合わせた。

 ちょっと政治を噛んだことのある者なら誰もでも知っている天才だ。

 高名な魔術師であり、今は宰相の側近であるというハイラント。

 冷酷なイメージとは裏腹に、彼はアンジェに告げた。


 炎の精霊になって、戦場へ出てもらうことになる。


 今までの仕事の中で、西の端の戦場がきな臭いことになっているのは知っていた。

 だが、こんな非人道的なやり方で戦争をしているとは知らなかった。

 若い娘を集めて、違法まがいの魔術を施し、戦場へ送りだすなど。


 アンジェ自身に、自分の未練はない。

 けれど、他の娘たちはどうだろうか。

 他の娘たちもアンジェ同様にどうにもならない事情を抱えて拾われてきた者がほとんどだ。

 

 残っていた偽善の心が疼いた。


 アンジェはハイラントに掛け合った。

 精霊の魔術は施してから、紋様が浮かぶようになるには、女自身の心が救い出されなければ炎の精霊にはなれない。

 ハイラント達は衣食住に困らない生活とカウンセリングでどうにかなるだろうと考えていたようだが、傷ついた娘たちの心はそれでは癒されない。もっと生活環境を整えるように訴えた。

 詭弁だ。

 でも、せめて最期を迎えるその日まで、他の娘たちには普通の幸せを与えてやりたかった。


 あれこれと娘たちの世話を焼くうちに、彼女たちはアンジェを置いて、戦場へと逝ってしまう。

 一度、炎の精霊になれば、術式に組み込まれた敵を焼き尽くすまでその身は炎に苛まれる。そして、あとには塵も残らないのだ。

 精霊の紋様を施す魔術にも、娘には負担がかかり、高熱を出して寝込む者や一週間は起き上がれない者も居る。


 だから、ヨウコが施されてから一日で目覚めたことに、アンジェは驚いた。


 普段はヨルダや他の騎士たちが連れてくる娘を、ヨウコだけはハイラント自身が連れてきた。そして他の娘には自分の意思を尋ねるというのに、昏倒している彼女に有無を言わさず、精霊の魔術を施したのだ。


 起きた彼女は、そうは見えないが二十四歳だという年齢に見合った落ち着きがあるようだった。けれど、起きた始めは誰も信じられない子供のような眼をしていた。


 まるで、昔の自分を見ているようだった。


 それからは、気をつけてヨウコの様子を見るようにしていたが、アンジェは過去を振り返るようで好きにはなれなかった。

 それが吹き飛んでしまったのは、やはりヨウコのお陰だった。


 ある日、彼女はアンジェの前に来て座って、にっこりと笑った。


 それが何の時間だったのか覚えていない。けれど、それは幸せそうに笑ったのだ。

 あまりにもそれが可愛くて、アンジェも幸せになってしまった。


 大人のようで、子供のようで、妹のようで、姉のようで。


 家族のようで。


 ヨウコの前に立ってようやく気付いたのだ。

 アンジェが欲しかったのは、家族だ。


 とうに自分自身を見限ってしまっていて叶うことはないけれど、出来ることなら子供が欲しいと思った。


 ヨウコは、きっと怒るだろう。

 まるで、アンジェが彼女のことを自分の子供のように思っていたことに。


 

 もう、彼女を腕に抱くことはできないけれど。

 そして、きっと最期に立ち会ってくれた彼女に、他のみんなが思っただろう。


 

 可愛い私の娘。


 どうか、生きて。



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