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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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火と赤

 誰もいなくなった箱馬車は、焦げ目がついたものの焼けはしなかった。

 きっと、そういう呪いでも施してあるのだろう。


 私は火傷で痛む両手をそのままにして、馬車から這い出た。


 もう一台の箱馬車も同じように空っぽだ。

 けれど、私は目の前の光景に息を呑んだ。



 辺り一面が真っ黒だった。



 騎竜も、人もない。ただ、燃え残った鉄くずや、炭の山があるだけで、視界全てが静寂に埋め尽くされている。



 これを、彼女たちがやったのだろうか。



 馬車の向こうに人波が見える。

 それは黒い甲冑に身を包んだ兵士たちだと分かるのにさほどかからなかった。

 騎竜の上から槍で狙うのは、炎の精霊たち。

 しかし、それはことごとく炭に変わり、そっとその手で撫でられるだけで屈強な兵士たちが一瞬で燃え上がる。

 精霊たちが遊ぶように炎の球を作れば、横一閃に盾の防御も燃え尽きる。

 精霊たちが誘惑するように兵士を招くその裾野が広がれば、強烈な火の粉を浴びて兵士たちはなすすべもなく炎の塊と化した。


 まるで、天国にいるはずの天使自らが地獄を作りだしているかのような光景。



 私には、何も出来なかった。


 俊藍のマントをきつく握り締める。火の粉をたくさん浴びたはずのマントは焦げ目一つない。きっとそういうマントなのだろう。


 偉そうなことを言っても、私に出来ることは何もない。


 どうして、私は、生き残ったんだ。


 真っ黒な屍を踏みしめて、私は奥歯を噛みしめた。



―――アンジェさんが、生きろと言ったからだ。



 逃げろと言った。

 生きろ、と言った。


 どうしようもない衝動を押さえつけるように、私はマントを被った。


 今の私がすがりつけるのは、彼女たちの願いだけだ。


 彼女たちのために、私は死んではいけない。


 戦場から逃げだそうと、踵を返そうとして私は空気が変わったことに気がついた。



 雨が降る。



 もう一度、戦場を振り返ったのは本当に偶然だった。未練だったのかもしれない。

 けれど、振り返って私は悲鳴を上げた。



 どういうことか、今まで我が物顔で戦場を牛耳っていた精霊たちが次々と消えていっている。



 どうして!



 私はこらえきれなくなって走り出す。



 本当はこのまま逃げた方がいいはずだ。


 けれど、体は彼女たちへと向かっていた。



 近づくごとに目に入ってきたのは、たやすく斬られていく彼女たちの姿だった。



 長い剣を握る先を探して、私は長い赤髪に辿りついた。


 炎の精霊たちよりも赤い血のような赤髪で、黒い甲冑のくせに面あてはしていない男。

 彼はどこかのおとぎ話のように騎竜にまたがって、迫りくる精霊たちを斬り殺していた。


「やめてぇっ!」


 悲鳴をあげると、男と目が合った。

 黄金色にも見える黄土色の瞳が私を捉えると、彼は何を思ったのか目を見張ってこちらに騎竜の首をめぐらせる。


 私は初めて目の当たりにする戦場の熱気と、悲鳴をあげることしか出来ない悲しみにすでに足が竦んで動けない。

 まっすぐこちらに向かってくる甲冑を着た騎竜の鼻先を見つめることしかできなかった。


 顔を歪めた瞬間。


 私は明るい光に包まれた。


 精霊だ。


 彼女たちにはもう人だった時の顔はない。

 けれど、揺れる長い髪に既視感を覚えて私は呼んでいた。



「アンジェさん……?」



 優しく、微笑んでくれたような気がした。

 彼女が両手で私の頬を包む。



 そして、消えた。



 うまく、目が動かなかった。


 震える視界に入ってきたのは、剣の先。

 ゆっくりと辿ると、赤い髪の男が彫像のようにこちらを見下ろしていた。



「大丈夫か」



 透る声は、人に命令をし慣れた声だ。

 けれど、誰に向けての言葉か分からなかった。


 赤髪の男は嘆息するように騎竜を下りると、私の前に立ち塞がる。

 あまりに男が大きく見えたので、始めて私は自分が足から崩れ落ちるように座り込んでいたことを知った。


 見上げると、男はもう一度口を開いた。


「平気かと聞いている」


 何が平気なのか。

 私には分からなかった。


「―――あなたが斬ったの?」



 ただ、どうしようもない渦に頭の中身ごと放り込まれて、繰り返すことしかできなかった。


 どうして、どうして、どうして!



「どうして斬ったの!」



 今度は男の方が何を聞かれているか分からないというように答えた。


「あの女たちは、ああして死ななければ炎に焼かれ続けるんだぞ」


 私はハンナのことを思い出した。 


 行きたい場所に行くこと。


 帰りたい場所に帰ること。



 誰が、そんなことだと思うんだ。

  

 死んでから、帰るなんて。



「東国はとんでもないことを考えるものです」


 男の横から、痩せた灰色の髪の男が現れた。彼は神経質そうな顔で私を見下ろしてくる。


「自国の民を、戦争の道具に使おうなど惨いことを」



 どうして。


「お前の問いには答えた。今度はこちらの質問に答えてもらうぞ」


 赤い髪の男は私を見下ろしたまま、言い放った。


「その外套を、どこで手に入れた?」


 私は男の指したマントを握った。



 どうしてなの。



「それは東国の王が父王から授かった物だ。お前は、ヘイキリング王とどんな関係がある?」



 

 あなたも、炎の呪いに苦しんでいたんじゃないの。


  


「答えろ!」




 俊藍。






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