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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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要塞と面接

 素敵なお兄さんと一緒に予想外に低反発な馬車 (ということにしておく) に乗せられ、花畑を抜け、森を抜け、湖の真ん中に続く跳ね橋を渡って連れてこられたのは、尖塔が乱立する、


「……もしかして、お城ですかここ」


 頑丈そうな壁の張り巡らされた様子は城というより要塞のようだったが。


 中身は迷路のような要塞の一室にブリキ兵士に案内された。ベージュが基本の応接セットにふかふかカーペットとチェストが一つ。ほかにはランプらしきものが置いてあるだけの部屋だ。

 案内してくれた兵士さんはドアの前まで来て部屋には入らないから誰かほかの人が来るのかと思ったら、一緒に連れてきてくれたお兄さんが応接セットのソファを私に勧めた。


 促されるまま腰掛けると、前置きすら省いてお兄さんは話しだす。


「君は、ここが異世界だと認識しているか?」


 いいえ、とも、はい、とも応えにくい質問だ。

 沈黙を持って答えとすると、


「理解できないかもしれないが、ここは君が暮らしていた世界とは異なる世界だ」


 えっとー、なんか出てきましたよ? この非常識事態に非常識発言が。

 お兄さんはまっすぐこちらを見ながら話を続ける。


「君はもう戻れない」


 ……ええと、頭の悪い私でもここがさすがに天国や地獄ではないことは理解しましたよ。

 いくら美形でも質問ぐらいはさせてもらおう。


「えっと、お兄さんは日本人ですよね?」


「そうだよ。北城清司。君は?」

 

 あら、質問返された。


「……君島葉子です」


「いくつ?」


「……二十四です」


 なんだか会社の面接みたいでかなり緊張するんですけど。


「仕事は何してたの?」


 お見合いかこれは。


「派遣社員で事務を」


 おおいお兄さん! いくらお助けキャラだからって仕事聞いて溜息つくなよ! 派遣なめるな!


「俺は、北城コーポレーションのCEOだった」



 あんだすたーん?

 しーいーおー? 


 つまりは、社長さんですか。

 私より年上っぽいけどまだ三十路にも届かないほどのご年齢ですよね?

 美形で社長でお金持ち? 

 マンガだ! リアルに二次元が紛れ込んでる!


 はぢめて見たー…こんなマンガな人。


 物珍しげにガン見していたのか、お兄さん、北城社長は苦笑した。


「もう社長じゃないよ」


 私が帰れないのならお兄さんも状況は一緒ってことだ。

 でも、その威圧感の意味がわかりました。そっか社長さんだったのかー。


「過労寸前の日々から解放されて、ちょっとほっとしているんだ」


 セレブ会話ぁ。

 来る日も来る日も働かなきゃ食ってられない私にはうらやましい限りです。そんなセリフ。


「あの日も忙しくてね」


 少し遠い目で北条社長は続けた。


「本当に突然だった。車に乗って家に帰る途中、眩しい光に包まれたと思ったら、俺はこの城の神殿にいた」


 ……ん?


「神官から、この東国のために異世界から召喚したと告げられて、とてもじゃないが納得はできなかったが、帰る手段はないと言われた」


 さも自分は不幸だというような顔されていますが、文明の真ん中に落ちたんですからまだマシじゃないですか。

 社長は異世界でも社長待遇なんですね。私なんて野っぱらで第一村人は正体不明の黒マントでしたよ。

 

「……君には、悪いことをしたと思っている」


 はい?


「俺があのとき、車であの交差点を通らなければ、君はここにはいなかっただろう」


 あー…。


「……あの車、北城社長だったんですか」


 社長の話を引き継ぐと、社長自ら運転されていた時に不幸にも目映い光に包まれて、運悪く交差点に差し掛かった。

 つまり私はこの世界に召喚されたわけでもなく、巻き込まれたということだ。


 全て話し終えたのか、社長がホッと一息つくと、


「失礼いたします」


 タイミングを計ったようにノックが鳴り、返事を待たずに扉が開いた。

 つかつかと音がするほどキビキビと入ってきたのは、紺の詰襟男だった。

 マンガでしか見かけないような長い銀髪が緩く結わえてあって、色白長身の姿はそれはそれは美しいが雰囲気は絶対零度。

 話しかける気も失せる拒絶反応で、北城社長だけに手を胸にあてて礼を取る。


「セージ閣下。会議のお時間です」


 おいおいおいおい。

 

「わかった」


 納得しちゃうのか社長。

 

 北城社長はソファから立ち上がりかけて私に目を配った。


「君の身元は保証する。生活も私が保証しよう。この件についてはまた話し合いの機会を持とう。今日はゆっくりこの城で休んでくれ。案内をつける」


 そう言い残して、社長はこの殺風景な部屋をいそいそと出て行った。

 この長身の国でも社長は見劣りしないのね。重ね重ねうらやましいわ。


 残された私はというと。



「……あ、ビール」


 いつまでも手に持ったままだったコンビニのビニール袋からビールを取り出した。

 冷えていたはずの三百五十ミリはすっかりぬるい。

 かまわずプルトップの封を切って、一気に飲んだ。


 

 飲まなきゃやってられない。



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