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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
49/209

ロッククライミングとお説教

 白い雲が流れている。

 今日は幸い晴天だ。でも西の雲が黒くて怪しい。夕方の前に雨が降るかもしれない。

 私は、崖の下から覗く空を見上げて思った。 


 すっかりサバイバル慣れした私は天候を素人ながら読めるようになりました。

 アウトドア好きのお父さんに話したらきっと喜んでキャンプに連れてってくれるだろう。以前の私はまったくのインドアだったので、小さい頃ならまだしも物心つく頃にはちょい悪親父の道楽と決めつけて父の誘いを断るようになっていた。

 今思えば、俊藍とのサバイバル生活に物凄い抵抗が無かったのは父のお陰だろう。


 いけない。ホームシックになっている場合ではない。


 さすがにサバイバル慣れした私でも、夜の森を何の装備もなく歩き回るのは遠慮したい。というかあり得ないから。唯一の救いはチャリムの下は紐パン一丁じゃなくて七分丈パンツを履いていることだ。

 目の前にそびえるのは三メートル弱ほどの崖。苔蒸してるわけでも蛇の巣がありそうな草地でもない、ベーシックな岩の崖だからあとの頼りは己の力のみ!


 よっしゃ登るぞッ!



「……何をしてるんだい?」


 聞き覚えのある声に振りかえると、やや唖然とした五十絡みのおっちゃんが私を振り仰いでいた。


 二十四歳のいい年した乙女があられもない格好で岩にしがみついている。

 そんな姿に、いつもはにこやかな行商のおっちゃんは騎竜の手綱を力なく落とした。


 

―――助けが来るなら誰か教えてよ。ねぇ!



 私はおっちゃんの荷車で屋敷まで連れて帰ってもらえることになりました。


 穴があったら入りたい。


「……ありがとうございます。ヨルダさん」


 きっと屋敷に届けるのだろう生活必需品と一緒にがたごと揺られながら、私は気まずい思いで頭を下げた。

 ありがたいよ。とっても、ありがたい!

 しかし、恥じらいの国から来た私はいたたまれない気分で感謝を捧げる。

 だってね、なんか、こう弁解とかしようがないじゃないか……いい年した大人が森の道の横で必死に崖登ろうとしてたとか…。


「ヨウコはここへ来たばかりだからねぇ。森の道を知らなくても当然だよ。とても分かりにくいからね」


 気のいいヨルダおじさんは慰めるように言ってくれるが、「はぁ…」としか返せなかった。


「それにしてもどうしたんだい。普通はこんなところまで出てくることなんか無いだろうに」


 他にうまい話題も思いつかないので、私は恥を忍んでおっちゃんに授業のかくかくしかじかを話した。もちろん、巻き毛少女たちについては伏せて。私は大人だし、幸い助かったから置いてかれたところで別にどうということはない。申し訳ないな。涙線が限りなく硬くて。

 やっぱり頼るべきは美形じゃなくて太鼓腹のおじさんなんだわ。うん。


「そうだったのかい。バーリム先生にはもうちょっと気をつけてもらわなきゃなぁ」


 苦笑したこのヨルダさんは、五十絡みだけど毛はふさふさしている。血行いいんだろうなぁ。着物の帯からはみ出たお腹とか。

 バーリム先生は、あれはもう性格だから直せないと思う。


「屋敷の生活にはもう慣れたのかい?」


 おっとりした拍子で尋ねられたので私は素直に肯き返す。この荷車、結構揺れるんだよ。


「はい。アンジェさん達によくしてもらっているので」


 どっちかというと、おもちゃにされている節もある。教師陣除くとアンジェさん以外は全員年下なんだけどな!


 それはよかった、とヨルダさんとほのぼの世間話しているうちに、屋敷についてしまった。

 今日は私、運いいじゃないか。崖下に落とされたのはノーカウントだ。


 荷車から降りると、ヨルダさんは騎竜を玄関ポーチの脇に放して(おっちゃんの騎竜は飼い主に似てのんびりしてて頭がいいので逃げたりしない)雑穀やら調味料やらを降ろしだしたので、私も手伝おうと進み出た。


「ヨウコ!」


 雑穀の袋を抱え上げたところで振り返るとセレットさんが慌てた様子で私の方へ走ってくる。ああ、際どいスリットから美しいカモシカのような御足が……。


「どこに行っていたの!」


「ごめん。ちょっと遠くまで薬草刈りに行きすぎて、崖から落ちたところをヨルダさんに拾ってもらってて」


 おっちゃんに話した通りに説明する。だって、イジメ公表とかめんどくさい。


「それなら良かったわ……」


 紫の髪の美女がホッとしたのも束の間、柳眉を困ったように歪めてしまう。


「ヨウコが無事なのに、何所にいったのかしら、あの子。あなたと同じように、ハンナが薬草を取りに出かけたまま時間になっても帰ってこないの」


 私は思い当たる節が満載にあるのでおずおずと尋ねてみる。


「ハンナって……まさかあの芸術的な巻き毛の?」


「えっと、カーリングのことを言ってるのなら、そう、その子だと思うわ。どこかで見かけたの?」


 私が落とされた崖はバーリム先生の集合場所からかなり離れていたらしい。崖をよじ登ろうとしていた時にも、ヨルダさんに連れられて帰ってくるときにも甲高いはずの笛の音は全く聞こえなかった。


 彼女たちが自分で来た道を戻れなかったとしたら。


「今、探しているの?」


「ええ。バーリムとザイラスとウェンダが探しに出かけたわ」


 暇だと思われるけれどフリエルは外されたんだな。うん。


「夕方になると、きっと雨になるから急いだ方がいいね。私も探しに行くよ」


 心当たりならあるからね。

 ヨルダさんに断って荷台に雑穀を戻すと、おっちゃんも心配そうに、行っておあげと言ってくれた。

 でもセレットさんはあまり良い顔をしない。私の善行はそんなに珍しいですか?


「……いいの? ヨウコ。ハンナは、あなたに意地悪してたでしょ?」


 さすがにお姉さんたちの目は節穴じゃないのね。

 まぁ、確かに崖の下に落っことして森に放り出すとか尋常じゃない。私じゃなければ、ハンナが言った通り、きっと泣いて森をさまよっていたことだろう。運が悪ければ死んでいた。

 事の発端は、幼い嫉妬なんだろうけれど、事が大きくなってきた。

 それに、私はあまり良い大人ではない。


「セレットさん」


 殺すつもりが無くても、害意があったのは確かだ。たとえハンナを縛る法はなくとも、報いは必ず彼女に向かう。


「恩というものはね、売れるときに売っておくものなんですよ」


 どんな人にも恩を売っておく。感謝するしないは知ったこっちゃないけれど、忘れられるものじゃない。本人が忘れても周囲の人が覚えている。誰にも知られない恩はこっちも忘れてしまうに限る。

 ハンナみたいな子供が一人でいつまでも上手く立ち回るのは、結局のところ無理があるのだ。

 

「一人だけではぐれたんですよね? いつも友達と居たのに? 友達に見放されてさぞ淋しい思いをしていると思いませんか?」


 たった一人で取り残された所に差しのべられた手を振り払うことが出来るのは、どうしようもないドエムだけだ。


「……意外と、ヨウコってイイ性格してるわよね」


 セレットさんが何とも言えない顔をしている。頭のいい美人は好きだ。

 性格については、褒め言葉として受け取っておこう。



 東国は、比較的日本と気候が似ているようだ。

 四季は春と冬だけに大別されていて曖昧だけど、雨は多い。かといって、亜熱帯のような気候でもない。

 峻険な山が多く、大木の深い緑が多く、そして水も多い。


 雨が降るならとセレットさんに持たされたのは雨避けのコートだ。生地も表面に雨避けの呪いを編んでいて、水を弾いてくれるという。そういえば、俊藍のマントも雨に濡れた覚えがない。あれにも雨避けの呪いとやらが編み込んであったのだろう。とても丁寧に作られていたから。

 こちらには雨合羽やゴム製品はないので、雨避けのコートや編み笠で人々は雨をしのいでいるという。編み笠があるからてっきり蓑が出てくるのかと思いましたよ。


 私は雨避けのコートを羽織って森へと入った。

 少し歩くと、木々の隙間にウェンダ青年を見つけたので手を振る。


「見つかった?」


 私に気がついた青年はこちらにやってきて首を横に振った。


「いいえ。でも、ヨウコさんはご無事で良かったです」


 にこりと笑うけれど、言外にお前は屋敷に帰れオーラが漂っている。


「もうすぐ雨が降るよ。たぶん、本降りになったら風邪引いちゃう」

 

 私の助言に少し目を丸くして、ウェンダ青年は、困ったなぁと唸る。


「ザイラスもそう言ってました。雨が降るなら暗くなるのも早いから、早く探さないと」


 厄介なことになるね。


「私は彼女と授業受けてたわけだし、私も探すよ」


「でも…」


 でももかかしもあるか。美形はこれだからいけない。


「じゃあ、探してくるから」


「え!」


 私は慌てたウェンダ青年を取り残して、先ほどポーラに連れていかれた方へと向かった。

 薬草を取った位置で何となく場所を覚えている。

 しかし、会ったのがウェンダ青年で良かった。

 ザイラスはえもいわれぬ頑固さでついてきそうだし、バーリム先生に至っては論外だ。議論するだけ私が不利。


 採った薬草の位置を確認しながら進むと、あの、ポーラに置いていかれた林に抜けた。

 さぁ、ここからどうしようか、と思ったら、頭から被った雨避けコートにぽつりと水滴が落ちてくる。


 やっぱり降り出したか。


 雨は瞬く間に本降りになって、あっという間に辺りを霞ませる。

 暗くならないうちに早く探し出さなければ、ミイラ取りならぬハンナ取りがハンナになってしまう。


 私は目測で、ハンナ達が帰ったであろう場所に見回した。

 同じような木が並んでいるが、獣道を渡り歩いたサバイバル経験が直感めいた閃きをくれる。あの草は私の通ってきた道には無かった。あの木の洞は見たことがある。

 自分がどんどん野生化していっているような気もします。


 もしも帰り道を間違えたのだとしたら、林の入口近くだろう。ここから先は同じような景色が続いているから。

 私は帰り道の目印に近くにあった草を結ぶ。これは敵に印を悟られないための目印のつけ方らしいけど、俊藍は私にこんなこと教えて何がしたかったんだろう。敵って何。


 私は違う方向に見当をつけて歩きだした。辺りを見回しながら、人影や気配が無いかも確認する。

 まだ獣除けのある範囲らしく、何かがいる気配はない。

 代わりに容赦ない雨がコートの上から体温を奪う。

 これは寒いだろうな。


 別に私はハンナを殺したいわけでも苛めたいわけでもない。誰かを虐めたい気分は正直よく分からないタチだ。

 ケンカ売られたら容赦なんかしないけど、それでも殺したいわけじゃない。それは、命を奪わなければならない事態に陥ったことがないからだと思うし、それはきっと、幸福なことだ。


 雨が降ると思い出す。


 あの、震えている大きな肩にかかる、重い重い責任を。


 孤独な背中を思い出して、目を伏せたけれど、視界の端に木陰で震えている人を見つけて思い出を追いだした。

 こんなことは、暖かいスープでも飲みながら思い出せばいい。寒くなるだけだ。


「ハンナ」


 木陰で震えていた彼女は、はっと顔を上げて泣きそうな顔で私を睨んでくる。

 まぁ当然か。

 小奇麗なチャリムドレスは見る影もなく濡れて、自慢の巻き毛も憐れに乱れている。


「さぁ、帰りましょ」


「―――どうして、あんたが来るのよ」


 泣きたいのか、睨みたいのか、ともすれば途方暮れたような顔でハンナは私に向かって唸り声を上げた。けれど、歯の根が合わないほど寒いらしい。温暖な気候とは言え、森の夕暮れはただでさえ寒い。


「ちょうどヨルダさんに助けてもらってね。一足早く帰ってたの」


 私の説明が気に喰わないらしい。ハンナは座り込んでいる木の根を思いきり殴りつける。


「どうして、あんたばっかり! あんたばっかり、良い目をみて! どうして、私がこんな目に遭わなくちゃならないのよ!」


 ハンナは金切り声で叫ぶと、狂ったように地団駄を踏んだ。


「あんたみたいな女、居なければいいのに! 真面目に働くことしか能がなくて、一人じゃ何にもできない馬鹿のくせして、どうしてあんたみたいな女が良い目ばっかりみて、この私がこんな惨めな目に遭わなくちゃならないの!」


 彼女は熱に浮かされたように私を睨む。


「何を言ったって偽善者ぶって何も言い返せないくせに! あんたみたいなグズ死ねばいいのよ! ここから居なくなって! 私の前から居なくなって!」


 誰もが思うことだ。

 こいつのせいで、こいつのお陰で。

 でも、


「どうして、あんたの言うことを私が聞かなくちゃならないの」


 思ったよりも平板な声が出たらしい。

 ハンナはうつむきかけていた顔を上げて、私を丸い目で見上げる。


 ハンナの嫉妬は、ただのきっかけに過ぎないんだろう。


 いつだったか、いつもだったか。いつだって、私は誰かに言われていた。

 何もできないくせに、働くしか能がないのか。それは上司だけではなく、特に同僚から。

 きっとそれに悪意なんてない。代わりに善意もない。

 きっと誰もが自分のためにやってしまう。無意識だからタチの悪い、悪意のない、悪意。

 今までだって、これからだって、誰でもどこでもそんな悪意にさらされる。

 だからといって、何を言われても言い返すことの出来ない大人しい私にも、


「ねぇ、答えて。ハンナさんには賢い頭があるんでしょう? どうしてあんたの命令を私が聞かなきゃならないのか、私が納得いくように答えてみせてよ」


 虫の居所が悪い時もある。


「今日、雨が降るって知ってたの?」


 意識して柔らかく言葉を選んだはずなのに、ハンナが寒さ以外で怯えたように見えた。


「森でもしも置き去りにされたら、どうなるか考えた? 運が悪ければ、きっと死んでいたわねぇ。そうなっていたら、ハンナは人殺し」


 ねぇ、と尋ねるとハンナはびくりと体を震わせる。


「賢いハンナには、分かっていたわよねぇ? 自分の使った言葉がどんなに他人を傷つけて、怖がらせて、殺してしまうかもしれないって」


 美人で、何でもできて、本当に他人を思いやれる人は、想像できないほどの酷い目に遭った人だけだ。

 たいていの美しい人にはきっと、私のような運の悪い人間のことなんか眼中にも入らない。

 それが罪だと言うつもりはないけれど、恨みを買うこともあるってことを覚えておけばいい。


「さぁ、帰りましょう?」


 子供にお説教はもう沢山だ。

 あやすように優しく言って、手を差し出すとハンナは渋々手を取った。


 私は雨避けコートを広げてハンナに半分貸してやることにした。

 置いていくのも見捨てていくのも簡単だけど、それじゃ私が加害者だ。こんな子供と同じことをやるなんてプライドが許さない。


 ハンナは大人しくコートの半分に収まった。彼女は私よりも頭一つほど小さいので、私が頭から抱きかかえるような形になる。

 考えないわけではないだろうか、私は先に言っておくことにした。


「このコートをあなた一人が掴んで逃げても迷子のあなたは帰れないわよ」


 コートの端を掴んでいたハンナの指が震えた。考えてたのか。馬鹿だろ。

 ハンナは深く溜息をついた。

 その息は白い。

 見た目よりもだいぶ参っているらしい。

 早く帰った方が良いと考えたんだろう。素直に彼女は私についてくる。


「―――私は、復讐するまで死ねないの」


 雨音に消えそうなほど小さく、けれど低くハンナは唸った。

 青白い顔とは裏腹に、猫目だけがぎらぎらとしている。


「兄弟は多くて貧乏で、そんな家が嫌で家出してやったのに、あっという間に売春宿に捕まったわ。でも、あとで話を聞いて笑ったわ。親が実の子を売り飛ばしたっていうのよ」


 ハンナは低く笑った。

 それは地の底から這い上がるように低く。


「もう死んでやるしかないと思っていたら、この屋敷に連れてこられたの。チャンスだと思ったわ。私はここを出たら、あの家に復讐してやるの」


 笑いながら話すハンナの瞳に正気の色はない。

 ただ、ただ、深い自分を憐れむ心だけ。


「だから、いつも平和そうにとぼけた顔してるあんたが気に入らない」


 一瞬で現実に戻ってきたハンナが私を見て睨んでくる。

 おそらく、私が自分よりも世間知らずということだけで、気に入らないわけじゃないのだ。

 きっと、彼女は理屈ではわかっているのだろう。

 家族に復讐することも、両親を恨むことも、自分の悲しさが埋められないから口にしているだけで。

 私のもっともらしい言葉が、彼女はこの上もなく嫌なのだ。

 図星が気持ちのいいものじゃないことは、私も知っている。


「ハンナは」


 来た道を辿りながら、私はハンナから視線を外した。


「頭もいいし、容量も良いし、可愛いからどこで働いてもどこに居ても、可愛がられたことしかないのね」


 ちやほやされるだけで虚しいなんて、誰もが言えるセリフじゃない。何も持っていない人間からすれば、人を馬鹿にしてるのかと言いたくなるほどの暴言だ。というか問答無用で崖から突き落としたくなる。


「だから、悲観するほど悲しい目になんか、実際は遭ってないよ」


 悲しいというのなら、復讐を口にする今のハンナが一番悲しいだろう。

 何が悲しくて仇のことばっかり考えて暮らしてないといけないんだ。美味しいもの食べて忘れてしまえ。


 ハンナは泣きそうに顔を歪めたけれど、


「馬鹿にしないで!」


 真っ赤な顔で私から顔を背けただけだった。


 もう少し可愛げがあれば、ツンデレで可愛いんだけどなぁ。


 私が馬鹿なことを考えている間に、見憶えのある場所までやってきた。バーリム先生が集合場所にしていた広場だ。


「ヨウコ!」


 誰かと振り返ったら、ウェンダ青年が慌てた様子で駆けてくる。雨に濡れて好青年ぶりがあがったな。

 振り返る拍子に隣のハンナを見せてやったら、ほっとしたように微笑んだ。


「良かった。心配したんだよ、ハンナ」


 爽やかな笑顔に何と答えたものか困ったように、ハンナは顔を真っ赤にしたまま押し黙る。

 すると、ウェンダはしょうがないなぁというように苦笑した。

……こういうこと、女ってするよねぇ。外面ってやつ。


「よく見つけたね、ヨウコ」


 ウェンダ青年の探るような視線が私に刺さる。

 そうなのよ~運が良かったわ~と私も笑っておいた。ごまかすのは得意な方だ。


「ウェンダ! 見つかったのか?」


 腹に響くような重低音が熊のように森から出てきた。ザイラスだ。誰もいない森で会ったらまず逃げるような顔でこちらを見下ろしてくる。怖いってば。

 ハンナはお愛想を引っ込めて私の影に隠れるし。小さい子って羨ましい。

 ザイラスは私とハンナを見とめると、はーっと息をつく。御苦労さまでした。


「見つかりましたか」


 最後に出てきたのは、眼鏡を外したバーリム先生だった。うお、ドエスのくせに奇麗な顔が眩しい! 雨に濡れて妙な色気まである。恐るべし。


「ヨウコが見つけてきてくれたんです」


 どこまでも好青年なウェンダが矛をこちらに向けてくる。やめてよ。ドエスと折衝する気はないんだから!

 私の思惑の外から、バーリム先生はひたとこちらに視線をやると、いつもエセ臭い笑顔ではなく、しかめっ面を向けてくる。


「あとであなた方には特別に課題を課します。いいですね?」


 やっぱり鬼畜だ。交渉のこの字もない!

 これ以上の妥協はないんだろうから、私は素直に「はい…」と言うしかなかった。

 戦々恐々とする私をひと睨みして、バーリム先生も長い息をついた。


 はーひとまずこれで帰って暖かいスープでも飲めると思ったら、


「ハンナ!」


 乙女には限界だったのか、彼女は私の隣で足から崩れ落ちた。

 思わず抱きとめてみると体が熱い。

 首に触ると、かなり熱が高い。顔が赤かったのは熱のせいだったのか。


 ハンナは自分のお望みどおり、美形たちに心配されながら屋敷に連れてかれました。

 彼女はこのあと三日ほど寝込んで課題もまんまと免れましたよ。


 私?

 私はそりゃあ元気なものでした。薬草の調合を手伝わされたり、バーリム先生の部屋の片付けまでやらされました。


 世の中って無情だ。


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