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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
48/209

崖と薬草

 やっほーっっっ!


 思わずそう叫びそうになりました。

 二十四歳にもなったんですが、この衝動はどうしようもない。

 つーか、久しぶりだよね!


 こんにちは、トラブルさん!


 

 ただいま、わたくし君島葉子がおりますのは、鬱蒼とした森の中。

 たった一人で、道はもちろんありません。

 あっはっはっはっはー!


 森の中なんて久しぶりだよ? 懐かしいとか思いますよ? だって二、三週間はこんな森の中で暮らしてたんだからなぁ!

 派遣社員のお仕事でひーひー言ってた自分が嘘のようです。


 どうしてそんなことになってるのかと言うと、ことの始まりは私が朝から水汲み当番していた時に遡ります。

   





 川もあるけど、食堂の裏手に井戸があってね。今日はそこの水汲み当番だったんだよ。水はもちろん台所の水ガメへ。あの天使美形のスクリームさんが御苦労さまと言ってくれるまで汲まなければならない。女の子相手でも、意外と容赦はない天使さんです。


「今日も精が出るなぁ」


 ようやっと釣瓶を引き上げたところで、黄緑頭の巨漢に声をかけられた。

 目測だけどザイラスと良い勝負の背丈だろう。でも無視できない威圧感はチャリムの上からでも分かるその隆々とした鎧みたいな筋肉のせいだ。印象は厳つい。でもただのマッチョじゃなくてしなやかな印象があるのは、精悍なくせに何だか気品のある顔立ちのお陰だろう。この巨漢も黄緑の髪を肩より長く伸ばして結っているから、短いのは男女問わず珍しいらしい。


「こんにちは、リカインド先生」


 このマッチョ美形、明らかに力仕事の分類だと思うでしょ? 違うんだなー。このリカインド先生はバーリム先生と一緒に勉強会の先生です。得意教科は、私の感覚だと数学。なんかねー難しい名前ついてんですよ。えーと、魔術的観点における自然整理学、だっけ……? 要は、私は苦手だということで。


「毎日、ヨウコぐらいだぞ? 当番真面目にやってるのは。そういや、この前の宿題よく頑張ったな。基礎はちゃんと出来るんだから、今度は応用頑張ろうなぁ」


 豪快に笑うリカインド先生は生徒受けがいい。そりゃそうだ。こうやって出来の悪い生徒にも褒め言葉と一緒に次の課題を示してくれるんだから。滅多に生徒を褒めないバーリム先生はマニア受けだ。

 私は曖昧に笑いながら、釣瓶から桶に水を移す。桶を両手にすでに三往復。けっこう腕にくる。二の腕とか。そのうちたるんでた脂肪が筋肉になるんじゃないか。

 釣瓶をまた井戸に戻すとざぶざぶ音がする。ああ、もう一杯。

 引き上げようと縄を握ったら、横からごつごつした手がぬっと出てきた。

 振り返ったら、リカインド先生がにっと笑って、縄をがっちり片手で握る。


「ちょっと手伝ってやろう」


 そう言われたかと思ったら、ほとんど一息に釣瓶が手元に戻ってくるじゃありませんか!

 おお! すごいな! さすが、その上腕二頭筋は伊達じゃない!

 私が釣瓶を両手で引き上げるのに、リカインド先生は左手一本。

 ちょっとドキドキするわぁ。マッチョって素敵!


 私は感動したまま釣瓶を受け取って、桶にざーっと水をあける。


「ありがとうございます…」


 ちょっと恥じらった風にお礼を言ってしまったのは、乙女の必須技巧…ではなく、本気でドキドキしてしまったから。死んでたはずの乙女回路の生存確認できた気分だ。

 リカインド先生はちょっと笑って、私の頭を大きな手でぐしゃぐしゃやりだした。


「あっはっはっは! 可愛いことも言えるじゃないか。 セレットと一緒に居るからてっきり嫌われてるのかと思ってたぞ」


 苦手なのは、リカインド先生担当の教科であって、先生自身じゃない。

 というか、二十四の乙女の頭を掻きまわすな! せっかくお隣の部屋のエレリアさんに梳かしてもらった髪が台無しだ。本当は結ってくれると言っていたけど、辞退していて良かったのか悪かったのか。


「セレットさんも私も、先生のこと嫌いなわけじゃないですよ」


 大きな手から逃れて何とか髪を整える。

 このあと、バーリム先生の勉強会だから、セレットさんにどやされるわ。


「セレットは、まぁ頭がいいからな。俺たち教師もついつい熱が入るわけよ」


 自分の教えたことを十二分に理解してくれたら、確かに面白いのかも。でもセレットさん、刺繍がものすごく上手いんだけど、その売上のほとんどを勉強のために使ってる。


「ほどほどにしてあげてください」


 そう言うと、「そういえば、ヨウコは二十四だったな」と思いだしたように言われました。ええ、ええ、すみませんね! ガキ臭くて!


「まぁまぁ、怒るなよ。これ運んでやるから」


 リカインド先生は慣れた様子で言うと、さっと水を移したばかりと桶を軽々と持ち上げる。


「ヨウコはノルテ語がちょっと苦手だな。頑張って単語覚えろよ」


 今度試験するから、とリカインド先生。

 語学もリカインド先生です。

 そして、語学も私は苦手です。


 リカインド先生に散々からかわれながら、食堂の台所に続く勝手口の戸を開けると、可愛いチャリムの女の子が待ち構えていた。この大胆な巻き毛、見憶えあるよ。おお! あのお色気フリエルから逃げていった、あの少女たちの一人じゃない。

 今日は食堂の当番らしい。


「……遅いわよ」


 向こうもこっちを覚えていたらしくて(まぁ当然か)不機嫌に台所の横の水ガメを指す。

 でも手ぶらな私に気づいて眉をひそめた。


「悪い悪い」


 私の横から顔を出して、リカインド先生は空気読まないで巻き毛少女に桶を渡した。思わず、と言った風に受け取った彼女は「なんて人なの! 先生に手伝わせて!」的な顔で私を睨んでから、先生にはしおらしく「すみません」と上目づかい。素晴らしい。これが乙女の技よ。


 そして私のことは無視ですよ。まぁ、いいけど。可愛いなぁ。


 そんな様子を不思議そうにリカインド先生が見ていて、


「仲悪いのか?」


と、聞いてくるから笑ってしまった。まーさかぁ。


「いいえ」


 嫌われるほど知り合いじゃないもんで。


 さっき、巻き毛少女に渡した水で充分だったのか、コンロ(窯の上に鍋を置けるようになってて、コンロみたいになってるんだよ)の上で中華鍋(正式名称は知らない)を手際よく返しているスクリームさんに笑顔で「もういいよ」とお許しもらったので、私は晴れてお役御免となった。

 リカインド先生は次の授業の準備をするからと言って、食堂から屋敷に帰っていった。

 そういや、リカインド先生の私室はフリエルの斜め下。……あーまぁ、うん。どうしようもないよね。


 午前中の水汲みが終わったら、あとはバーリム先生の勉強会だけだ。いつもはその後にも当番押し付けられたり、アンジェさんから刺繍習ったりしてるんだけど、今日はアンジェさんも別の当番あって、今日の私に予定はない。

 授業終わったら刺繍の練習でもするか。……なんかね、壊滅的に美術的センスが無くて教えてもらってるだけじゃかなり申し訳ないんですよね。家庭科のお裁縫は大抵、弟に押し付けておりまして。レース編みまで嗜む彼の家庭科のセンスはハンパない。きっと母のお腹の中にそういうセンスを私は置き忘れてきたんだと思います。


 そんなことを徒然考えてたから、食堂から女の子達が睨んでたなんて気付くはずないんですよ。殺気じゃあるまいし。



 スクリームさん特製の昼食後、セレットさんに取っ捕まって、奇麗なチャリムドレスを着せられて(すでに恒例となっている感があります)のバーリム先生の勉強会は、


「今日は、薬草を実際に探してみようと思います」


 参加した生徒を連れて、課外授業でした。

 屋敷をぐるりと囲んでいる森の中で、バーリム先生はドエスの顔に笑顔を張り付けて本を片手にのたまります。


「皆さんはこれまで、薬草を本の中で学んできましたが、実際の薬草に触れ、扱ってみてこその薬草学です。これまでの成果を試すつもりで、この森の中から薬草を探してきてください。二十種類ほど」


 ちょっとまてぇえええい!!!


 そりゃ確かに五十や百ぐらいは覚えて(覚えさせられた)るかもしれないけど、あんた、いきなり素人に森の中で探してこいとか!

 やっぱりドエスはドエスだ。

 ザルと教科書代わりの薬草の初歩本を持たされて、生徒はみんな唖然としてるのに、この人めっちゃ笑顔だもの。鬼畜はお母さんのお腹の中に人の情を忘れてくるようです。


「本と授業で、薬草の特徴も生態も教えましたね? さぁ、暗くならないうちに行ってください。寅の刻になったら私が笛を吹きますから、ここへ戻ってきてくださいね」


 森の中とはいえ、現在、森の出入り口付近だ。木の葉の向こうに屋敷が見える。

 バーリム先生は自分の足元に置時計を置いた。ねじ巻き式の時計が刻んでいるのは昔懐かしい十二支だ。こちらでは十二支ではなくて、十二聖獣というらしい。十二支のおとぎ話で猫が仲間に入れなかった話が出てくるけど、こちらの世界で入れなかったのは人間だ。そこら辺はなんか複雑な愛憎劇が繰り広げられていて、ウエってなったんだけど、時間の列に入れなかった人間は、巡る時間と輪廻に支配されているんだってさ。

 でもまぁ、普通に暮らしてる人たちは日が昇ったら起きて日が沈んだら寝るみたいな生活なんだけど。


 まぁ、不満タラタラでもやるしかないから、無慈悲に森の中へ放り込まれた乙女たちはみんなめいめいに探索を始めた。


「ヨウコと一緒なら楽勝だわ。ねぇ?」


 セレットさんに腕を組まれて豊満な胸が腕に当たってると鼻の下を伸ばした私をお許し下さい。

 いや、でもねぇ。俊藍と魔女に叩きこまれたとはいえ、特殊な環境だったし、この森の地域に見知った薬草が生えているかも分からない。そういや、この森って東国の北になるのか南になるのかすら知らないわ。


「じゃぁ、私たちも一緒に探していい?」


 近寄ってきた女の子たちは顔馴染みの少女たちだ。セレットさんは気前よく「いいわよ」と微笑む。お姉さんだわ。

 少女たちに囲まれて、薬草探索。薬草摘みっていうのがあれだけど、女の子に囲まれてるなんて幸せ。


 私は少女たちが見つけてきた薬草らしきものを判別する役目になりました。彼女たちが一生懸命に見つけてくる薬草や毒草(薬草とよく似てるからね)を一人一人に丁寧に教えてあげる。「わぁ、すごーい」なんて歓声あげられると、魔女にちょっと感謝もしてみたくなる。ありがとう! 私、今すごいモテてる気がする!


「ねぇ、ヨウコさん。こっちにも薬草があるみたいなの。ちょっと一緒に探してくれない?」


と、女の子に言われたら、ほいほいついていっちゃうよね。幸せでほくほくしてたしね。


 しばらく、その女の子と一緒になって木の根を探して歩いていた。その薬草ってのが、特定の木の根元にしか生えないやつで、彼女に連れられてきた場所にはその木が群生してて、目当ての薬草はすぐに見つかるかと思ったんだけど、


「………あれ?」


 気がつくと、辺りには誰もいない。


「ポーラちゃーん」


 さっきまで一緒にいたはずの女の子の名前を呼んでみる。返事はない。

 彼女と二人きりで連れてこられたから、セレットさんの姿もない。


 嫌な予感がする。


 うーん。

 いや、しかし。

 でもなぁ…。


 悩みながら歩いていたのがよろしくなかったらしい。

 あっと思った次の瞬間には、足を滑らせていた。


 ずささ!


 滑ったけれど、もこもこした草に助けられて腰をやんわり打っただけに留まった。うんざりして見上げると、今までいたはずの森が一段高い崖の上にある。滑り込んだここは幸い平地になっているけど、この崖を登るのはちょっとしたロッククライミングになりそうだ。


 考え込んでいた私の上から、女の子たちの笑い声が響いてきた。

 見上げる木々の影から出てきたのは、三、四人ほどの女の子たち。

 くすくす笑う彼女たちの中に、ポーラちゃんも居る。


 あら。嫌な予感。


「よく分からないって顔ね」


 女の子たちの中から出てきたのは、あの巻き毛の少女だった。つり上がった猫目を細めて、猫みたいに笑う。


「ここは、お屋敷の敷地の一番端よ。周りに獣除けの呪いがしてあるけど、一歩でも外を出たらこことはまるで違う森になっているんですって」


 なるほどな。どうりで、この森には鳥以外いないと思った。獣を除けるのに、特別な呪いを使うらしいが、他にも方法はある。音を鳴らすこと、それから火を絶やさないこと。これは、俊藍との旅では日常茶飯事だったことだ。大抵の獣は火を怖がるという。てか、ほとんど俊藍任せだったから、どんな獣が居るかすら知らないよ。


 顔をしかめた私の様子を、巻き毛の少女は楽しそうに見て笑い、他の女の子達もそれに倣った。


「怖い? そうよね。あんたここへ来たばっかりだものね」


 怖いというより、不安だ。何せ今の私は水色のチャリムドレスに、薬草とザルと薬草学の本一冊を手に持っているだけ。ちゃらちゃらしたイヤリングと細いカンザシは役に立ちそうもない。


 巻き毛少女は笑っていたかと思えば急に目を吊り上げて、口を曲げた。


「どうしてあんたみたいな女を先生たちやアンジェ達が構うのかわからない! あんたなんて、ここに相応しくないんだから!」


 そう言い捨てて、さっと彼女は身をひるがえす。


「せいぜい迷って泣くといいわ。あんたなんか、森で迷って居なくなっちゃえばいいのよ!」


 巻き毛少女の捨て台詞を残して、女の子達は彼女に続いて去っていく。

 崖下の私は当然、放置。


 うん、ちょっと女を見誤ってた。ふた月も野郎に囲まれて過ごしていたから勘が鈍ったか。

 この森から出たら、まずあの美形共に文句の一つも言ってやろうと、私は心に決めた。



―――こんな感じで、私は森に放り込まれたわけです。



 神様、仏さま、ちょっと対人運だけでも上がるようにしてもらえないだろうか。




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