畑とねずみ
あいにくと、ごちゃごちゃ考える頭を私は持っていない。
いくら不吉な予感がするからといって、身構えてばかりではお腹も膨れない。
というわけで今日の当番は、不人気ランキング第二位の畑作業です。
歓迎会の後から、なんだかお姉さん達に捕まっちゃあ、フリフリのチャリムに着替えさせられそうになるんで、勉強会とご飯食べる以外は衣裳部屋に近づかないようにしています。(勉強会前はセレットさんに捕まるんだよ)
美女は三日で飽きるってのは嘘だね!
もてあそばれるようになって三日目だけど美女にかまわれるのは嫌じゃない。
着せ替え人形は勘弁していただきたいのですが。
そんなわけで、私は今日も当番をあくせくこなしているわけです。格好はもちろんおばちゃんチャリム。
食糧なんかは大半買うんだけど、こうして作れるものは屋敷の裏にある畑で栽培してるんですよ。
今の時期はムンクの叫びみたいな顔した果物がなるらしくてゴロゴロしています。
このムンク、人の顔の形していてかなり気持ち悪いうえに割ると青いんですよ。どこぞの極彩色なケーキじゃないんだからさぁ、食欲落ちるよね。まだ警戒色の赤のがいいです。さすがの地元民(異世界の人)も食欲がわかなかったらしくて、この実はサルっていう雑穀で作ったお酒に漬ける。漬けてみるとあーら不思議! これが私の大好きなピンクのお酒になる。どんな科学反応してるんだろ……。
しかもこのムンク、スイカみたいになるんです。スイカって芋づるみたいに大きくなって、茎の根元になるじゃない? それが今はムンクの叫びの顔が畑一面に転がっている。
夢に見そう……。
確かに嫌だ、この作業。ちょっとしたホラーだよ。
これなら畑耕して腰痛めた方が良かったかも。
この前トマトもどき(こちらは紫)の時期が終わったんで全部抜いたから、そのあと耕して休耕地にするんだけど、それはこの畑担当のお兄ちゃんがやっている。
ふとそっちを見たら、すでに作業は終わっていた。
お兄ちゃんはというと、クワを片手に畦でのんびり煙管吹かしてる。
今日の当番は収穫だから、もう一つの畑にある小さな花びら形の果物(これみかんの味するんだよね)の収穫に他の当番は行っちゃってる。だから、このホラー畑には私一人。
ムンクの収穫も子供一人ぐらいは入れそうなカゴがいっぱいになれば終わりだから、今手に持っているムンクを放り込めば終わりだ。
あー、この作業も腰にくる。
腰をとんとんやって、カゴを持とうとしたら肝心のカゴが無かった。
目で追ったら、私よりもひょろひょろした畑担当のお兄ちゃんが持っていこうとしていたところだった。チャリムを腕まくりした腕は色白で細い。うっかりしたら折れるんじゃないかってほど。でも意外と軽々とカゴの紐を肩にかけると畦まで持っていってしまう。
「ヴェイユさん! 私が持ちますってば!」
あとを追いかけると、のんびりとクリーム色の頭がめぐって私を見下ろしてくる。ホントここに居る男は背が高いな。
「ここはもういいから、他の子たちにもう終わりって言ってきてくれる?」
このヴェイユという、のんびりと微笑んで眼鏡をかけている人からはまず畑仕事を連想できない。背は高いのかもしれないけれど、ひょろひょろとしているから威圧感がなくて年齢不詳、チャリムを腕まくりしたらそれはそれは白い腕。首の後ろで一つにしているクリーム色の髪も相まって、いつも陽だまりみたいに温和に笑ってるから、彼を見て力仕事を想像できる人は少ないだろう。でも畑仕事は好きらしくて、日がな一日、畑に入り浸っている変わり者だ。
「……わかりました」
ヴェイユさんはここに居る美形共とは少し違う美形だ。ヨアヒム先生みたいな華やかな美形と違って、中身がのんびりとしているから整った顔があんまり気にならない。だからか、何となく抵抗感が薄れるようだった。
歓迎会の日から、美形たちは何となく私を見張っているようだった。
私が何となく感じる程度の監視なんで、本当に見てるだけなんだろう。きっと、あの有害銀髪が何か言ったに違いない。あのお綺麗な顔を一発殴っておけば良かった。
それに、あの有害銀髪、ハイラントの言った通り、ここから逃げきるのは無理だ。
私一人ならば、きっと逃げることは何とか出来るだろう。
けれど、あの有害銀髪が何か企んでこの屋敷を作ったと分かった以上、私一人で逃げるわけにもいかない。
でも、はたして彼女たちに、それを説得することができるだろうか。
アンジェさんは言った。
彼女たちは立場や生活が違えど、外界で傷を負ってここに来たと。
そんな彼女たちに、今、再び外へ飛び出そうと言えるだろうか。
最長でも五年ここに居れば、自然に出ていけるというのに、ここで一人解放運動をしたところで、とんだ茶番になってしまう。
見えてきた畑では、すでに収穫を終えたらしい二人の女の子が畦でおしゃべりに花を咲かせていた。
「ねぇ。もう終わっていいって」
私が声をかけると、「ありがとう」と笑ってくれる。彼女たちはまだ素直な方だ。
再び、おしゃべりに戻ろうとするので、私は彼女たちの収穫カゴを引き受けるとことにした。
「……ミーメ達ってさ、ここ、好き?」
出ていこうと思った? とは聞けなかった。
彼女たちは特に不審に思わず応えてくれた。
「うん、好き。こんなチャリムドレスが着られるんですもの」
鼻にそばかすの浮いた優しげな面差しのミーメは穏やかに言う。
「ここに来るまでは畑を耕すばっかりで、お洒落に気を使ったこと無かったから」
彼女はまだ十六歳だ。お洒落をしたいお年頃。
「私も。ここは誰も意地悪言わないし」
先生たちも優しい、とはにかんで笑ったのはちょっとふっくら丸い色白のテト。彼女も十六だという。
「そっか」
彼女たちは勉強やお洒落をするよりも働くことが優先の生活で、まるで早々と大人になってしまったかのようだ。あまりに短い少女時代。
楽しそうに笑うミーメやテトに、何があってここに来たのか、私は聞くことはできなかった。
私は彼女たちのカゴを持って、畑の側の掘っ立て小屋に向かう。
ここの倉庫に収穫したものを積んでおくのだ。
こんなところにまで泥棒なんて来ないからカギはかけられてない。
勝手に倉庫を開けて入ろうとすると、中からタイミングを計ったように戸が開けられた。
「ご苦労さま」
本人は意識していないのか、微笑みながらヴェイユさんは自分の腕を差し出してくる。貸せということか。
断る理由もないから私は「ありがとうございます」と素直にカゴを渡す。ヴェイユさんはカゴの中身を確認しながら、
「働き者だねぇ。子ねずみちゃん」
「……ヨアヒム先生のマネをしないでください」
美形からとはいえ、二十四にして不本意なあだ名をちょうだいしたものだ。誰かに謹んで進呈したい。
ごめんごめんと謝りながら、あんまり悪いと思っていない顔でヴェイユさんは苦笑する。美形嫌いになりそうだ。
「でも可愛いじゃない? 子ねずみちゃん」
「私は嫌です」
派遣社員でやっていくためには嫌なことは嫌とはっきり言えることなんだ!
要領の悪い私でも、これぐらいの社会人らしさはあると思う。
「じゃあ、子猫ちゃんに訂正してもらう?」
常識ってなんだろう。
「嫌です。私は葉子っていう立派な名前があるので」
誰が子猫ちゃんだ。どこのホストのセールストークだよこれ。
「そんな顔しないで、小鹿ちゃん。拗ねても可愛いだけだよ」
ちょんと、鼻の頭をつつかれた。
ぐわあっ!
仰け反りそうになるのを堪えたら、ヴェイユさんは笑って、もう帰っていいよと言い残すと倉庫の中へと消えていった。
美形退散!
私は鳥肌の立った腕をさすりながら屋敷に戻る羽目になりました。くそ。