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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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歓迎会と予感

 夕暮れに近づいた頃、私はようやく化粧台の前から解放された。

 ええ、まぁ私ほどになるとお化粧も特殊加工が必要なのです。

 手拭いやら出てくるからお化粧も時代劇みたいなおしろいかと思うでしょう? ところがそこは西洋文化満載で、面白いことにチークやマスカラもどきまであるんですよ。グロスが出てきた時には一瞬異世界だということを忘れそうになりました。


 仕上げとばかりに繊細な長い飾りのついたイヤリングをつけられて、さぁ出来上がり! と美女が満面の笑顔で言ってくれました。

 鏡の中には、いったいどなたですかと問いたくなる私の姿。

 澄んだ蒼のチャリムにあえて飾りはつけず、足りない髪を奇麗に結いあげて華美じゃないけど複雑な編み込みとかんざしで飾り、特殊加工のお化粧で平凡な顔が恐ろしく魅惑的な顔になってて、飾りと房のついたイヤリングがちりんと鳴る。厩掃除してた指は先まで磨かれてマニキュアが光り、紐を巻きつける形のピンヒール(そうなんだよ。ハイヒールがなんとあるんですよ)、チャリムの控え目なスリットから見えるのは今まで七分丈パンツに隠れてた私の大根足。……ドレスの時は紐パンでいけと命令されまして…。どんなお色気抜群な仕打ちだよ! そういうお姉さん達は力仕事をしない限りは惜しげもなくその魅力的なお御足を披露している。こちらは目の保養です。

 アンクレットまでつけられて、さぁ行けと言わんばかりに姿見の前に立たされると目を覆いたくなる。勘弁して。

 私だとわからない、かつ、足を見なければ、姿見には清楚で年齢不詳の美女が立っていた。


「やっぱりねー。ヨーコ細いから白い足が眩しいわ!」


 特殊加工のお化粧を施してくれたリアミスさんは満足そうにしきりに頷く。

 うんうんと一緒に頷くのはアンジェさん。

 わたくし肉が足りないんです。申し訳ない。こんな魅惑のビフォーアフタでも蠱惑的になれない貧相さで。

 しかも最近、運動量がハンパないから筋張っている。  

 

「そろそろみんな揃ったんじゃないかしら? 急ぎましょ」


と、セレットさんはチャリムを脱ぎ出した。

「そうね」と他の美女も着換え出す。

 お風呂では遠慮してるのに、うっかりその豊満な肉体美を鑑賞してしまいました。すごい……これが紐下着の真骨頂。

 思わずごちそうさまですと頭を下げそうになりました。


 皆さんはそのままで十分お綺麗なのでお化粧も手早いです。彼女たちはそのナイスバディを惜しげもなく顕現させて、地味なチャリムから胸元に窓のついてるチャリムをお召しです。


 いかん。鼻血が出る。


 それは生物学上女という性をいただいているからして、色んなものを踏み外しそうなのでこらえました。

 私は幸せいっぱいに美女三人に連れられて、食堂へと招かれました。もうお腹いっぱいなんですけど。



「ようこそ! ヨーコ!」



 一発ギャグではありません。

 この不思議な屋敷に住んでいるほぼ全員が集まって、私を迎えてくれていた。立食パーティなのかお酒や料理が所せましとテーブルに置かれ、食堂の真ん中に作られた広間にはここの入寮生たちと美形が思い思いの正装で、歓迎ムード一色。

 ここまで歓迎されたことないから、一瞬引き返そうと腰が引けました。

 でも美女三人に促されるまま色とりどりのお料理満載な上座に座らされて、見憶えのあるピンクのお酒を注がれましたよ。


 おお、これはあの社長の苦手な美味しいお酒!


 あれからこの方、俊藍に見張られてお酒とはとんと御無沙汰だったので、嬉しくて顔を綻ばせると、


「気に入っていたようですので」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、彼の正装なのだろうか。白い詰襟の有害銀髪が胡散臭く微笑んでいた。

 テンション下がるわぁ。

 同じグラス手にしてるから、もしかしてさっきお酒持たせてくれたのはこの有害銀髪なのだろうか。うげぇ。

 とりあえず笑顔で「ありがとうございます」と言っておいた。空気を読むのは日本の社会人の必須技巧だ。


「じゃぁ、乾杯しようか! ヨーコ」


 私の座らされた隣に立って、豊かな胸を張ったのはアンジェさん。艶のある黒チャリムがとても良くお似合いです。

 でも、乾杯の挨拶なんてやったことないよ。

 

 けれど、これは私の歓迎会なのだと聞かされている。

 一応、音頭はとっておくべきだ。私はピンヒールでこけないように立ち上がる。


「えーと……七日前にここに越してきました。ヨーコと申します。不束者ですがよろしくお願いします。では、皆さんの幸福と私の前途を祈って! 乾杯!」


 大歓迎だよ、子ねずみちゃん! とか笑いが起こったけど一斉にグラスが揚げられる。

 

 挨拶が終わってガヤガヤと宴会が始まった。ほっとしたら、アンジェさんが微笑んでくれた。ああ、何とかうまく出来たのかな。


「ほんとにアンタは面白い子だよ。これから、改めてよろしくね。ヨーコ」


……まずいことは言ってないはずなんだけど。社会人として語彙が危ないのは自覚している。

 でも、優しく笑ってくれたアンジェさんと、ここに居るみんなの気持ちが心地いい。


「やぁやぁ! 子ねずみちゃん。見違えたよ!」


 華やかに上座の前にやってきたのは言わずもがなのヨアヒム先生だ。彼のお召し物は彼にしては地味な部類だった。有害銀髪と同じような深い青紫の詰襟だ。この詰襟、肩に房やら細かい装飾はついているけど、ヨアヒム先生が普段着ているものより静かめ。色は違うけど、ここに居る美形たちはみんなこの詰襟のようだ。


「特殊加工のお陰です」


「素直にありがとうと言いなさい。奇麗だよ」


と、珍しくヨアヒム先生はテンションを下げたかと思えば(普段が高すぎる)私の手をとって、映画俳優のような美しい所作で恭しく掲げると、指先に触れるか触れないかというほど唇を近づける。


 っぎゃあああああああああ!


 叫びは心の中で上げておく。

 マナー教室で習ったんだけど、淑女にご挨拶するとき、紳士はホントに手に口づけたらダメなんだってさ。それは恋人にすることであって、マナーとしては違反らしい。

 だから、ヨアヒム先生はまごうことなく紳士のご挨拶を体現してくれてるわけだけど……こ、これは心臓に悪い。小心者には耐えられません。


 カチコチになった私にふっと笑うのやめてもらえませんかね。腹立つ。

 ヨアヒム先生の場合、形はいいんだけど普段がうざいぐらいのハイテンションだから、急にこんなことされると動悸がする。くそ、美形なんか滅びろ。


「うわぁ、ヨーコさん。ほんと、お綺麗ですよ」


 にっこり覗いてきたのは、ウェンダ青年。彼も詰襟がよく似合う。この子は美形の中でもまだ可愛げがあるからマシだ。

と、思ってたのに、ヨアヒム先生にならって紳士のご挨拶。私の顔が目も当てられないほどひきつっていたのに……こいつ、意外と腹黒かもしれない。


「他の者たちは、主賓にご挨拶をするのが遅れそうですね」


 その様子に呆れながら顔を出したのはバーリム先生。

 この人は私に「奇麗になりましたね」と微笑んでくれただけだった。ああ、意外と常識あるよ。このドエスは。


「なんだい。また娘たちが囲んでいるのかい? しょうのない子たちだ」


 アンジェさんは会場に出来ている幾つかの人の輪を呆れながら眺める。

 精一杯着飾ったんだろう、乙女たちにきゃいきゃい囲まれているのは、頭一つも二つも出た詰襟の美形たちだ。宴会とは言っても裏方もいるから数は足りないが、遠目にもミーハーな彼女たちを騒がせるには充分の男前っぷりだ。


「いいんですよ。楽しければ。いい目の保養です」


 美形に女の子に妖艶美女たち。これ以上ないぐらい煌びやかな宴会だ。

 久しぶりに飲むピンクもお酒も相変わらず美味しい。


「アンタが楽しいならそれでいいさ」


 アンジェさんが微笑んでくれるなら、私もそれでいい。

 

 彼女が料理を取ってきてくれるというので場を離れると、やはりここに避難していたらしい美形三人は乙女たちに連行されていった。おーおー、あしらい切れないウェンダ青年はもみくちゃにされている。いい格好だ。

 けれど、あれだけここの乙女から憧れられているにも関わらず、私の隣でぼけっと立っている有害美形を乙女は誰も連れて行こうとしない。というか、誘われてもこいつがやんわり、きっぱり断っていた。何故だ。なぜ、あんな可愛い顔で可愛い格好した女の子に誘われて断れるんだ! やっぱり鬼畜かこいつ。


「ここの生活はいかがですか?」


 私の周りに誰もいなくなったことを確認してから、有害銀髪はにっこり問いかけてきた。

 でも、にっこりしながら、目は笑ってない。


 いつもの有害銀髪だ。


 私はお酒を舐めながら、妙に冴えた気分で足を組んだ。


「快適ですよ。お酒は飲めるし、女の子いっぱいだし、食事に毒も入りませんしね」


「それは良かった」


 くそ。嫌味もにっこりかわされた。やっぱり鉄仮面だわ。


「それで、ここはどういう場所なんですか?」


 平和で、楽しくて、けれど、ここはどこかおかしい場所だ。

 どれほど周囲の人が良い人ばかりでも、私の不信感はぬぐい切れない。


「……あなたは、頭の良い方だ」


 いつか、俊藍にも言われた言葉だったので、思わず有害銀髪を見上げた。

 彼は宴会会場を目を細めて見つめている。それは憐れみのような、侮蔑のような、そんな眼差しだった。


「頭が良過ぎる」


「……そんなことを言われるのは二回目です」


 馬鹿にしてるのかと睨むと、銀髪は少し笑ってこちらを見下ろしてくる。

 冷たい視線が少し柔らかくなって、痛みに耐えるような顔になってしまっている。

 華やかな顔なのにもったいない。


「あなただから言いましょう。あなたは自分でここを出ることは出来ない」


 胡散臭い笑みはない。だから、これは嘘ではないのだろう。

 だが、出来ないと言われるとやってみたくなるのが人間だ。


「手段を考えつかないとでも?」


 わざと挑発するように言ってみるが、銀髪は首を横に振っただけだった。


「あなたはここを自分で出ることは出来ない。アンジェの言ったことはある意味正しい。ここは、行きたい場所に行くために、彼女たちが魂を安める場所です。あなたには、ここに居てもらいます」


 魂を安める場所。

 今まで苦しい人生を歩んできた彼女たち。そんな彼女たちを癒す場所。


 いったい、何のために?


 けれど、銀髪の顔を見ていてここの違和感がようやく分かった。

 彼女たちには、夢がない。

 

 よく学生にあるような、あれがしたいこれがしたいというものがないのだ。ここでは外へ出る以外のことは何でも叶う。

 勉強会、マナー教室、今日みたいな華やかな宴会。当番だって日々を飽きさせないためのイベントだと思えば、たとえサボったりしても厳しく叱ったりしないことにも肯ける。

 足りないものがあるのなら、やりたいことがあるのなら、この銀髪に言えばたいていのことは何でも叶うようになっている。


「どうしても出ていきたいとおっしゃるのなら」


 有害銀髪は、それだけで有害になりそうな美しい碧眼で私を射抜くように見つめた。



「私の妻にでもなりなさい」



 さざ波のような宴会の熱気も談笑も、すべて消えたような気がした。彼らは誰も私たちの会話を聞いていない。


「ただし、一生、私の屋敷から出られません。それでもよろしいのなら」


 最後に有害銀髪は、ここでは定番になっている胡散臭い微笑みを張り付けた。


「大事にしてさしあげますよ?」


 私は怒鳴ることを忘れて、もっと別のことに気が付いた。


 あの、美形たちが着ているのは、いつか城で見た、護衛官の制服に良く似ていることに。



「―――あんた、何をしようとしているの」



 碧眼が静かに私を制した。


 これ以上喋るなというのだろうか。


 ろくでもないことが起こる予感がする。

 悲しいことに、私のこういう予感は外れたことがない。


 本当に、悲しいことに。


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