掃除と変身
本日の仕事は騎竜の世話。グルーミングして餌やりして厩の掃除をする。これが一番乙女たちに嫌がられる仕事だ。
でもまぁ、ここの騎竜は気位高そうだけど大人しいし、淡い水色の髪が印象的な馬丁の青年も気のいい好青年だ。今更だけどこの世界の髪や瞳の色はホント色とりどりだわ。
「ヨウコさん。あとは俺がやりますよ」
今年二十歳になるという青年はにっこりと笑って私の持っていた藁屑と糞の入ったチリトリを奪っていく。どうやら騎竜たちの運動を他の馬丁に任せてきたらしい。専門はこの好青年だけど、騎竜は全部で十頭もいるので、世話は庭師も教師も入り乱れて当番制でやっている。だいたい三人が世話の当番について、厩のそばにある演習場に騎竜たちを放して交代で運動させていく。
たいていの娘っ子達は彼らについて騎竜たちを撫でに行くのだが、バリエーションに満ちた美形たちにも、どこか人を見下した騎竜にも大した興味が無くて私は掃除の仕事に専念している。
「ありがとう。ウェンダ。でも、これ捨てれば終わりだから」
「そうですか? じゃぁ、そろそろ騎竜を連れてきますね」
笑顔だが、好青年、ウェンダはあっさりとチリトリを私に返して厩を出ていく。
近頃思うのだが、美形たちはどんなに娘に好意を寄せられても決してなびくことはない。やんわりと、それでいて厳格なまでにいわゆるお友達の態度は決して崩さない。だから、見た目に娘達は騒ぐけど、どの子も彼らと恋が実るなどとは思わないようだった。アイドル追いかけてるミーハーと一緒だ。二十歳過ぎたお姉さんたちはもう一つ上手で、美形たちを誘惑するようなことを言うけれど、弄ぶだけでその実、関係があるわけではないようだった。
要は、彼らは観賞用なのだ。
まぁ、一週間やそこらで内実がわかるわけじゃないんだけど、ここは外界とは違う絶対的なルールがあるらしかった。
敷地の外に出てはいけないことに加えて、男女の関係を持ってはいけないということ。
厩の片づけを終えると、タイミング良く騎竜が手綱を引かれて帰ってきた。
同じ厩掃除当番の娘はすでにウェンダに言われて仕事を終えたらしい。騎竜を引いてきたのは、三人の美形だった。
「やぁ! 働き者の子ネズミちゃん!」
誰がネズミだ。この野郎。
華やかに言い放ったのは、ゆるやかなウェーブを描いた緑の髪が美しい派手な美形だ。普段着だという格好も派手で、本日のお召し物は品のいい飾りのついたエメラルドグリーンのチャリム。クジャクだなこの人。
「今日も地味だねぇ。いけないッ! 駄目だよ! 若さの損失だよ! 若くて美しいんだからもっと着飾らなければッ!」
今日も滑らかなこの口達者はマナーの先生だ。まぁ、地味な紫チャリムのおばちゃんスタイルの私だから地味と言われて反論はない。でもこの先生、口も動かすけど、騎竜を三頭も連れてそれをちゃんと厩に帰していくんだから侮れない。
「うるさいぞ、ヨアヒム。ヨーコが仕事を終えられないだろう」
マナーの先生、ヨアヒム先生の後ろからぬっと顔を出したのは強面の美形だ。庭師らしいけど、背の高い美形連中の中で一番デカくて、いつも渋い色のチャリムを着こんでいるしガタイもいいから、十代の娘っ子からは怖がられている。二十代のお姉さん達からは不機嫌な顔が色っぽいという評価だった。私には強面のおっさんにしか見えないから微妙だな。短く刈られた焦げ茶の髪が一房だけ長くてそれを三つ編みにして垂らしているから、この熊みたいな美形が毎日三つ編みしているのかと思うと、結構笑える。
思わず想像して笑いそうになった私を、強面は不思議そうな顔で見下ろしてくる。くそ。なんか腹立つ。
「ザイラス。あなたも同じことをしていますよ」
ザイラスさんの更に後ろから馬丁のウェンダと一緒に騎竜を連れてきたのは、眼鏡の良く似合う落ち着いた色のチャリムの美形だ。この国でレンズは珍しいんだけど、あるところにはあるらしい。鳶色の髪で一見さして目立たない感じなんだけど、顔の造作は誰より整っている。でもね、
「お疲れ様です。ヨーコ。昨日の書き取りの宿題はもう終わらせましたか? 明日の勉強会ではあなたをあてますからね」
そう。この御方こそ何を隠そう、あのドエスのバーリム先生だ。明日の歴史の授業の宿題をまだ終わらせていないことを何故知っているんだ。勉強というものか遠ざかって早幾年。若い娘の脳細胞には追いつけないことが多々ある。それに苦手なんだよねぇ。あのひたすら年号覚える作業って。
「バーリムさん、ヨーコをあまり脅さないでくださいよ。彼女はいつも薪割りなんかさせられているんですから」
いらないことを言うな、馬丁の青年よ。
ほら見ろ。案の定、この美形共に上から見下ろされる羽目になったじゃないか。ここに居る美形共は何を食べているんだか、女子の中で一番背の高いはずの私を見下ろす長身ばかりだ。
「道理で、よく外で見かけると思ったよ。子ネズミちゃん」
ヨアヒム先生が納得顔で長い指で自分の形のいい顎を撫でる。
そうなんだよ。やっと女の園に入ったと思ったら、外の力仕事ばっかりやってるせいかこんなむさくるしい男とばっかり喋ってる気がする。ギブミー女の子。
「でも、安心して! 今日は目いっぱい着飾れるからねっ!」
晴れやかな笑みで言われて、ああ、と思い出した。
そういや今日は、私の歓迎会なるものをやるらしい。
らしいというのは、今朝の朝食でいつも私に仕事を回してくる女の子たちのグループが聞いてもないのに教えてくれたからだ。
隣で食べていたアンジェさんが仕方ないなぁという顔をしていたから、どうも私には内緒だったらしい。
一緒に食べていた二十三歳のお姉さん(私より年下だけど明るい紫の髪の美女)も苦笑してたけど、当番の仕事が終わったら衣装部屋に来いと耳打ちしてきた。
私の歓迎会なのに、どうして私が着飾られなければならないんだ! どうせやるなら着飾ったお姉さんたちに囲まれていたい。
女の子たちが言うには今日はこの美形も正装するし、なんとあの有害銀髪、ハイラント様もお見えになるという。来なくていいよ。うん。でもまぁ、それに合わせて女の子はみんなお洒落するみたいだし、それを楽しみにしておこうではないか。
当番ばかりの私に同情したのか、早く行けと美形たちに促されて、衣裳部屋に渋々行くと、待ってましたと言わんばかりにお姉さん達に連れ込まれた。下着や寝巻き以外のみんなのチャリムとか装飾品は盗った盗らない問題が起きないように一塊に保管されてるんだってさ。だから着替えは前の晩にお風呂に行く前にみんな好きな服を取っていく。誰それが買ったチャリムドレスが可愛いならみんなそれを着まわしてたりするから、自分のものって言うよりみんなものって意識が結構強いのかもしれない。私は自分の地味なチャリム着てるけどね。誰も取らないし。
あっと言う間に衣裳部屋の奥にある鏡台の前に座らされたかと思ったら、三人の美女に囲まれて思わず委縮。だってさ、みんな種類違えどナイスバディのお姉さんだよ?
「やっぱりヨーコには淡いとろけるようなピンクが良いと思うわ」
そう鏡の私を見比べながら言ったのは暗灰色の髪が腰まである切れ長瞳の美女、リアミスさん。眠たげなその悩ましい美貌と違い、口調も発言もはきはきしている、ちゃきちゃき美人だ。
十代の娘たちは二人で一つの相部屋だけど、二十歳過ぎたお姉さん達には個室が与えられていて、このキッパリ美人は私の隣室。気の強いところがあるけど、初めて会った時から何かと面倒を見てくれるお姉さんだ。でも二十二歳。
「何を言っているの、リア。この美しい黒髪をご覧なさいな。燃えるような赤が良いに決まっているでしょう?」
鮮やかな紫の髪を耳の横でばっさりと切った丸い瞳の美女はゆったりと微笑んだ。このセレットさんは穏やかな性格でにっこりと笑うとバラが咲き誇るみたいで癒される。まだ二十歳でこの色香ってどういうことなんだろう。
「そうかねぇ。アタシは薄水色がいいと思うけど」
この美女二人と問題なく並ぶのは、言わずもがなのアンジェさん。官能的なご容姿なのに、豪快なところもまた素敵だ。
彼女たち見てると、女って名乗るのやめようかと思いますよ、私。
「ねぇ、ヨーコはどれがいい?」
ここにきて、ようやく私の着るチャリムドレスの色を相談していることに気が付きました。
「……いや、まぁ何でもいいんですけれど」
「またそんなこと! せっかく奇麗な白い肌しているんだから、ちゃんと奇麗にしなくちゃ!」
何故か憤慨したのはリアさん。
今まで騎竜の厩の掃除していた手は日に焼けて節くれだっている。顔だって相当焼けたはずだ。ろくに化粧もしてないし、日焼け止めなんて塗ってない。日差し対策は編み笠だけ。幸いチャリムが長そでだから腕はそれほど焼けてないけど、やっぱり日本に居た時よりも焼けている。健康的って言えば健康的な顔だ。
「顔も小さいし、髪はちょっと短いけどセレットほどじゃないしね。奇麗に結ってあげるから、今日は黙ってお姫様になりなよ」
アンジェさんの言葉にセレットさんはちょっと笑って、
「そうよ。今日の主役はヨーコなんだから。お料理食べるだけじゃ物足りないでしょ? 鬼教官たちやハイラント様の度肝を抜いてやりましょうよ」
セレットさんも私と同じように勉強会に参加しているお仲間だ。彼女は学校に行く機会がなかったということで真面目に勉強しているのだが、優秀と見るや目の敵にするバーリム先生や教室では厳しいヨアヒム先生にしごかれている。だから日頃、教師陣を影で鬼教官と言って憚らない。
というか、私が着飾って度肝を抜くのは、セレットさんの日頃の欝憤を晴らす材料にされてないか? まぁ、美女にもてあそばれるなら本望というもの。
そうよ。これよ! 私が求めていたのは、女の園でのレッツガールズトーク!
「いつも澄ました顔の男たちを誘惑するのも、女の特権というものでしょ?」
うふふと微笑むセレットさんは可愛らしいけど、私に同意を求めないでいただきたい。
申し訳ない。そんな高いスキルは持ち合わせがございません。
ガールズトークと言うには、熟練度の高い会話が交わされるので、私にはついていけない事が多々ございます。
他人のうにゃーんな事情とかさ……何も知らない男性が聞いたら気絶するんじゃないかな。この美女会話。
耳年増が更にグレードアップしたような気がします。遠くに来たもんだ、異世界とかね……。
それにしてもどうしても私はドレスを着なけりゃならないのでしょうか。
お姉さんたちは私を放ってあーでもないこーでもないと始めてしまった。これではあの白チャリムの二の舞だ。
私が持ってきた白チャリムやかんざしはこの衣裳部屋にある。白のチャリムドレスは人気があるらしく、二日に一度は誰かが着ているのを見かける。やっぱりさぁ、あれは十代の女の子が着てこそ価値が出るんだよ。
そういえば、と私は色んな衣装を持ちだしてきたお姉さんを尻目に衣裳箱をごそごそやる。この衣裳部屋の箪笥は桐みたいないい香りがするんだ。虫は嫌いだから寄ってこないんだって。
確かここの三段目にあったはずだ。
私は丁寧に仕舞われていた一枚にチャリムを取り出してみた。
魔女に買われた蒼のチャリムだ。フリルも飾り紐もろくについてないけどそで口や裾に細かい刺繍がしてあって、趣味のいい一枚だ。悔しいが魔女の趣味はいい。
このチャリムはとうとう着る機会もなく、この女の園に来てしまった。
「あら、いいチャリムね」
目敏く衣装箪笥の前でチャリムを広げていたのを見つけたのは、セレットさん。
「ちょっと地味だけど、ヨーコに似合いそう。うん。髪を派手にすればいいのよ。あとお化粧もね」
彼女の一声で三人の美女の意見は決まったようだ。
美女達の視線を一身に浴びて、私はただ「はい…」と肯くしかできなかった。
いつもこの美女たちに馬鹿にされてるあの美形共を笑えない。