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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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魔女と間抜け

 雨が上がった頃には、すでに日が沈みかけていて、岩のくぼみで一晩明かすことになった。

 少ない水で雑穀スープを食べるとようやく体が落ち着いたような気がした。



「ねぇ、俊藍。朝よ」


 同じマントにくるまっていたので私を抱きこんでいる俊藍の頬をぺちぺちと叩く。

 服着てますからね。ええ。

 何もございませんとも!


 しかしここまで同禽やらやらかして何もないと自分の女としての性に疑問を感じないこともないです。

 まぁいい。王子様は見つけるものだ。(あれ? 何か違う夢になってきてる?)


 俊藍の方は何とも本日の青空のように晴れ晴れとしています。

 何だか今まで危うかった何かが取れたような顔だ。

 こっちまで嬉しくなるから照れくさい。なんだこの中学生日記みたいな状態。


 朝食を手早くとって(いつかのナンとヨーグルト方式サンドイッチ)私たちはくぼみを後にして、山を進んだ。

 

 太陽の方角見るのも地図見るのも俊藍なんだけど、私はひたすら安全第一で歩くことに専念しております。

 何せ、わたくし運が悪いことにかけてはピカイチでして。



 ……と、調子乗ってたわけじゃないのに!

 岩で足を滑らせました。ごめんなさい!

 捻挫しました。

 俊藍は私背負って荷物まで背負うはめに。


 私の馬鹿! 間抜け!


 泣きたい気分だったのに、俊藍はなぜか軽々と山を進みます。

 心なしか、私と歩いていた時よりもペースが速いような気も。


「お前と一緒に歩いていたからな」


 ということは、私のペースに合わせていたってことでしょうかね!

 それはお急ぎのところまことに申し訳ないッ!


 怪我に対する私の罵倒がそのままそっくり自分に返ってきましたよ。


 でも、時間は私と歩いていた時の半分で山を下ってしまいました。

 ……ホントすんません…。


 日差しが赤味を増してきた頃、私たちは針葉樹の森に入った。

 とげとげした落ち葉が辺り一面を覆っていたけれど、奇麗に落ち葉の掃かれた道が一本続いている。

 柔らかい木漏れ日の中を背負われたまま行くと、森に溶け込むように山小屋が建っていた。


 山小屋の重そうなドアの前で俊藍の背中から降ろしてもらうと、彼はドアをノックした。

 

「はいはい」


 くぐもった女の人の声と一緒に、ドアは開かれた。


「まぁまぁ。遠いところからよくいらしたわね」


 現れたのは、にこにことした、ふくよかなおばちゃんだった。

 白髪混じりの髪を奇麗に結いあげて、簡素なチャリムを着て上品に微笑んでいる。

 髪の色は鮮やかなオレンジ色だった。その瞳は、明るい夕焼けのような金色。


「お久しぶりです」


 俊藍は、いつもより硬い声で言って軽く会釈した。

 おばちゃんはにっこり笑って、


「元に戻れたのね」


 微笑んではいるものの、少し憐れみを滲ませた声で言った。


「お話にあったのは、そちらのお嬢さんね」


 優しく微笑みかけられたものの、私は奇妙な違和感を感じて少し黙ってしまう。

 なぜか、私が責められているような。


 私が何も返さないことに目を細めて、おばちゃんはゆっくりと肯いた。


「ようこそ。異世界から」


 おばちゃんは微笑みに何かを隠したまま続けた。


「私は、エバ。人からは、東の果ての魔女と呼ばれているわ」


 一方的な自己紹介も、不自然な悪意も、この世界に来てからさらされっぱなしだけれど。

 自分にいわれのない事で嫌われるのは、やっぱり慣れない。


 さぁどうぞと誘われるまま、俊藍と私は魔女の家へと招かれた。


 通されたリビングはさっぱりと片付いていて、棚にあるのは骸骨じゃなくて薬草や果物を漬けたものやジャムの瓶だ。

 暖炉はあるけど火はついていない。でも部屋の中は眠たくなるほど暖かい。

 足の手当てに湿布を貼られながら尋ねたら、この家には北国の技術が取り入れられていて、家の真ん中に魔力を込めた石を置き、それで家の中を暖かくしたり、部屋を明るくしたり、オーブンを使ったり、果ては水をくみ上げたりするのだという。

 魔力って、電気みたいなものなんでしょうか。

 

 捻挫した足に薬を塗って包帯を巻いてくれたのは俊藍だ。

 エバさんは台所でお茶を入れてくれているらしい。

……まぁ、俊藍が居るから毒とかは入れられたりしないよねぇ?


 手当てが終わってから部屋の真ん中に置かれたテーブルに湯気が漂うお茶を置かれたので、思わずじっと見てしまう。

 ほら見ろ。トラウマがついちゃったじゃないか。社長め。

 お茶はミルクとお茶を似たようなもので、香ばしいお茶の匂いと一緒にスパイスの香りも混じっている。チャイみたいなものか。

 俊藍が飲んだのを見てから、私も飲むことにした。


「まさか、異世界からお嬢さんが来てしまうなんてね」


 お茶は美味しい。体の芯まで温まるようだ。

 そんな私を眺めて、エバさんは溜息をついた。


「私は、あなたの呪いが解けないとは言っていないはずよ」


 今度は俊藍の方を見て呆れたように言う。


「異世界の血を引く娘など、この世界でどう捜せと言う?」


 俊藍はエバさんの視線を無視してじっと自分の手を見つめた。


「あなたは神の子なのよ? 神から愛されて生まれたの。何も疎む必要も怯える必要もないわ」


 確かにそうだ。言葉だけなら俊藍を肯定しているけれど、エバさんの言葉はどこか俊藍の認識と違うようだった。


「北城という一族に、一人娘がいるはずよ。彼女は異世界の血を引いている」


 北城。えっと、まさか社長の親戚? 社長って確か宰相に抜擢されてたよね? じゃあ良いとこのお嬢様じゃん! いやお姫様か。

 俊藍が何者か知らないけど、そんな簡単にお姫様とお知り合いになれるはずが…

 

「血筋も、家柄も、あなたにこれほど釣り合う娘は居ないわ」


 て、えええ?

 思わず俊藍を見上げた。

 すると、彼は私に向かって苦笑する。


「なのにあなたは、私の言葉を信じず、この子を見つけてしまった」


 うわ。今度は私にお鉢が回ってきた。なんだなんだ、一発芸でもしろって?


「この娘は、星の巡りの外からやってきた。本当ならあなたには出会うはずじゃなかった」


 魔女は私を厭うように目を細める。

 ちょっと待て。ここはいつから昼ドラ劇場? なんだかこの泥棒猫がっとか言われそうな勢いなんだけど。

 アンタは俊藍のお母様?

 やばいなぁ。こんなことならウィリアムさんの愛人になって悠々自適に暮らしておくんだった。あの人の所なら愛憎劇はあっても嫁姑戦争はなさそうだ。やばくなったら逃げればいいし。


「だけど、あなたはこの娘と出会ってしまった。あなたと最も魂の近いこの娘と」


 魂の近い、相手。

 俊藍は何か言いかけた口をそっと閉じた。


「あなたの運命に、本来ならこれほど近しい人間は現れないはずだった。唯一、近しくなれるはずだったのが、北城の一人娘よ」


 お姫様と張り合えと? 無理です。この肉食系がそんなに良ければ差し上げます。


「あなたは、おかしいとは思わなかった?」


 急に水を向けられて戸惑う私を無視して、エバさんは続ける。


「異世界のことを知っているのは、ほんの一握りの者だけよ。北の国で学んだ魔術行使者と、王族の関係者」


 俊藍は、私のことを初めて見たときから異世界から来たと言った。

 名乗る時には名前が先に来るこの世界で、私の名前を正確に理解して、彼の右手には神の子のしるし。


 そして、私は、俊藍の名前すら知らない。


「この国で、最も位の高い姓を知ってる?」


 私の考えの先を読んだように、エバさんは薄く唇の端を上げた。

 すっと目を細めて睨んだ俊藍を尻目に彼女はお喋りをやめない。


「ウォールエルズ。聞いたことはないかしら?」


 俊藍を知る、誰もが彼に膝をつき、こうべを垂れる。

 絶対的な威圧感。


 もしかしたら、という思いは無かったとは言わない。

 でもあえて考えないようにしていた。


 偉いはずの宰相である、あの社長ですら敬語を使うこの人のこと。


 ドンドン!

 私の思考をさえぎるようにドアがけたたましく鳴った。


 家の中の返事を待たずに開かれたドアから、現れたのはいつか見たブリキの甲冑だった。以前見たものよりもいかつくて、みんな長いマントを身につけている。

 彼らは簡素なイスに腰かけた、自分たちよりも簡素な格好の俊藍に向かって一斉に膝をついた。



「お迎えにあがりました。ヘイキリング・俊藍・ウォールエルズ陛下」




―――…えっと。陛下って言った?


 王子様なら殿下だよね。

 だとしたら、


「王様……?」


 私の呟きに、俊藍は何も応えないでただ微笑んだ。


 マジか。




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