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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
28/209

買い物とヒゲ

 幸いまだ注文してなかったから、二人で席を立って、なんでか俊藍が私の肩抱いて定食屋さんを出たんだけど、


「―――やばかったッ!」


 定食屋さんからダッシュして路地裏の影に駆け込みましたよ。

 何にも悪いことしてないのに!


「……やっぱり、この街に来てましたね」


 建物の影から少し周囲をうかがっていた俊藍も肯く。


「山からここが一番近いからな」


 どうしよう。

 幾ら元気でも、二日寝込んでた私にすぐ長距離を歩ける体力は戻ってない。

 俊藍に頼りっきりで悪いんだけど、私は殺されかけるのも売られるのもごめんだ。


「すぐに街を出る準備をするぞ」


「え」


 それはそうなんだけど!

 路地裏を進む俊藍の後を追うしかできない私に、拒否権はないんだけどね!

 この調子だと私ってば足手まとい!


 うう……ここは一つ頑張ってついていくか!


 私は早足の俊藍のあとを追いかけた。


 俊藍は路地裏を出ると、露店じゃなくてちゃんとした建物の店ばかりが並んでる道へと出た。

 そこで、色々な品物を買っていった。

 毛織のマントに丈夫な皮靴、小さなナイフに、いくつか着替えの着物と包帯に消毒用の金属ビンに入ったお酒、胃薬とか傷薬の薬に、筒型の水筒に、金属製の一人用の鍋と小さなれんげ、それから何日か分の大量の乾燥された食糧。

 ようやく買いそろえた頃には俊藍も私も両手いっぱいの荷物になってましたよ。

 それに私が半分出すって言っても俊藍は頑として私の財布を出させなかった。いいもん、あとでまとめて返してやる。


 買い物通りをちょっと抜けて、一休みできるかなって思ったら、俊藍は小屋の並んだお店に入ってしまった。

 後を追いかけて入ったら、俊藍がひげ面の男に大笑いされていた。


「そうかー! こんな面だったな!」


 長身の俊藍に劣らない長身なんだけど、見た目はひょろっとしてて吹けば飛ぶみたいな灰色のチャリムの人で、白い髪だから一見お爺さんみたいなんだけど、豪快に笑う声は結構若い。


 笑われて不機嫌そう(背中から何かオーラが出てる)な俊藍を尻目に重たい荷物を置いたら、いつの間にかひげ男の注意が私に向いていたらしい。


「この可愛らしいお嬢さんは?」


 お嬢さんっていう年でもないんですが。愛想笑いでもしとこう。俊藍の知り合いみたいだし。


「妻だ」


「「妻ぁ!?」」


 さも当然みたいに言うなよ! ひげ男と声がハモったじゃないか!

 咄嗟にそばにあった俊藍の胸倉つかんじゃったよ。


「……俊藍?」


「―――妻になる予定の女性だ」


 胸倉締めあげられてまだ言うか。

 首を締めてやろうかこの外面だけ美形!


 どんな文句をぶちかまそうか俊藍の襟をぎゅうぎゅう締めあげていたら、ひげ面男がまた爆笑しだした。このひと笑い上戸なのか? 昼間から酔ってる?


「仲がいいことはよく分かったよ。アザナ呼ぶぐらいだからな」


 アザナ? 何それ?

 きょとんとしてたら、ひげ男は不思議そうに(ひげ面過ぎて表情が分からない)続けた。


「愛称みたいなもんさ。親しい間柄、特に恋人同士や夫婦で呼び合う」


 なんですと?


 まだ締めあげてた胸倉に力を入れたが、俊藍にこたえた様子がない。ちきしょう。誰か私に馬鹿力を分けてくれ。


 白髪のひげ男は面白そうに笑いながら説明を続けてくれる。 


「僕は、ミリアント・アサムネ・ジンブリウムって名前だが、友達ならミリアント、僕の奥さんならアサムネって呼ぶ」


 じゃあ、この監督不行き届きな黒髪美形はちゃんとした名前がまだあるってことじゃないか!

 こっちが常識非常識に疎いからって! この野郎!

 銭湯で含み笑いされたのも、全部コイツのせいか! ごめんなさいお姉さん!


 腕が痺れてきたぁ! 体力不足だ。

 暴れ足りないけど、もう体が限界。そういやお昼もまだだし。

 息を切らせた私の手をそっと外すと、俊藍は私の両手首を持ったまま(また胸倉締めあげられると思ったんだな)ひげ男、ミリアントに向きなおった。


「キリュウが欲しい」


 俊藍(不服ながら他の呼び方知らないから)に襟以外に乱れた様子はない。ああ、本当に忌々しい。

 笑いっぱなしだったミリアントは笑い声を収めて、俊藍に視線を投げた。


 そういえばこのお店、普通のお店って感じじゃない。何か品物売ってるわけじゃなくて、何かの受付みたいなカウンターがぽんとあるだけの狭い部屋だ。部屋が奥に続いてる感じもないから、宿屋ってわけでもない。


「コウトに戻るのか?」


「いや。彼女を魔女のところへ連れて行く」


 ふーんと言いながら、ミリアントはカウンターの内側に回りこむ。そうして奥の壁に何かかざしたかと思えば、壁がぽっかりと空いた。驚く私を尻目に、ミリアントは壁の中に広がっているらしい部屋に入ると、見憶えのある剣を取り出してきた。


 柄に滑り止めの皮が巻かれた剣。

 私が初めて俊藍に会った時、差し出された剣だ。


 そういえば、俊藍、ここに来るまで剣なんか持ってなかったな。


 ミリアントは剣をカウンターに置いて、のんびりとカウンターに頬杖をついた。


「これから忙しくなるねぇ。結構、ここの生活、気に入ってたんだけど」


「カリアはどうした」


「今、買い物。うるさくならない内に行くといい」


 俊藍のことはロクなことを知らないと思っていたけど、本当に名前すら知らないんだ。

 二人で交わされる会話の端々から、やっぱり私は異物なんだと思った。

 魔女さんの家にもいっそ一人で行こうかなぁ。

 どうやら俊藍はここで何か大きな買い物をするらしい。なんか種類とか金額言ってるし。


「お嬢さん」


 ふいに水を向けられてびっくりしてしまった。

 ミリアントはそんな私を笑ったようだった。


「コイツのことあんまり怒らないで、今まで通り、アザナで呼んであげておいてくれ」


 つまり、ミリアントさんも俊藍の名前を教えてくれないんだな。

 釈然としない。

 それが顔に出てたのか彼はちょっと苦笑する。


「コイツのことはコイツに聞いて。僕に聞かれてもちょっと答えられないからさ」


 まぁ、言われなくともそうさせてもらう。不本意だから。


「そうだ。お嬢さん、お名前は?」


 そういえば、この人はもう名乗ってくれてたな。ひげだけど感じのいい人だ。


「君島葉子です」


「じゃぁ、キミジマちゃん?」


「いえ、君島が姓で、葉子が名前です」


「そっか。ヨーコちゃんか。普通、名前が前に来るから。珍しいね」


 珍しい?

 

 俊藍は、私の名前を聞いたとき、そんなことは言わなかった。



 この人、本当に何者なんだ。




 ミリアントさんの店に荷物預けて、俊藍はまた買い物に行くというのでついて行ったら、嫌っていうほど女物の服買われた。

 人の話を聞かないからパパって呼んでやったら、嫌な顔をされた。

 

 パパは通じる言葉なんだということは分かった。



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