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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
22/209

滝とヨーグルト

 異世界に来て四日目です。



 殺されそうになったり、追いかけまわされたり、最低男にキスされたりびっくり仰天に毎日ですが、幸いにして、死んでません。

 でも自発的に眠った記憶がないっていうのはいかがものでしょうかね。


 本日も起きたら恐ろしく整ったご尊顔の美形に抱かれて下着姿で眠っておりました。

 貞操は平気でした!

 初めては痛いっていうからね!(ごめんなさいね! でも重要なことだから!)

 

 鎖骨の辺り見たらなんか、虫さされみたいに赤く腫れた個所がところどころありましたが。

 

 とりあえずどんな手入れしているのかきらきらしい黒髪の頭をグーで殴っておきました。二十四にもなると耳年増でいけません。

 ああちくしょう。殴られて痛そうにしてても美形って美形だ。むかつく。


 まだ朝早いようで、森は朝もやと朝日に彩られて幻想的な空気が漂っています。肌寒いです。

 それに、朝もやの中、辺りの薪拾う姿も美形ってさまになる。腹立ちますね。

 朝ごはんにしようと言われましたが、お忘れですか。私、下着姿なんですよまだ。

 それに、その、


「俺の感触が体に残っているのは嫌か」


 きぃいいいいいいっ! 問答無用に舐めてかかってやがる! 恥じらい持ってとっとと狼頭に戻れ!


「……狼には、もう戻らないんですか」


 恨み事のつもりで言ってやったら、優しく微笑まれた。いっぺん死んでみるといいよ。


「あちらに滝がある。ついてこい」


 昨夜の今日だし、一人で行く勇気はなかった。…どんなに意地張っても怖いんですよやっぱり。 

 文句も言わずに大人しく長身についていったら、意外な顔をされた。何でよ。


 マントは羽織らされたままで、チャリム持って後をついていくと、


「うわぁ、すごい!」


 五メートルぐらいから落ちる滝壺だった。落差はあんまりないから小さな滝だけど、水がきれい。

 岩場に立って浅瀬を見たら、自分の顔がキラキラ映るよ。

 マイナスイオンに誘われるまま、水に手を入れるとまだ寝ぼけていたらしい体が跳ね起きるほど冷たい。

 いい感じじゃないか。

 そのまま顔を洗って、口をゆすいだ。なんかさーものすごい口の中が変なんだもん。顔もかぴかぴするし。

 ……昨夜のことは、とっとと忘れよう。うん。

 拭くものなんかないからぶんぶん頭でも振っておこう。

 どうせすぐ水浴びするし。

 その前に。


「はい」


 私の後ろで岩場に腰かけてた俊藍にマントを渡すと、眩しそうな顔をした。

 あなたの顔の方が眩しいですよ。ええ。


「なんですか。まるで犬みたいだとか思ってます?」


「いや。昨日、抱いておけば良かったと思って」


 セクハラ反対! そして私の顔を見て笑うな!


「冗談だ」


「―――冗談に聞こえませんでした」


「半分だけ冗談だからな」


 ああ言えばこう言う。慣れない言葉に顔が熱い。本当に嫌だこの男。


「水浴びがしたいんだろう?」


 俊藍が手渡してきたのは、綿布を縫い合わせただけの手拭いだった。わーお。外人から手拭い渡されたよ。


「いいんですか?」


「それとも、体が乾くまで俺にさらしているつもりか? 襲うぞ」


……この人、口開かなきゃ神秘的な美形なんだけどなぁ。

 大人しく手拭い受け取ると、俊藍は私に背を向けた。どこへ行くのかと見ていたらすぐ近くの岩場の影に、こちらに背を向けて座り込んだ。あら、常識的。離れてるけど居てくれるだけで安心感がある。

 最低男なんだけど、ヒナの刷り込みみたいに俊藍が居ると安心するんだからしょうがない。


 余計なことを言えば、容赦なく覗きをするつもりだろうから、私は手早く下着を外して滝に向かって岩に腰掛ける。

 朝日の当たる岩にさっきもらった手拭いと着替え一式置いておけば水から上がったときにちょっとは暖かいだろう。


 そろそろと足首をひたすと、まだささくれた傷がしみる。

 結構、ひどい怪我だったみたいだ。

 滝壺近くの少し広い水場はそれほど深くない。

 ゆっくりと水を浴びて、つかると私の腰ほどだった。

 手首の傷にも水をひたすと始めはしみたが、心地良い水の感触に慣れてくる。


 気持ちいい。


 大自然を満喫してる感じだ!

 ろくでもないことばっかりだけど、これはいいな!


 でも、脱水症状になりかけてたのかもね。生理現象が一向にないですよ。(お食事中の方失礼)


 相変わらず色気のない思考してるわ私。

 

 適当に潜ったりして冷たい水を満喫してから岩場へ上がって手拭いで体を拭く。ああ、やっぱり日当たり良いところに置いといて良かった。指先震えてるもんね。

 下着はもうしょうがないからそのまま身につけてチャリムを着る。ものすごい久しぶりに服着た気がする。文明万歳。

 手拭いだけすすいで奇麗にしておく。一応マナーですよ。今日はよく晴れてるから干しておけばすぐ乾くだろう。


 ふと気配がして振り返ると俊藍が岩場の影から出てきてこちらを伺っていた。何してんのあなた。


「帰るぞ」


 決してこの男は旦那じゃないけど、亭主関白って嫌いなんですよね。だから微笑みながら手差し出すのやめてよ。

 差し出された手には洗ったばかりの手拭いを乗せてやった。


「ありがとうございました」


 不服そうな顔をしたけど、なんで面白そうに笑うかな。わかんない。


「これを履いておけ」


 手の代わりに俊藍が差し出してきたのは丈夫そうな皮の長靴だった。なめした皮をしっかりと縫い合わされて頑丈そうなわりに足首の部分を紐で結んで履くようになっているみたいで柔らかそう。


「裸足で森を歩くわけにはいかないからな」


 確かに。素直にお礼を言うべきだろう。


「ありがとうございます」


「素直だな」


 いつも素直ですよ。だから不思議生物を目の当たりにしたみたいに笑うんじゃないよこの美形!

 昨日寝ていた(寝かされた)大岩のところに戻るにしても、靴は履いておくべきだろう。

 私がいそいそとその場で履き始めると何故か俊藍もかがんで、足首の紐を手慣れた様子で結んでくれる。……いや、それぐらい出来るから。


 言いたいことはあったけどあえてそれは言わずに、大人しく俊藍のあとをついて大岩へ戻った。

 俊藍はすぐに焚き火の準備を始めたけど、それは黙って見学。だって出来ることないしね。

 でもなんだか干し肉みたいなものを木の枝に刺して焼きだしたからそれは手伝った。

 ナイフで切れ目を入れながら木の枝に刺して燃えだした焚き火の周りに刺していく。

 その作業しているうちに今度は包みの中からパンみたいなものも出してきた。それを火であぶると膨らんでくるんだよ。


「美味しそう」


 昨日から何も食べてないもんね。ナンぐらいに膨らんだら手拭いに挟んで渡してくれた。俊藍は手袋してるからそのまま。

 肉がいい具合に焼けたらそれをパンに挟んで、今度は竹みたいな筒取り出したと思ったら白いドロッとしたソースをかけられる。匂いを嗅いでみたら、ヨーグルトみたいな発酵物の香りがする。

 どんな味なんだろ。

 俊藍をうかがったら、躊躇なく食べてるし。

 

 ええい。空腹は最高のスパイス!


「……美味しい!」


 肉とパンの香ばしさといいヨーグルトの酸っぱさといい絶妙! お腹空いてたしね!

 そんな私をまた穏やかな顔で見てるんだよね俊藍は。

 あんたは私のお父さんか。


 あっと言う間に食べ終わると、心からの感謝をこめて手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


「それは、お前の世界の習慣なのか?」


「そう。色んなものに感謝して食べるんですよ。もちろん俊藍にも感謝してます。まぁ、私の国限定の廃れつつある習慣ですけど」


 そう言うと、東国にもフルに唱えたら五分ぐらいかかる経典があると俊藍。うげぇ。お腹が鳴るよ。

 食後に竹筒から水を一口もらった。俊藍と回し飲みだけど、この食事も元々俊藍のものだしね。文句は言わない。

 水を飲んで一息つくと、俊藍はその蒼い双眸を私にひたと合わせた。


「さぁ、何から聞きたい?」


 ……何から聞こう?

 うーん。あ、


「どうして、狼から人になったんですか?」


 狼の方がまだ可愛げあったよあなた。

 俊藍は少し口の端を上げると、肉を指していた小枝を焚き火に放り込みながら


「俺は元来、人間だ」


 俊藍はこちらを見ない。

 何となく手持無沙汰で、そこら辺に放ってあったマントを私はたたみかける。


「呪いによって、狼になりかけていた」


 それはまたファンタジー。


「そういうことは、よくあることなんですか?」


「ないこともない」


 詳しいことは言いたくなさそうだな。


「……それが、どうして戻ったんですか?」


「お前と体液の交換をしたからだろうな」


 だから、その神々しい見て呉れを台無しする言葉使うのはやめてよ。美形に幻滅する。


「……………どうして、私とその…あれで戻る条件に含まれるんですか?」


「契りを結べばいいと言われていた」

 

 なんか、この人ともう会話してたくないんだけど。逃げていいかな? 

 こちとら生粋の恥じらいの文化の国民なんだぞ! ちょっとは気遣ってよ!


「東国の端に魔女がいる」


 俊藍はこちらの気まずさとか色々無視して、けれどこちらに視線を向けないまま手に持っていた小枝を全て火に投げ入れた。


「俺はその導師にこの呪いの解き方を尋ねに行った」


 簡単な言葉で、ぽつりぽつりと言うが、彼の声には深い感慨が含まれている。

 その、彼の呪いを解くための旅はきっと長いものだったのだろう。


「導師が言うには、異世界の女と交わり、彼の人の力であればこの呪いは解けるだろうと、いうことだった」


 それは、


「解けない、ってことですか」


 こちらとあちらが繋がることはある。あるにはあるが、そうしょっちゅうあることじゃない。

 だから、社長のひいお爺さんが来たってことだし、私は元の世界に帰れないと言われたのだ。


 思わずたたんだマントを握った私を見て、俊藍は目を細めた。


「お前と出会えたのは、俺にとっては奇跡に等しい」


 ああ、だからか。

 この人が、私を見てこんなにも嬉しそうに微笑むのは。


「最初に出会った時から、お前が迷い人だと分かっていたが、彼が迎えに来たからな」


「彼って……北城社長のこと、ご存じなんですか?」


 尋ねたら、また形のいい唇を閉じる。これも言いたくないのか。


「彼とは、まだ会うわけにはいかなかったからな」


 名前も、姿も知っていても、やっぱり胡散臭いなこの人は。


「だから、このまま運命に身をゆだねることも考えていた」


 そんなときに、私が木の上に居たと。

 元の姿に戻りたいなら、そんな幸運逃がすはずもないな。


 なぁんだ。


「良かった」


「何?」


 顔を疑問に歪めた美形に向かって、私は笑ってやった。

 だって、私が来たことが、俊藍の幸運になったのだ。


 私がこちらに巻き込まれて来たことは、無意味じゃなかった。


「巻き込まれてきて良かった」


 それが、神様に愛された人のおこぼれであったとしても、それは、私に意味があったということで、


「ありがとう、俊藍」



 必要としてくれる人がいてくれて、良かった。



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