あなたとわたし
目ぶたを押し上げたら、そこは光に満ちていた。
キキーッ!
ブレーキ音なんて、なんて懐かしいの。
ぼんやりしていたら、体が何かにさらわれる。
どさっと、何かと一緒に倒れこんだ地面が固くて、私は心地よい眠気が一気に吹き飛んでしまった。
「いったぁ……」
腕をさすって体を起こして、驚く。
あれ、私。
「おい、大丈夫か!」
これまた懐かしい声だ。
私からそれた光の奥から現れたのは、
「久し振りー。社長!」
少し乱れたスーツ姿の長身が私を確認して、目を丸くして、苦笑する。
「―――君も相変わらずだな。君島葉子くん」
私のことを覚えていたようだ。
北城社長は、私が結婚してからすぐにこちらの世界へ帰ったはずだ。
だから、えーと、私としては五十年ぶり?
「あ、それより!」
やってきた社長と辺りと自分の格好を見回してまた驚く。
見憶えのある交差点に、くたびれた私の私物たち。
そして何より、
「私、若返ってる……?」
顔にも手にもしわがない。
まさか。
「まさか、私、戻ってきた?」
蒼白になった私を見て、社長は意外なことを聞いたとでも言うように片眉を上げる。
「俺がここに居ることが証明にならないか?」
うっわあああああああああ!!
戻ってきちゃったよ!
あの土壇場で元の世界にトレードとか!
うっそおおお!
「どうしよう、社長! 私、向こうで七十八のおばあちゃんだったのに!」
「え、それは若返って良かったな」
「良くない!」
何なの、このすごろくでふりだしに戻る的な残念な感じはぁっ!
知識はあるけど、思考は丸きり二十四の小娘だよっ!
人生経験意味ないっ!
「―――おばさん」
半世紀ぶりだけど久しぶりじゃないようなパーカーのすそを、誰かにひっぱられてようやく私の隣に誰かが一緒に道路に座り込んでいたことに気がついた。
振り返ったら、しかめっ面をした眼鏡の少年がこちらを睨んでいた。よく見れば、奇麗な顔をしているのに、地味な格好と眼鏡のせいでそれが目立たない。自分でそれをよくわかっているようで、私と目があったら切れ長の目をすぐにそらした。
「怪我は、ない?」
尋ねられて、頷く。
「そっちのおじさんとも知り合いみたいだけど」
じろりと眼鏡の奥から社長を睨みつけて、
「ちゃんと話し合った方がいいよ」
賠償とか、と小賢しいことを言って、嫌なくせにまた私の方を見つめてくる。
その疑り深い瞳に、誰かが重なった。
「―――雪?」
少年の顔が、一息に怪訝に染まる。
「……どうして俺の名前知ってるの。おばさん」
え、何それ。
「ちょっと君幾つ?」
「はぁ? 新手のナンパのつもり? 古いよ、おばさん」
「いいから幾つよ」
「……十八」
同じ六歳差。
「あははははははははははは!!!」
あいつ、本当に来ちゃった!
迎えに行くとか言って、ほんとに!
「何なんだよ!」
あー少年が怒っちゃった。でも不思議と私の隣から立ち去ろうとしない。
「彼が君を助けてくれたんだよ」
社長が不思議そうに教えてくれると、少年は仏頂面で私を見た。
そうか。
それは笑い転げたりして悪かった。
涙をぬぐって、少年を見たら、彼は少し顔が強張っていた。
「ありがとう。雪くん」
雪少年は、少しだけ緊張を解いたようで、元の仏頂面で尋ねてくる。
「―――あんた、名前は?」
「君ももしかしてナンパ?」
「違う!」
真っ赤になって怒鳴る彼は、あいつではないかもしれない。
でも、何だかやっぱり私はこの子があいつだと思ってしまう。
「君の島に、葉っぱの子で君島葉子。君の名前も教えてくれる?」
人生って、最高だ。
終