親友と砂金
彼は私の頭から足先までを眺めて、まるで納得したように息をつく。
「良かった」
久しぶりに聞いた優しい声で、私は微笑む。
「心配した?」
「ああ」
やりとりが優しくて、嬉しくなった。
どうしたって私をかき乱す人なのに、俊藍を目の前にするとどうしようもない安心に襲われる。
「―――今日は、どうしてここに?」
「さぁ?」
俊藍はおどけるように応えて大きく伸びをする。
「今日は、どうしてもここへ来なくてはならないような気がしたんだ」
私も、同じだ。
今日はどうしてもここへ来なくてはならないような気がした。
何か、大事なことが始まるような。
そんな気がしたから。
「葉子」
「何?」
「お前が好きだ」
一面の花畑を眺めながら、俊藍はこちらを見ない。
「私も好きだよ。俊藍のこと」
私も俊藍を見なかった。
「愛しいとも思う。―――だが、それだけだ」
そう。それだけなのだ。
欲しいとか。必要だとか。
そういうものが何もない。
何もないのだ。
家族だとか、親友だとか、そういう大切とも違う。
居て当たり前の存在とでもいうのか。
「俺は、お前を愛していた。大切にしたいとも思った。でも、手を放せてしまうんだ」
居て当たり前だからだ。
どうにもままらなくて、しがみつきたいとも思わない。
私は、この人の隣ならもどかしさもなく平気で立っていられる。
「きっと、お前は俺なんだろう」
魂を分けあった、片割れ。
だから、私はこの人で、この人は私。
「だから、お前は生まれながらの王だ。葉子」
傍らの人を見上げたら、満足そうに蒼い瞳が微笑んだ。
「屈することを決してよしとしない、誇り高い王だ」
だから、
「お前と居ると安心できる」
私が、たった一人でも立っていられて、俊藍に何も欲しがらないから。
「―――私ね、口が悪いだけじゃなくて、実はわがままで、欲張りなんだ」
「知ってた?」と尋ねたら俊藍は「いいや」と首を横に振る。
私も最近まで知らなかった。
自分が、こんなにもわがままで欲張りで、淋しがり屋だということも。
それから、黙ったまま花畑を見つめていた。
この人とは、本当にそれだけで良かった。
それだけで、満たされる。
きっと、私は出会った時から俊藍に恋していたんだろう。
優しいこの人に触れて、愛されて。
でも、手を放してしまったのは私も一緒だ。
泣いてすがろうと思わなかった。
居てくれるだけで良かったから。
俊藍に、置いていかれたことを恨んだこともある。
裏切られたと思った時には、心が真っ黒になった。
それほどまで、彼は私の心を占めていたのだ。
それでも、私は俊藍にすがろうとは思っていなかった。
彼はこの世界に落ちたときから私の一粒の砂金だったから。
それは消えない、時に憎くもあり大切な砂金。
風が吹く。
この世の花という名前の青い花のたくさんのひとひらが舞い上がる。
奇麗だ。
「ねぇ、俊藍」
「何だ?」
「私、この世界に来て良かった」
元の世界では、私は空の青さなんて気にもかけていなかった。
星が降るみたいな夜空も、一日の幕を燃やすように引いていく夕焼けも。
水がおいしいことも、毎日ごはんが食べられてお酒が飲める幸せも。
厳しい世界の中でも、やっぱり優しい人たちがいることも。
全部含めて、やっぱりこの世界は美しい。
「葉子」
丘の上で微笑むこの人も居る。
「お前は、幸せになるよ」
必ず。
そう言う人に、私も微笑む。
「あなたも幸せになるんだよ。俊藍」
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