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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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摩天楼と壁紙

 その街のことは、私の記憶にある。


 けれど、私自身が目にするのは初めてのことだった。


 


 カピタに向かうと決めたら、私はすぐに伯爵に連絡を取った。ラーゴスタ支部のギルドには、


「お久しぶりですね。ヨウコさん」


 相変わらず胡散臭い男が支部長を務めていた。


「―――北国に帰ったんじゃないんですか?」


 金髪の上等な変人、ミカエリ・ジョーンズは今日も工事中で埃だらけのラーゴスタに居るとは思えないほどすらりとしたフロックコート姿で心得たように頷いた。


「北国には特に用事のない時には近寄らないものでして」


 ギルドマイスターとかいう大層な肩書を持っているのに、お気楽なことだ。それとも魔術師っていうのはそういうものなのか。

 呆れた顔の私から視線をスライドさせた彼は余計なことをまた口にする。


「ご結婚されたと聞き及んでおりましたが、新婚旅行の途中でしたか」


 おめでとうございます、と素知らぬ顔で言うから、とりあえず黙殺した。あんたも私の隣でさも当然のように「ありがとうございます」なんて言うんじゃないこの眼鏡悪魔。


「ああ、借金の返済は年内でしたらいつでも構いませんので」


 またご連絡いたしますから、と東国の悪魔の領地と王都近くの別邸の住所を悪魔から聞きだして、ミカエリ・ジョーンズは私たちを見送った。

 私って、男運が無いのだろうか。



 連絡したら、伯爵は砂漠にわざわざ迎えの車を寄越してくれた。

 半日足らずでジープで迎えに来たのは、およそ砂漠なんか似合わないサルミナ青年だ。ゴーグルをひっさげてラーゴスタの城にやってきた彼はまるで狩りか旅行に出てきた貴族みたいなコートスタイルで、マントを羽織るかもっと軽い木綿が一般的な砂漠では場違いな毛織りは妙な注目を浴びていた。

 サルミナ青年によれば、このジープで西国の首都であるカピタまで連れて行ってくれるという。


「カピタで伯爵もお待ちです」


 カピタまでのエスコートはお任せ下さい、とサルミナ青年が言ってくれたので、私たちは遠慮なく便乗させてもらうことにした。


 

 その日の夜はとりあえず砂漠に留まって、次の朝に出発を決めた私を、カルチェが夜のお茶会に誘ってくれた。

 この砂漠で飲まれているお茶は、交易でしか手に入らない貴重なものだ。

 黒く発酵させたお茶は、貴重な香辛料といっしょに運ばれてくるものだから特別な時にしか飲まない。そんなお茶を、細長い口のついた水差しのようなポットで小さいけれど細かい細工の施された湯呑の注いでくれる。

 独特の甘い香りがふんわりと漂って、少しだけ開けた窓から入ってくる夜の空気に溶けていく。

 

「―――このお茶、昨日入ってきたんだ」


 ラーゴスタの復興を耳にした隊商が立ち寄ってくれて、ほとんど無償で嗜好品を置いて行ってくれたのだそうだ。

 長いあいだ、それこそ数百年に渡って付き合いのある領地だから、頑張れと言うメッセージも込めて。


「私の父を知る人もいたよ」


 カルチェと二人で囲んだランプが、お茶の香りでゆらゆらと揺れているようだった。

 

「私は、まだ父を許すことができない」


 でも、とお茶を口に含んだカルチェは穏やかだ。


「父も、このラーゴスタを愛していたんだと知ったから」


「……そっか」


 がんばって、とかそういう言葉は出て来なかった。


「お茶、おいしいね」


 カルチェはとても嬉しそうに微笑んだ。


 ああ、なんて奇麗なお姫様なんだろう。


 やっぱり嫌いだと思った。

 

 私なんかが触れちゃいけないような気がするから。

 でも、彼女は私を今もこうして受け入れてくれている。

 それが、申し訳ないような、嬉しいような。


「またヨウコが来た時には、うまい菓子もつけるよ」


 そうやって、きらきらと笑うから。


「また、何か送るね」


「気付いてくれていたんだな」


 くすくすとカルチェは自分の耳にある、繊細な装飾のついた耳飾りをさらしてくれた。私が、南国から送ったものだ。


「優しい旦那さまじゃないか。安心してヨウコを任せておける」


「冗談じゃない」


 あの馬鹿の方が、他に婿のもらい手なんかあるのか?

 私の仏頂面をカルチェは笑って、


「ヨウコは幸せになるよ」


 

 結局、カルチェには、私が元の世界に戻れなくなったことも何もかも言わなかった。

 けれど、きっと彼女は、今と同じ言葉をくれただろう。


 私も、カルチェの幸せを願っているから。



 翌朝、私たちはサルミナに連れられて、ラーゴスタを発った。


 

 途中でジープのまま転移魔術を経由して、半日かかってその街は見えてきた。


 天を突くほどの摩天楼が立ち並び、その奥にそびえ立つみたいな城が見える。

 西国の首都、カピタだ。

 鉄と石で作られた街は、おぼろげな記憶の中のニューヨークや昔のロンドンのようで、石畳には道路が敷かれて、道路の脇を洒落たドレスを着た人やフロックコートの人々が闊歩している。

 ネロは何度か城下に連れて行ってもらっていたようで、私と違ってお洒落好きだった彼女は記憶の中では楽しげにショッピングを楽しんでいた。


 鋼鉄製の武骨な関所の門をくぐると、サルミナはジープを摩天楼とは反対方向に走らせた。

 伯爵の別邸があるそうだ。

 ビルが少なくなって、慰め程度の街路樹が並び始めた住宅街の一角に、三階建てほどの小さなアパートがあった。それが伯爵の別邸らしい。

 サルミナはジープを車庫に入れて、私たちをアパートに招いた。

 柔らかいミント色を基調とした壁紙とアイボリーの家具に迎えられて、暖炉のある応接間に通されたら、すでに屋敷の主はティーカップを片手に寛いでいた。


「ああ、来たね」


 伯爵は私たちに席を勧めて、手近なソファに座らせると「早速だが」と切り出した。


「こちらの都合で急がせて済まなかったね」


「いえ。元々、二日だけカルチェと遊ぶ約束だったので」

 

 こいつの都合で、とさも当然のような顔で居座っている悪魔を指すと、伯爵は苦笑した。でも他に何も言わないで話を続ける。


「春の前にようやく政務のごたごたが片付きそうでね。だから、この合間に君に会いたいと陛下が急に言いだしてね」


 今更、何の話があるっていうんだろう。

 殴らせてくれるなら聞かないでもない。そもそも、


「私、あの城に入っていいんですか?」


 知らないあいだとはいえ、私はあの城で一か月も暮らしていたのだ。

 顔の一つや二つ知れているだろう。


「私もそう申し上げたんだがね。どうしても、というものだから」


 別に断ってもいいよ、と伯爵もどこかで聞いたセリフを言ってくれる。

 何のつもりか知らないけど、どうしてもだなんて。


 ケンカを売っているとしか思えない。


 上等だ。


「わかりました。行きましょう」


 売られたケンカは、買おうじゃないか。


 

 私は伯爵にお願いして、衣装を手配してもらうことにした。

 すぐにでも手に入るということと、


「はぁ? 今夜?」


 何でも王様のご都合で会うのは今夜なんだそうで。呼びつけておいて何様だ。――ああ、王様だったっけ。


「準備の方はお任せ下さいませ」


 衣装が届くまでのあいだに、と野菜入りのキッシュを出してくれたガリアさんがにっこりと笑ってくれた。あの、絶対零度の微笑みで。


 急いで手配したっていうのに、夕方までに持ってきたサルミナ青年から衣装を借り受けて、私はアパートの二階の客間でガリアさんと悪だくみ。


 ふふふふふ。待ってろ王様。

 怖れおののくがいい!


――かくして、私は人の悪い笑い声を腹に隠して城へと向かった。




 

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