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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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パンダと調味料

 砂漠を熱する太陽は、相変わらず容赦がなかった。


 顔までぐるぐるに巻いた布を取ったら、きっとパンダになっているに違いない。

 私は渡されたゴーグルの奥から舞い上がる砂埃を見つめてそんなくだらないことを考えた。


 まぁ、それも三十分余りの車の旅のあいだだけだから、お肌へのダメージは少ないだろう。

 ……ああ、こんなことに気が回せるなんて幸せな旅だ。


 私は、セイラさんとの約束通り、不肖の元旦那と会話を交わしたから砂漠へ連れて行ってもらうことにした。王都に戻るのは嫌だし、どうせミセスがお留守番している領地はまだ雪だ。数日、旅行をしたところでどうにでもなる。


 それよりも、



「カルチェーーーーーっ!!」



 長い水色の奇麗な髪を見つけて私は叫んだ。

 そうしたら、振りかえった彼女は満面の笑みになった。


 砂漠の国のお姫様に、久しぶりに会ってもバチは当たらないはずだ。


「ヨウコ!」


 ジープから降りた私にカルチェがダイブしてくる!

 うわー久しぶり!


「元気そうだね!」


 彼女の細い体をなんとか抱きとめて、嬉しくなって言ったら、やっぱり彼女はとても奇麗に微笑んだ。

 やっぱり奇麗な子だ。


「あれ、今日はあのスケスケの衣装じゃないの?」


「すっ…」


 結構期待していたのに、カルチェはいつもの男の子みたいなシャツとズボン姿だ。ほっそりしてて背も私より低いから女らしい体つきしてる(抱きついてわかるよね!)から少年には見えないけどね!


「―――ヨウコさま」


 どうしてか真っ赤になってしまったカルチェの後ろからのっそりと現れた若造り教育係が胡乱な目で見てくる。


「久し振りーアグリ。あ、もしかして人に見せられない跡でもアグリにつけられたの? いやー熱いわね」


「ヨウコ!」


 アグリとカルチェの二人がかりで怒鳴られてしまった。

 いやぁねぇ。下世話なジョークですよ。ジョーク。


「葉子」


 そうだった。こいつもついてきたんだった。


 カルチェの腰を抱いたまま、振り返ったら砂漠では暑苦しく見える赤銅色頭がちょっと片眉を上げた。


「一応紹介しとくね。カルチェ。ほら、私結婚したって報告したでしょ。あれ間違いだったんだけど、その相手。ラウヘルっていうの。あ、今さぼってるけど一応、東国の宰相やってるの」


 よろしくねー、と親しみやすさをこめた紹介だったはずなのに、カルチェとアグリの顔は青ざめた。

 どうしたの。

 肩書きは仰々しいけど、ただのお馬鹿さんだよ、この人。



 久しぶりにやってきた崩れかけの砂上の都市には、たくさんの基礎工事が始まっていた。

 街の人が、少しずつではあるけれど戻ってきているそうだ。



「たまに、交易の人間もこのラーゴスタを通ってくれるようにもなったんだ」


 最盛期の街には程遠い。けれど、着実な歩みをカルチェは領主として実感しているようだった。

 領主の城に続く大通りは瓦礫が片づけられていて、車が通れるようにだけなった道からは何だか砂漠の青空が奇麗に見えた。


「いつまで居られるんだ?」


 いつまでなんていうことは私じゃ分からない。

 私はセイラさんと付添人を振り返る。


「私は、あと半月はこちらにおりますよ」


 セイラさんは苦笑するみたいに答えてくれた。

 そっか。セイラさんはカルチェの後見代理だもんね。


「あなたが望めばいくらでも」


 答えになってないよこの眼鏡悪魔。


「あんたの仕事はどうでもいいけど、領地にミセスを置いてきぼりにしてるでしょーが!」


 そう言ってやったらようやく真面目に答える気になったらしく、


「領地の種まきが始まりますからね。雪も溶けてきている頃でしょうから、二日ほどなら居られますよ」


 よっしゃ!


「じゃあ二日遊んでカルチェ!」


 私たちのやりとりに少しだけ目を丸くしていたカルチェだったけれど、彼女は笑いながら「わかった」と言ってくれた。



 

 城についたから先に通してもらった部屋で砂除けのマントを脱いだ私と悪魔は、あっというまに子供と大人に囲まれた。

 どうやら、チャリムが珍しいらしい。

 伯爵の計らいで私たちのチャリムの着替えは調達されてきているので、今持って不自由なく生活させてもらっている。


 袖はどうなってるんだとか熱くないのかとか西国語で質問を繰り返されるので、私は雑学にも語学にも長けた悪魔に全部押し付けて、久しぶりにカルチェの執務室に行くことにした。後ろでは「この袖は」なんて講義が始まっていたからまぁ大丈夫だろう。


 迷いながら訊ねながら行った執務室には、セイラさん、アグリ、カルチェがいるのは当然として、



「どうしてお前が……っ!」



 おやー? どこかで見かけた顔ですね。

 その私を無礼にさす指へし折ってほしいのか、お坊ちゃん。


「誰かと思ったら、どこともしれない小娘に丸めこまれて領主権限無くした世間知らずなバクスランドのお坊ちゃんじゃないですかぁ」


 オレキオ越しに、たった一度だけ見たいけすかない青空色頭のガキだ。前は軍服だったかの詰め襟だったけれど、今日も暑苦しいフロックコートに身を包んでいる。


 何か言いたいのに何も言えないような顔で、お坊ちゃんはこの世で一番嫌な虫でも見たような声を出した。


「……北国に向かったんじゃないのか、お前」


「口を慎め。ヨウコは今、東国の宰相殿の奥方だぞ」


 カルチェの蛇足にお坊ちゃんはぎょっと顔を改める。


「こいつが……?」


 失礼と無礼っていう言葉を知っているかな君は。

 それと、 


「私、あいつの妻じゃなくなったから」


「ヨウコ……」


 カルチェは困ったような顔で溜息をつく。

 ああ、まぁ話はややこしくなるけど、そこはきちんとしておかないと。


「こういうわけだから、私はこの二日、休みをもらいたいんだ」


 あ、今その話してたの?

 セイラさんを見たら肯いたから、そうなんだろう。何だか悪いなぁ。


「私は構わないと思います。カルチェ様はここのところ根を詰め過ぎておられましたから」


 セイラさんの言葉に、アグリも一つ肯く。


「私も賛成です。せっかくヨウコ様がいらしたのですから」


 カルチェはセイラさん、アグリと見回して「ありがとう」と言って、最後に青髪のお坊ちゃんを見遣る。


 坊ちゃんは、ちょっと不機嫌に整えられていた髪を掻くと、溜息をつきながら肯いた。

  

「―――分かった。俺の方はまだ日にちに猶予があるから、お前はその女の相手をすればいい」



 気に入らない言い草だったけど、私は別のことが気になった。


 だって、あの坊ちゃん、カルチェに文句いいながら、顔が真っ赤なんだけど。






 アーグーリちゃーん!



 その晩、私はアグリと膝を突き合わせて濁酒を飲むことにした。やっぱりビンを振ってから飲む方がおいしいって。


 私と悪魔の歓迎会には、懐かしい食べ物がたくさん出た。おじさんたちは豆腐を研究していたようで、今夜出てきたのは何と湯豆腐。旨い。私はまた泣きました。醤油は偉大な調味料! 今度はわさびないかわさびー!

 広い宴会場で、思い思いに飲んでドンチャン騒ぎなったところで、私はアグリを捕まえたのだ。



「―――で、どうしたの。変などこの馬とも知れないのが来てるじゃない」


「……あなた、どこかのスケベ親父のようなのに、よく結婚なんて出来ましたね…」


 酒を杯に注ぎながら、すでにほろ酔いのアグリは恨めしげに言った。


「男の、しかも中身はジジィのあんたに遠慮してどうすんの!」


 あれとかそれとかこれとかの話は女の子にはしないですよ。


「―――時として、女性同士の話の方が遠慮がない場合がありますからね」


 そしてどうしてアンタここに居る。

 おっとり私の隣で飲んでいる赤銅色頭が悟りを開いた坊さんみたいな口調で言う。


「それで、あの領主姫をあなたはどうしたいと?」


「そうそう。それ。他の男に目が向かないほど気持ちよくさせたいとか、逆にトラウマになるほど痛くしたいとか?」


「わかりました、あなたがた似たもの夫婦なんですね!」


 アグリがもうひと息で泣きそうだ。

 いい男が泣くのは見物よのう。ほほほほほほ。


「……ヨウコ」


 今にも泣き出しそうなアグリを酒で追い詰めていたら、過中のお姫様が青ざめた顔でこちらを眺めていた。


 こいこいと手招きしたら、素直な彼女は恐る恐るこちらにやってきた。


「ねぇ、カルチェ」


 微笑む私を見たカルチェの目は「なんだこの酔っ払い」と雄弁に語っている。間違ってはいない。けれど、


「カルチェって着痩せするよね?」


「!」


「胸なんか、こう」


 手で形を作ったら、彼女の顔がみるみるうちに赤くなる。


「私の手に余るほどあるよね」


 腰も細いしさ。


 この魅惑の美少女に何の御不満が!


 私はアグリに向けて喋っていたはずなんだけど、別の方向からぶっと派手な音が聞こえてきた。

 いつのまにかカルチェにくっついてきていた坊ちゃんが、鼻を抑えて涙目になっている。


 しまった。多感な時期だったか。


 後悔は先に立たずとはこのことで、カルチェは言うに及ばすアグリやセイラさんにまで叱られて、私はお酒を取り上げられてしまった。


 くそぅ。

 アンジェお姉さんは、いかに女が魅力的かを教えてやれば、あとはやること一つだから男と女はくっつくって言ってたのにな。


 怒られた私の後ろで私の独り言を聞いていた悪魔は「なるほど」と呆れたように呟いた。




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