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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
191/209

ノートと犯罪者

 ずっと。



 ずっと不思議だったことがある。



 どうしてあいつは、私の旅のことを逐一知っているのか。

 それは、あいつが私を監視していたからだと思うけれど、でも、それはどうしてだったんだろう。



 あいつにとって、いったい私は、何者だったんだろう。






 屋敷中を、気がついたら走り回っていた。


 どこかに居ると分かっていても、メイドさんも執事さんもみんな見てないって言うんだよ。


 どこ行った!


 そして探し回った挙句、見つけたのは、



「どうしてこんな所にいるの!」



 私の薬草蔵だった。



 自分の頭と同じ色の夕焼けに包まれるみたいに、私の薬草蔵にある作業机に遠慮なしに腰かけて、私が書きためていた薬草の数なんかを記録しているノートを勝手に読んでいた。


 怒鳴りこんできた私を少しだけ見たけれど、結局あいつはノートに視線を落とす。


 あああ腹立つ!


 そうだ、こいつのせいでおやつも食べ損ねたんだ! あのタルト、まだ残ってるのかな。

 

 腹立ちまぎれに薬草蔵を出ていこうとすると、



「―――私を探してでもいたのですか?」



 腹の立つことを言われた。


 思わず振り返ったら、奴はノートから顔も上げていない。勝手にやってろ!



「聞きたいことでもあったのではないですか?」



 確かに、あった。でも、


「もういいです」


 もう知るか!

 もう構うもんか!

 セイラさん、やっぱりこいつと話すことなんか無かったですよ!

 腹が立つ。


 どかどかと出ていこうとしていたのに、



「―――放してくださいよ」



 こうやって腕を無遠慮に掴むから始末におえない。


 大きな手に自分の手が包まれる感触に、何故だか泣きたくなった。……いや、これは冷や汗だ!

 私は冷や汗をこらえて、顔をそむけてうつむいた。

 顔が熱い。きっと真っ赤になっている。

 これを見られるのが私はきっと嫌なんだ。

 きっとそのせい。

 この、心臓がバカみたいに踊る音も。



「葉子」



 耳に馴染んだ声で呼ばれて、肩が震えた。

 さぁ、と招かれるように手を取られて、顔を上げられなくなる。


 こいつ、私が何か訊くまで放さないつもりだ。


 なんて意地が悪いんだ。

 

 でも、そのつもりなら、



「……どうして、私をずっと見張っていたの?」



 顔を上げずに言ってやった。



「伯爵から聞きました。私の、手の中に追跡するための魔術を埋め込んでたって。それでずっと監視していたんでしょう?」



 それは、



「私を殺すため?」



 だとしたら、さっさと殺していれば良かったんだ。


 こんなに、


「それとも、私が物珍しかった?」



 こんなにも、私は傷つかずに済んだのに。




「―――そうだと言ったら?」




 いつかと同じ答えだ。

 初めて会った時と、同じ。

 きっとあいつは笑っていない。




「そうだと言えば、あなたは私の隣に居てくれるのですか?」




 手を放されて、顔を上げた。


 小さな窓から入ってくる夕焼けを背に、赤銅色の髪の人が私の頬に手を伸ばしてくる。



「―――探しましたよ」


 冷たい長い指が頬に触れて、ゆっくりと撫でる。



「伯爵の部下たちに、あなたとの魔術の糸を切られてしまいましてね」



 夕焼けが溜息をつくように、長い指の人はささやく。

 本当に気でも触れてしまったのかと思うほど、両手で優しく頬を包まれた。


 見上げたあいつは、まるで宝物でも見つけたような顔で、微笑んでいた。




「―――実物が、こんなにもお転婆だとは知りませんでしたからね」





……悪うございましたね!!!

 

 今度こそ私は冷たい手を振り払ってやった。


 パン! と小気味い音がしたというのに、あいつはちょっと驚いたような顔をしただけだった。

 頼むから、誰かこいつの鼻っぱしらをへし折ってくれ!



「あんただったんですね! 私のストーカーって!」


「ストーカー?」


「一方的に追いかけまわす変態のことですよ!」


 言い切ってやったのに「ああ」ってうなずくか普通。おまわりさーん! 異世界でも迷惑防止条例って有効ですか。


「南国から出る時、あの国境で助けてさしあげたでしょう?」


 ほら、刺客に追いかけまわされていた、と言われて思い出す。


「あれって、あの変態魔術師じゃなかったんですか!」


 あれだ、黒装束たちに南国と東国の国境でサリーと逃げ回ってたら青い光が颯爽と!


「アルティの鬼火を私が借りていましてね。事後承諾で」


 それは無断借用っていうんだよ! この犯罪者!


「うわーお母さんお父さんごめんなさい! こんな犯罪者と一度でも結婚したと思いこんでて!」


「結婚証明書は本物ですよ。役所に提出して戸籍を作っていないだけで」


「破って棄てて!」


「さて、どこにしまいこみましたか」


「あんたの書斎をひっくり返してやるからな!」


 ああ、どうしてこの人の元に帰ってきたんだ。馬鹿だろ私。

 伯爵の養女になるのも大変そうだけど、こっちの方が気候も暖かいし過ごしやすいじゃないか。



「―――では、私の所に戻ってきてくださるということですね」


「何をしれっと…」


 決めつけているんだ。


 あんたなんか嫌いだ。


「はい」


 知っていますよ、と私の頭を撫でる、この人が嫌いだ。


 だから、どうして。



 どうしてそんなに嬉しそうな顔をするの。



 何も言えなくなった私を満足げに撫でるこの手から、離れたくないと思ってしまう。



 一度、この人は私との約束を破ろうとした。


 いや、破った。



 それなのに。




 私は大きな手を払ってきびすを返す。


「葉子」


 不思議そうな声が気に入らない。


「―――もういい」


 

 裏切りは、もうたくさんだ。




 私は振り返らずに、薬草蔵を飛び出した。





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