岩とキス
息が出来ない。
眩暈がする。
「……っは」
ようやく放されたと思ったら、その拍子に開いた口からあろうことか舌がいたずらに入り込んできた。
髪には長い指が入りこんで、私をなだめるように梳いていく。
逃げる私を追い詰めて、非常識な舌は逃げる私のそれを追って、絡める。
「うう、んん…」
息ができないのをなだめるように、口を放して、また覆う。
そして、口の中のあらゆるところを舐めつくして、
「長いわぁああああああ!!!」
また口を放した隙に、今度こそ渾身の力で覆いかぶさってた不届き者の体を押す。ほとんど動かないってどういうことだよちくしょうめ!
「なにすんですか! こっちは全力疾走で逃げてきたっていうのに!」
なんかこっち見て口元拭う仕草が卑猥だよ! あんた歩く十八禁よりタチ悪い! 出てけ! ここから出てけ悪霊退散!
「このエロエロ大魔神! こちとら恋人いない歴二十四年だよこの野郎! そんなだから狼になっちゃうんだよ! 反省しろ反省!」
こっちは必死でわめいてるのに、なんだその余裕顔は! このエロ俊!
「道理で男を知らないわけだ。でも二十四で?」
「なに嬉しそうな顔してんですかワケわかんないな! 余計なお世話ですよ! 私は、いつか白馬に乗った王子様が迎えにきて、夢のような恋して夢のような結婚する予定があるんですよ! 美しい夢を壊さないでください!」
「白馬なら調達すれば誰だって手に入るだろう。夢で結婚は出来ないぞ。夢に見るほどのことはしてやってもいいが」
「何いってんですかこのすっとこどっこい! 白馬があればいいってもんじゃないんですよ! 愛情もないのにこんなことするなって言ってんです! 乙女の夢をぶち壊すな馬鹿野郎!」
微妙に論点がずれてきている気がしないでもないが、パニック起こした頭は何を言っていいのか悪いのかさえわからない。
「愛情が、あればいいのか?」
「はぁ?」
真剣な顔で聞いてくる、この俊藍という男が気に入らない。
なんでこう、私には運がないのか。
「誰が、初めてのキスを見ず知らずの狼もどきに奪われて喜ぶと思いますか!」
どいつもこいつも馬鹿にして!
「私がなんにも言わないことをいいことに、誰もかれも好き勝手なこと言って! 私はそんなに馬鹿ですか! あなたの思い通りになれば満足なんですか!」
誰だって、そういう理不尽なめに遭っている。
だから、我慢だってするのが、社会人の努めだと。
そう思うのに。
「私が、泣かないから、怒らないから、こんなことするんですか! 殺されそうになれば文句の一つも出ますよ! 理不尽は嫌です! どうしてこんな、こんな……っ」
こんなに、
「怖くて、不安なのに…」
私は、マントにくるまって、この世界にきて初めて大声で泣いた。




