喉と願い事
淡い光に誘われるように目を開けた。
ああ、なんだ。
まだ生きてる。
指がある。喉が渇く。目が瞬く。
自分の心臓が動いている。
なんて、最悪な響きなんだろう。
嘘を一つだけついた。
エーデルと、相談なんかしてない。
私は一方的に頼まれただけだ。
だって、納得なんかできるわけがない。
たった一つの嘘。
それだけで、こんなにも死にたくなるなんて。
今、ここで私が死んでもきっとあの世界にはもう戻れないだろう。
私なんかいらないと言ったあの世界は。
誰か。
誰でもいいから。
私をこのまま見捨ててくれないだろうか。
誰からも見捨てられた、こんな私はもう要らない。
誰にも要らないと言われた私なんか。
そっと、私を誰かが覗きこんだ。
だから、私はかすれた声でその人に言う。
「私を捨てて」
その人は、私を大きな手で抱き起こす。
それがひどく緩慢で、私は抗えなかった。
「おかえりなさい」
ひどい人だ。
赤銅色の髪のその人は、酷い言葉で私の最後の願い事を無視した。
「私を捨てた世界なんかいらない! 私を捨てて!」
私を抱きこんだ人は、ふっと笑って、けれど、すがりつくみたいな大きな手は私の肩をつかんで離さない。
「おかえりなさい、葉子」
やっぱりこの人は悪魔だ。
なんて酷い性格してるんだろう。最悪だ。
あちらで誰にも言ってもらえなかった言葉で、私を迎えるなんて。
―――どうしていいのか分からず大声で泣きじゃくった私を、この人はただじっと抱きしめた。