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とりかえっこ漫遊記  作者: ふとん
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解約とラグ

 何となく分かってたことだ。

 半透明だし、うろうろしてても犬にだって吠えられない。それに、私はエーデルさんから一定距離以上、離れることはできなかった。

 幽霊じゃないみたいだけど、だったら私はいったい今、何になってるんだろ。



「―――こんばんは」


 エーデルに不肖の弟が身勝手な告白をした夜、私は初めて声をかけられた。


 驚いたけど、誰だかすぐに分かった。


 私と似ているけれど、私ではない人。


「……こうして、顔を合わせるのは初めてですね」


 いつも泥だらけの私とは違って奇麗に整えられたエーデル嬢は、夢の中でも奇麗な白いワンピースを着ていた。

 空中から足元を眺めていたら、彼女はラグの上で疲れて寝ている。だから、これは彼女の夢の中だと、何となく思った。

 私は、彼女の、記憶とも夢ともつかない場所に居るようだ。


「こんばんは」


 今なら、あの声の主が分かる。


「―――私がこちらへ帰ってくるとき、出ていってって叫んでたね」


 出ていって!


 この女の叫び声で私はどこかへ飛ばされるような感覚になったのだ。


 エーデルは少し顔を伏せて、やがて顔を上げて私をしっかりと見る。


「そうです。私が、あなたを拒絶した。……あなたには、まだ帰ってきてほしくなかった」


 私を見つめる瞳の端が震えて、涙が溜まっていくのを私は見ないふりをして訊いた。


「どうして?」


 案の定、彼女は傷ついた顔をした。


「……私の勝手だって分かっています。でも、」


 何となく、



「私には、愛する人がいるの」



 分かっていた。



「愛する人たちができてしまったの」



 私は、彼女と違って乾いた瞳でエーデルを眺めた。


 何となく、この半年で分かっていた。

 

 もう、私には居場所がないってこと。


 エーデルが私が勤めていた会社を辞める時、私の城だったアパートは解約された。家財道具は実家に引き取られたけれど、お気に入りのお酒も、愛用していたちゃぶ台も、いつもケンカしていた壊れかけのテレビも、全部今は物置きの中だ。

 エーデルは、私が二十四年居たはずの場所を瞬く間に華やかに彩った。

 それはもう本当に、鮮やかに。


 誰もが、彼女を君島葉子と慕っていた。


 エーデルは、明るくて頭が良くて、本当に美人だ。屈託のない笑顔にみんな癒された。


「ごめんなさい」


 一筋の涙を流すエーデルが静かに口にする。 


「ごめんなさい。でも、」


 ああ。ホント。


 謝られて怒りたくなることって本当にあるんだ。

 あの人には本当に悪いことをした。


「ねぇ」


 彼女の言葉を遮って、私は彼女を見つめる。


「少しだけ、私と入れ替わってくれない?」



 


 エーデルは少しだけ迷った。

 当然だ。そのまま自分の方が体を乗っ取られるかもしれないんだから。でも、私が二時間だけと時間制限すると、小さく肯いた。


 人の世界は、ちっぽけだ。


 自分の世界を作っているのはほんの数人だっていうのに、それが世界の全てだと思っている。



 すっと、吸い込まれるような感覚がしたかと思ったら、私はラグの上に寝ていた。

 うわぁ、すごい上物だ。エーデルが買ってた値段だけしか見てなかったから、肌触りなんか知るわけないからね。

 ふと私が体を起こして気付く。


……あれ、あの、みんなから笑われた悪女チャリムのまんまだ。

 紐パンとか勘弁してください。


 私には絶対似合わないけど、せめて彼女のスーツ着てる補正とかないのか神様。


 私は渋々着替えることはしなかった。その代わり、衣裳と一緒にミセスが授けてくれた特殊メイクをクレンジングを拝借して手早く落とした。


 ああ、いつもの私の顔だ。


 これなら、家族も私だと分かるだろう。


 私は、彼女のバックから携帯を取り出した。

 いつも見てたから番号登録されてるのは知ってるんだ。


 コールは数回だった。


『もしもし』


 なんて低いいい声になったんだろうね。


「あ、ステファン?」


『………もしかして、』


 勘がいい奴は大好きだ。


「そ、私。葉子」


 言ったら、ガタガタっと音がした。おいおい大丈夫か。


「大丈夫ー?」


 ガタゴトという音と一緒に聞こえてきた『大丈夫だ!』という声は遠い。……椅子から落ちでもしたんですか社長。


「で、急なんだけど、今から会える? 多少は融通利かせてくれると思うけど、あと二時間しかこっちにいられないから」


『は!?』


 あ、こういうところステファンのままだ。なつかしー。


「エーデルに体借りて帰ってるだけだからさ。ちょっと会えない? 今ウチに居るんだけど」


『―――すぐに行く』


 ぶちっと通話が立ち切れた。ツーツーっていうトーンが懐かしい。チョヌアとかってそういうの無くてね。


「さて」


 私は勝手知ったる戸を開けて、すぐにある隣のドアを思いきり蹴った。


「おーい! 愚弟!」


 ガン! という音と一緒にどたどたという音が部屋から響く。


「姉貴!?」


 ドアが開いて私と目線が近い弟がのっそり顔を出してきた。


「ひさしぶりー」


「エーデルはどうした!」


 とりあえず、


「いだ!」


 殴っておく。


「あー? お姉さまがお帰りあそばしたらまず何て言うのが礼儀かな、いつき坊ちゃん?」


 わたくしの弟、君島いつきと申します。お見知りおきを。


「……よく帰ってきたな。姉貴」


 仕方ない。時間がないから及第としよう。


「お父さんとお母さん居る?」


「それよりエーデルは…」


「いる?」


 弟はしぶしぶ居間に居ると答えた。面倒臭いクソガキだ。


 私は久し振りの実家の階段を弟を引き連れて降りた。懐かしい。小さい頃はここでよくどっちが先に降りるかケンカしたもんだ。


 私がリビングに降りると、両親も弟と似たような反応をした。

 そして私のチャリムを見つめた母が、何とも言えない顔をした。


「……苦労、したのね」


 苦労はしたけど、


「体売ったりしてないからね」


 あら、と母は首を傾げた。いつまで経っても母は母らしい。


「これは、ちょっとパーティ出てたから。そのまま来ちゃったんだよ」


「パーティ?」


 不思議そうに私を眺めていた父が今度はしげしげと眺めてくるので居心地が悪くなる。分かってる。それにしちゃお前の顔が平凡だっていうんでしょ。これ、ワインレッドの悪女チャリムだからね!


「私、結婚したの」


―――ウソだろって揃って叫んだから、やっぱり私の家族だと思いました。




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