パーツと築二十年
大人になってもステファンはそつがないのがテンプレで、エーデルの混乱を一時的にでも宥めたら、事故の処理から他の手配まですぐにやってしまった。
そして、
「姉貴?」
このエーデル嬢の上等なパーツ群を見てよく分かったな弟よ。しかしこの世の終わりみたいな顔はよせ。
―――ステファンは、彼女を私の実家に連れていってしまった。閑静な住宅街の築二十年の一軒家です。
そうして、ステファンは今回の事故についての謝罪をのべた後、驚くべきことを口にした。
「私は、異世界から帰ってきた人間です」
信じられないかもしれませんが、と前置きをしたうえで、ステファンは驚いて声も出ない君島家の狭くて静まり返ったリビングで(四人家族であれば築二十年の一軒家リビングはフツーの広さだと思うけど、長身のステファンと美人のエーデルが加わると狭い)一人、話を続けた。
彼は自分が異世界に行った経緯、生活、世界の状況、それから、
「葉子が!?」
声を上げたのはお母さんだ。ああ、こんな感じだっけ。肩までの髪と私と似てない女性らしい身長。でも、一年ぐらい前に会ったときより老けて見えた。
「はい。私はこちらのお嬢さん、君島葉子さんにこちらへ帰る手段のある国へと連れていっていただいて、こちらへ帰ってくることができたのです」
ステファンのまっすぐな視線を見て、うなって視線を逸らせたのはお父さん。相変わらず日に焼けて元気そうだな。今も山登り好きは健在らしい。
「―――それで、どうしてあなただけ帰ってきたんですか?」
驚く両親を尻目に、弟だけは鋭い視線をステファンに投げた。顔立ちはお母さんに似て優男なのに身長は父に似てる。でも比較的おおらかな両親から出てきたとは思えないほどの性格の悪さは眼付きの悪さが表している。
「彼女は、私が帰る時点ではこちらへ帰る手段が無かったのです……」
そう顔をしかめたステファンに、悪人顔の弟は少しだけ目をすがめた。何かを考えて吟味しようとしている時の癖だ。
「でも、必ずこちらへ帰ると、彼女は言っていました」
ステファンが碧眼で私の家族を眺めた。
その力強い視線に気押されるように、心配そうだった両親も何か言いたげだった弟も押し黙る。でもすぐに弟の視線はエーデル嬢に向けられた。
「―――だったら、その女は何者なんですか?」
姉によく似ているようですが、と言いにくそうに言う。おい。気持ちはわからんでもないけどな!
弟の質問に、ステファンも困り顔で不安そうなエーデルを見遣る。
「正直、私もどうして彼女がここに居るのかはわかりません。ただ、」
と、ステファンはエーデルの語ったあらましを説明する。
「これは私見ですが、葉子さんに聞いた話と彼女の話はよく似ている気がするのです」
確かに。エーデル嬢のように暴漢に襲われそうになっていたわけでもないが、何かに轢かれそうになっていたのは偶然すぎる一致だ。
「ですから、私は彼女の生活を手助けしようと思っています。―――きっと、彼女が葉子さんへの手がかりになるように思いますから」
そう言って、ステファンは隣席のエーデル嬢を見た。彼女はステファンと視線を合わせた後、今度は君島家の面々を見つめる。
「……私は、ヨウコさんに似ていますか…?」
凡人両親は総じて微妙な顔になった。ですよねー。すみませんね平凡顔で。アンタ達の娘なんだよ私は!
「パーツの一つ一つとかは全然似ていないけど、パッと見、俺の姉が帰ってきたのかと思いました」
弟がどことなく険のある顔でエーデルを見て、ぼそりとそう言った。まぁそれが一般的な感想だと思いますが。女の子には優しくしなさいといくら言ったら気が済むんだ弟よ。ことあるごとに拳を飛ばした教育的指導を忘れたとは言わせないぞ!
エーデルは弟を見つめ、そうして長いまつげを伏せる。
「―――きっと、ヨウコさんもこちらの世界に帰りたいと思います。私と同じように」
小さな声だった。
けれど、その場に居た誰もが口をつぐんだ。
そうだ。彼女も、訳も分からずこちらに飛ばされてきたのだ。
君島家とステファンは彼女を全面的に保護することを決めた。
私は彼らの決定を、半空中からじっと眺めていただけだった。
君島家とステファン達が彼女の支えとなると決めた日から、エーデルは新たな君島葉子となった。
壊滅的な名前間違えをご指摘いただきましたので修正しました。
ありがとうございました!