ブロンドとメリハリ
ふいに光に吸い込まれていく。
それが人工的な明かりだと気付いたのはその次の瞬間。
けれど、
出ていって!
甲高い女の声と一緒に、私は再び闇の中へと放り投げられた。
ええ? おいおい。
思わずツッコミ入れてたら人工の明かりが車のヘッドライトだと分かった。
車が突っ込んできたよ!
キキーッ!
目をきつく閉じたらけたたましいブレーキ音。
そして、
ドン!
鈍い衝撃音に驚いて目を開けると、車は車道をそれて電柱にぶつかっていた。しゅうしゅうとエンジンが悲鳴を上げる車の運転席から転げ出てきたのは、見知らぬ男性だ。
夜目にも透けるような甘いブロンドに、理性的な碧眼。おお、ハリウッド美形。
長身にびしりときまったそのスーツの人は慌てて車をそらせた先の人影に駆け寄った。
道路に誰かが倒れている。
彼はその人を抱き起こして、目を丸くしていた。
その人は、華奢だった。見憶えのあるような上背だけど、くびれがちゃんとある。出るべきところはちゃんと出ているナイスバディだ。平凡だったはずの顔にメリハリをつければこうも変わるのかと言うほど目鼻立ちがはっきりとしていて、長い黒髪がブロンド美形の手に滑らかに落ちた。
ふと、その人が目を覚ます。
彼女は、赤紫色の瞳だった。
けれど、瞳の色や容姿の上等さを除けば、誰かに似ていないこともない。
「……ヨウコ?」
驚いたことにブロンド美形がそう呟いた。
それもびっくりなんだけど。
私は、何だか見憶えのある街の空にぷかぷか浮かんでる。
臨死体験ってやつでしょうか。私はなにげに半透明です。
それにしたって、あの私を数倍上等にしたようなそっくり美人さまは、誰。
あー、うん。ちょっと待て。
彼女が着ているのは、東国で一般的なチャリムだよね。
ええ、ええ、あれです。しかもふんわりな白チャリム。彼女にはよく似合う。
まだ目を白黒させているそっくり美人にブロンド美形は優しく問いかけた。
「―――危ない目に遭わせて本当に申し訳ない。私は、ステファンといいます。あなたは?」
え。
ええええ。
にっこり笑った顔に、見憶えがある、ような。
ステファン、だ。
あの、北国で別れた。
というか流暢な日本語ですね! さすが美形は違うわ。将来有望だと思ってたけど、ここまで美人に育つなんてお姉さん鼻が高い!
半透明でしげしげと二人を眺めていたら、そっくり美人がおずおずと口を開いた。
「……私は、エーデルと申します」
楚々とした声が鈴のように可愛らしい。……女としては若干低めの私とは大違いだ。
怪我のない彼女を歩道に誘導しながら、ステファンは混乱する彼女から実にうまく事情を聞きだした。彼女の腕を優しく撫でながら、彼女、エーデルのことをゆっくりと話させた。
エーデルは、東国の端の診療所で働く医師の卵だった。
診療所は貧しいながらも明るい街の人たちの憩いの場ともなっていて、彼女はそこの看板娘として人気だったようだ。
でも、
「―――西国との戦争がひどくなってきて」
街から活気が徐々に消えていった。人々はよその街へと引っ越し、代わりに街には傭兵のようなちょっと危ない人たちが入ってくるようになった。
何びとも受け入れるという精神の診療所の所長は、診療所を畳もうとはせず、エーデルもそれに賛同して街に残った。けれど、柄の悪い傭兵達に囲まれることが多くなり、今日も彼らから逃げていたという。
必死に逃げていた。大通りに出たというところで、
「竜車に轢かれそうになった」
言葉を引き継いだステファンにエーデルは肯く。
ちょっと待て。
このエーデルさんと私、なんか似てませんか。神様。