お姫様だっことアオザイ
「……まったく、無茶をする」
黒マントはかじかんで動けないでいる私を見て、両腕を広げてきた。
「来い」
あなたに向かって落ちろということですか。
いやいやあなた。そんな少女漫画みたいなこと言われましてもね。こっちは半裸で動けません。
無理だとジェスチャーすると、黒マントは溜息をついて(そういう風に見えた)今度は自分が木に登り始めた。
ええええ私の倍の速さで巨体が登ってくるよ!
思わず身を竦めるが、体が動かない。ですよねー。
あっという間に私の座っている木の枝まで来ると、黒マントは少し驚いたようだった。半裸で居るとは思いませんよねー。
でも、
「ふが!」
うわってことですよ。
だって問答無用に引き寄せられたら怖いでしょう! 落ちる!
片手で枝つかんで、片手で私抱えて。
怖い怖い怖い!
面白いほど力強い腕に支えられているとはいえ、唐突に足が宙に浮くっていうのはいただけません!
そしてそのまま、
「ひやあああああああ!」
とすっ! と案外軽い音しましたけどね!
落ちた!
この人私抱えたまま飛び降りたよ! 軽く三メートル以上はある高さから落ちたよ!
わたくし既に涙目です。
膝が笑い転げてる!
支えられたままマントを掴んでますよ。藁をもつかむ思いなんだよ!
ずるずるとそのまま地面に座り込むと、黒マントも私に合わせて膝をついた。
そして、やたら優しい手つきで手に巻きつけてあった縄と私の猿轡を取った。
あー苦しかった。いやいやあなたがヨダレなんか拭わなくって結構ですから!
黒手袋が私の口元を彷徨うように汚れを拭い、覆うように頬を撫でる。
その手つきがさっき地面に叩きつけてやったお兄さんに触られたときよりも何だか生々しくて、背筋が思わず強張った。なんだこれ。寒いのかなやっぱ。
「あの」
おお、声かすれてるわ私。
「……なんだ」
マントのフードは目深で口元はしっかり覆われてるけど、近くで聞くとやっぱり低くて透る声ですね。子供あやすみたいに甘く感じるのは気のせいだろう。
「服を、木の上に置いてきちゃったんですけれど」
さすがに服着ないと寒いわ。この格好。下着だよ? 紐だよ? この寒い森の中。
「……自分で脱いだのか?」
自分で脱がなきゃ木の上なんかに忘れてきません。
「はい。見つかるといけないと思って」
ええ、もう生死かかると恥もかき捨てですよ。
素直に答えたのに黒マントは大きく溜息をついた。口元見えないからってあからさま過ぎると思うんだけど。
黒マントはそれ以上何も言わずに、また木に登ってくれて(なんであんな早く登れるんだろ)くくりつけてあったアオザイ(チャリムだっけ)を取ってきてくれた。
「歩けるか?」
アオザイもといチャリム一式を私に渡して、黒マントは私の足に視線を落としている。
あーそういえば靴は捨ててきちゃったのよね。
でも歩けないこともないだろう。
しかし、歩けるという前に、黒マントがざっと私の前に屈んだと思ったら下着姿の私をそのまま抱えてしまった。
「歩けますよ! たぶん」
「憶測で物を言うな」
だってさ! だってさ! 一生に一度あるかないかのお姫さまだっこなのに下着のままじゃ格好つかないじゃない!
私の抗議も空しく黒マントの頑丈な腕が私を降ろしてくれる気配はない。こっちは疲れきってるのに余計な体力使わせてくれるな…。
黒マントは何の明かりも持たないで、迷うことなく森を進む。
まるで、視えているかのようだ。
森に明かりは一切ない。
月も出ていないらしく、暗さに慣れた私の目にも木がそこにあるぐらいしか分からない。
そこそこ背のある私を身じろぎもしないで抱えて、黒マントの足取りは揺らぎもしない。
それにこの黒マント、剣だけ腰に下げてるわけではないようだ。
私の背中と膝裏にある腕には硬い金属の篭手が袖の下にあるようだし、時折私の頬に当たる胸元には細かい鎖を編んだみたいな感触がある。これ、鎖帷子ってやつですかね。重いらしいよこれ。
何者なんだ。この黒マント。
口元の覆いはちょうど首元まで隠すようになってて、マントを広げて見えるのは、あの人さらい兄ちゃんたちが着ていた着物みたいなのとチャリムを合わせたような渋い色の服。
「珍しいものは見つかったか?」
私が観察してたのを面白がってたな? 性格悪いなマントのくせに!
「これは珍しいですよ」
このときの私は気が立っていたに違いない。
まぁ、普段危ないものには手を出さないから。
だから、この黒マントの顔を隠してる布を引っ張ってうっかり外してしまったのは、不可抗力だと言いたい。
「………お兄さん、狼に似てるって言われません?」
思わず聞いちゃうのも、仕方のないことだと思うのよ。
だって、本当に、マントの下に隠れてたのが、狼の顔だったんだから。